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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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猫妖怪

「ねえ、猫まんはこの子の様に人間に化けれないの?」

「なんだい? わたくしは人間には化けれないよ」

「猫まんって人語を話す以外は殆どただの猫だよね」


 猫まんが二足歩行のまま、ふりふりっと尻尾を横に振った。


「だって猫又だもの。わたくしはどちらかというとケット・シーと呼ばれる化け猫とかと同じタイプなんだよ。猫の世界も色々とあるのさ」


 マルは猫まんとさくらのやりとりを横から聞いていて、


「なに、このおばちゃん達。さっきのお兄さんはいつ帰って来るにゃーん?」


 と言った。


「えっ、何この子。さっきからにゃんにゃんって語尾につけて!」


 さくらはおばちゃん扱いされて気分を害したようだ。


「年増の人間。マルはあのお兄さんに会いたいにゃん。飼い主なんてどうでもいいから、マルはここの子になるにゃーん!」

「年増ですってぇ!? さくらはこれでも女子高校生です! 花も恥らう乙女に向かってなんてことを言うのかしら」

「にゃんにゃん!」

「なんなのこの子。あざとい、あざとい!」


 マルはフフンとさくらをあざ笑った。


「猫がにゃんと鳴こうが自然なことにゃん」


 マルは招き猫のように手を動かした。


「あざとい、なんてあざとい!」


 さくらはマルを見ながら身震いしている。かわいい子ぶっているキャラが苦手なのかもしれなかった。


「マルのご主人様は魔法使いがいいニャ」


 洋の東西を問わなければ、朧木は確かに魔法使いの分類だろう。


「あいにくと化け猫なら間に合ってます! 二足歩行する猫だけで沢山なの!」


 さくらはマルと睨み合っている。


「どちらにせよ、良介の客に返す事になるだろうよ。化け猫だったと知らせるのが良いかね。妖怪にも住民票とか戸籍はあるものでね。きちんと届けてやらなきゃ大変な事になる」


 猫まんがマルを見ながらそう語る。


「いやニャン。マルは自由に生きるニャン」


 さくらがダメな子を見るような目でマルを見つめた。


「なんてわがままな子なんだろう。猫ってみんなこうなのかな。ねぇ、猫まん」

「子猫のうちに親元から離されたんだろうね。自分が世界の中心と考えている事だろうよ。まぁ、あまりしつけは良さそうじゃないねぇ」

「失礼なおばぁちゃん猫にゃん」


 さくらがムズムズしている。語尾にニャンニャンとつけて喋る人間姿の女の子がどうしても慣れないようだ。


「あー、私こういうの駄目!」


 さくらはきっぱりと断言した。


「なんだい。そういうあんたもじゅうぶんに猫被りじゃあないか」

「えー、猫まん。私は猫かぶりじゃないよぉ。ていうか、猫に言われたくないし!」

「猫は猫を被るまでもないんでねぇ。しかし、あっちのニャンニャン子猫にはどうしたものやら」


 猫まんがマルを見てため息をついた。

 その時であった。来客を告げるベルの音。さくらが慌てて出向く。


「はい、いらっしゃいませ?」


 さくらがドアを開けたら、そこには一人の女の人がいた。


「あのぅ、飼い猫が見つかったと伺ったのですが」


 女性は飼い主らしかった。さくらはマルを見て躊躇いながら、「あれです」と答えた。


「えっ、どういう事ですか?」


 女性の疑問も当然だった。女性は飼い猫が化け猫の類だと知らないのだから。


「えっと、その、そこにいる女の子がマルちゃんです」


 さくらがしどろもどろに説明する。


「マル?」


 女性は飼い猫の名を呼んだ。


「はいにゃん。ご主人」


 女性は返事を返したマルを不思議そうに見ている。

 さくらが説明しづらそうにしていると、とてとてと猫まんが女性の前に進み出た。


「申し上げにくい事ですが、あなたの飼い猫はわたくしと同じ化け猫の分類。飼うには特別な申請が必要になるんですねぇ」


 女性が猫まんの姿を見て驚く。


「うわっ、猫が二足歩行して喋ってる。可愛い!」


 猫の姿のままの化け猫と、うまく人間に化けている化け猫では、猫の姿のままの化け猫の方が、猫好きには可愛らしく見えたようだ。女性はペタペタと猫まんを撫で回す。


「えっ、可愛い?」


 さくらの頭に疑問符が浮かぶ。彼女には普段のふてぶてしい姿の猫のイメージしかなかった。


「可愛いじゃないですか! 何なんですか、コレ?」


 女性は大はしゃぎだ。


「ご主人。マルは今日からここの子になるにゃん。今までお世話になったニャン!」


 飼い主の女性はキョトンとしている。


「えっ、本当にマルなの? ここの子になるってどういう事!?」

「マルは魔法使いの猫にゃん。やっと自分にふさわしいご主人様を見つけたニャン」


 飼い主の女性は何やらショックを受けている。


「そんな…マル、私を捨てないで!」

「これまでごはんをありがとうにゃん。ウェットな高級フードの事はきっと忘れないニャン」

「マル! それは私の事は忘れるって事?」

「ご飯をくれる人の事は忘れないニャン」

「たまには本マグロの刺身もあげるから、見捨てないでよ、マル!」


 女性と女の子の修羅場の様相。さくらと猫まんは黙って横で見ていた。


「なぁ、さくらさんや。本マグロとはあの赤身の刺身の事かいね?」

「やだなぁ。猫まんったら。ドライフードの事でしょ。たしかまぐろって名前の書かれたフードがあったよ」

「そうだったかいねぇ……」


 猫まんが羨ましそうにマルを見ている。


「なぁ、さくらさんや。モンプチとは缶詰の事かいね」

「やだなぁ、猫まんったら。猫用のご飯はカリカリしかありません。贅沢は敵です」


 カルカンもモンプチもドライフードはあるが、贅沢なウェットフードもある。


「年寄りには硬いものはきつくてねぇ」

「総合栄養食はカリカリが中心なの。頑張って食べて!」


 猫まんがよその飼い主を眩しそうに見ている。


「…よそのお家はトロトロのペースト状のご飯も出てくるようだねぇ…」

「やだなぁ。猫まんったら。この間、人間用の鯖缶を自分で開けて食べてたでしょうが」

「人間の食べ物は塩気がきついねぇ…」

「うーん、人間の食べ物は猫にはあまり良くないから、たまには猫缶くらいはいいかもねぇ」


 さくらが妥協しかけたとき、猫まんが「やたっ!」とガッツポーズをした。


「とまぁ、マルさんや。うちは柔らかフードが出てくるのも稀にしかないんだねぇ。それでもうちに来るかいね?」


 猫まんの一言で、マルの動きがピタリと止まった。


「…マル、やっぱりご主人のところがいいニャン」


 マルはあっさりと引き下がり、ひしっと飼い主に抱きついた。

 さくらは、「所詮は四足(よつあし)。胃袋でしか考えられないとは、憐れよのぅ」と思ったが、思うだけにしておいたようだ。

 飼い主の女性は満足そうにマルを撫で回しながら、


「ねぇ、マル。マルは猫の姿で喋れないの?」


 と尋ねる。


「む〜り〜にゃん」


 マルがボブっと煙を上げる。後には女の子の姿はなく、黒猫の姿があるばかりだった。


「やっぱりマルはこの姿が一番よねぇ!」


 飼い主の女性はマルをギュウギュウに抱き締めながら頬ずりをした。

 マルが迷惑そうに目を細める。飼い主の愛が重いようだった。


「話は丸く収まったようかねぇ。化け猫と言ってもまだ子猫。飼い主がきちんと見ていてあげなきゃねぇ」

「喋る猫、私もほしい〜!」


 飼い主の女性は猫まんの話を全く聞いていなかった。


「…わたくしは退散するとするよ」


 猫まんはととととっ、と駆け出していった。


「あのう、飼い主さん。その子はどうするんですか?」


 さくらが唐突に質問した。


「えっ、どうするとは?」

「ですから、もののけの類なので、きちんと届け出を出さなきゃいけないらしいんですが」


 さくらの言葉を聞いたマルが猫の姿のままイヤイヤをした。


「マルと離れ離れになるんですか!?」

「多分このままだとそうなるかと…」


 飼い主の女性は、目いっぱいにマルを抱き締めた。マルが暑苦しそうにしている。どうも普段から溺愛され過ぎて苦労しているようだ。


「マルをもののけとして申請すると、どうなるんですか?」

「さぁ…動物の予防接種みたいなのがあったりして。猫まんは大丈夫なのかな」


 予防接種という言葉を聞いて、マルはダダダっと駆け出して逃げていった。どうやら予防接種の経験があるらしく、苦手で怖いもののようだ。普通の猫でもペットケージに入れて連れて行くと、ペットケージに入ってくれなくなったりする。

 マルは猫まん用の出入り口から外へと逃げ出していったのだった。そして朧木が再び奔走することになるのだ。


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