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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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ようやく得た平穏

 トタトタとさくらが玄関へ駆け出す。


「はーい。なんでしょうか。出前かな。随分と早いような……」


 さくらが玄関を開ける。と、そこに居たのは魔紗だった。


「朧木! 私言ったわよね? 邪魔ダテするなら容赦はしないと」


 魔紗は怒り心頭といった様子だ。づかづかと踏み込んできた。その様子に狼男がギョッとする。


「さて、何でございましょうか?」


 朧木はとぼけてみせた。


「亜門から聞いたわよ。あんた、狼男を雇い入れたんだってね! ほら、そこの!」


 魔紗は狼を指差した。そのことに気がついた狼はそっぽを向いた。


「彼なら僕が保護した。今では僕が彼の身元保証人だ。滞在許可証も準備してある。彼はれっきとした市井のものだよ」

「何それ。そこまでやっちゃうわけ?」

「狼男君は晴れてうちの従業員となった。ビザもある。超法規的措置ではあったがさ。これで君は彼をとらえる大義名分が無くなった。さて、いかがかな?」


 魔紗が全身をブルブルと小刻みに震わせている。


「なんて事なの! 由緒正しい西洋の怪物が極東の魔術師に飼われるなんて! コラ! そこの狼! モンスターとしての矜持は無いのか!」


 その狼のそばでは未だに手ぬぐいを被った猫が二足歩行で踊っていた。


「ええじゃないかええじゃないかヨイヨイヨイ!」


 猫まんが掛け声を上げながら魔紗の周りをクルクルと廻る。


「良くはないわぁ! くっ。面識はあったけれども、なんて不可解なアニマルの化物! 侮っていたわ。朧木に魔物使いとしての才もあったなんて……」

「ないないない」


 朧木は手を振りながらそう否定した。


「私、決めたわ。あんたがそのつもりなら、私はこの街に居座って退魔業を開業するわ。これよりあんたは商売敵。覚悟することね」


 朧木は「あちゃー」と顔に手を当てた。

 と、コンコンと事務所のドアが叩かれる。

 そばにいたさくらが玄関を開ける。


「はーい、どなたでしょう……あぁ、出前の」


 ギスギスした雰囲気に変わった事務所内に特上の寿司が届いた。

 配達員がいる間は猫まんも床に寝転び、ただの猫のふりをしている。頭に手ぬぐいは被ったままだったが。

 さくらはお寿司を受け取って、パタンと玄関を閉ざした。

 魔紗は拍子抜けしたのか落ち着いていた。


「そうそう。事件解決おめでとう。朧木。あんた、それなりにやるようね。今日はお祝いムードのようだから引き下がってあげる。だけどいい気にならない事ね。私を敵に回した事を後悔させてあげるから」


 そう言うと魔紗はその場を立ち去っていく。皆ただ彼女の姿を眺めているだけだった。今はそっとしておくのが無難だとの判断からだった。

 魔紗の姿が見えなくなったのを見計らってさくらが口を開いた。


「堂々とケンカ売られちゃいましたけど、どうするんです?」


 さくらは疲れ切った表情の朧木に尋ねた。


「どうしたものかな。ライバル業者が増えた事だけでなく、恐らくは亜門さんと結託して僕が失脚するのを待つつもりだろう。困ったのが増えちゃったな」


 今回の事件解決で怪貝原議員の覚えめでたく、これにより亜門の嫉妬を免れそうになかった。立場が変わったわけではない。朧木は後方に憂い有り。


「今回は朧木さんの大活躍と、新たに従業員となった狼男さんのお祝いをしましょうか。……ところで、狼男さんのお名前はなんですか?」

「……ヴォルフガングだ」


 狼が面倒臭そうに返事を返した。


「ヴォルフガング……なんだか格好良い名前ですね!」

「あー、丼副君。ヴォルフガングはドイツ語で狼という意味の男性名なんだよ。偽名かな」


 と、朧木は名前の由来を説明した。


「狼男さんと呼ぶのと大差ないんですね」


 そう言うとさくらは出前寿司をテーブルの上に置く。


「おっと、飲み物を用意していなかったな」


 朧木が冷蔵庫に飲み物を取りに行った。

 眼前の脅威であった魔紗が帰ったことによって、朧木探偵事務所は賑やかな笑顔を再び取り戻した。

 気がはやる猫まんは前足をテーブルに載せて、卓上のマグロの寿司を覗き見る。


「猫まん・・・・・・それってお行儀の悪い猫がよくやる動きだよ」


 根性のある猫はコタツの卓上にある魚などに恐る恐ると手を伸ばす。たとえ目の前で飼い主が見ていようとも行う。猫だって千差万別。個性もある。各々性格が違うので確かな事はいえないが、そのような行儀の悪い猫も確かに存在する。犬はお行儀のよい犬はどこまでも良いが、猫はお行儀の悪い猫はどこまでも悪かった。猫は悪さして何ぼなところがあるかもしれない。


「良介や・・・・・・飯はまだかいね・・・・・・」


 猫まんが食欲を我慢しながらそう朧木に語りかける。


「みんなで乾杯してからな!」


 朧木は笑顔でそう答えた。


「猫と狼はお茶を呑まないよねぇ・・・・・・あぁ、まぐろ」


 猫まんがじゅるりとよだれを垂らす。


「はいはい、じゃあ丼副君と乾杯しようか。・・・・・・今日はお疲れ様!」


 朧木とさくらは紙コップで乾杯し、その日一日を労った。

 猫まんはわき目も振らずにまぐろにかじりついている。狼もまぐろを食べていた。犬もまぐろは食べられる。

 大変な一日であったけれど、無事乗り越える事ができた。だが、今後も難事が彼らを襲うであろう。今はただ、休息の時である。

 特上寿司を取り囲み、朗らかなやりとりで時間が緩やかに流れていった。


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