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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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さくらの失意

挿絵(By みてみん)

 魔紗はどこか険しい表情でさくらと向き合った。


「そう。タダの世間知らずの向こう見ずな子ってわけね。いい? 朧木は今回の事件に進退がかかっているの。それは亜門の雇い主である怪貝原議員が朧木良介の後ろ盾となっている点にかかっている。怪貝原議員は古いこの町の体制に、ひいては伝統に縛られた人間。元は都落ちした退魔師の家系の朧木家のものに、古くから妖怪や魔物達の世界を任せるといった仕来りに則って行動していることにある」

「怪貝原議員が朧木さんの後ろ盾なら、亜門さんにとってどうして問題になるんですか?」

「率直に言って、現代のありように適していないのよ。国家権力とは別に力を持った存在が仕切る、なんて制度は今の世の中には適していないの。今の霞町町議会は超常現象に対応するべく、新たなる私設集団を作ろうとしている。......町が設立するのだから公営の団体なんでしょうけれど、実利主義の現町長にとっては使えるものなら何でもいいわけ。つまり、私設集団を設立する事事体には異議は唱えない。が、怪貝原議員は町の伝統を重んじる。重鎮である怪貝原議員にとっては政治的アキレス腱となるのが朧木良介。旧知の仲でも有るため、義に固い怪貝原議員は朧木良介を切ることはできない。朧木を現在の地位に推薦したのが他でもない怪貝原議員なのだから」

「雇い主がそうなら亜門さんも追随すればいいのに」

「今回の亜門はいわゆる出過ぎた真似をしているわけだけれど、怪貝原議員の政治生命に傷を付けかねない存在を許容する事もできず、今回外部の私を招き入れるような動き方をしたってわけ。ここで私が解決しようとも、亜門が、ひいては雇い主の怪貝原議員の意向での解決、と体裁も取り繕った上で、朧木を除外しようとしている」

「どうして朧木さんをそこまでないがしろにするんですか!」

「それが亜門のもう一つの問題。つまり、怪貝原議員と古くからの付き合いのある朧木良介の方が、亜門よりも信頼があるという点」

「えっ、そんな事で?」

「そんな事でも、よ。亜門と言う男の小ささを甘く見てはいけない。町議会議員秘書という肩書きに何より心酔しているし、それだけがあの男の人生。その肩書きの人間よりも雇い主の覚えめでたい若造へのジェラシー。これが本当の問題。強いてあげるなら、怪貝原議員の政治的弱点がどうのこうのと言うのは対応次第でどうともできるので、本来は何の問題にもなりえない」

「うわっ、サイテー!」


 さくらは思わず嫌悪感に顔をしかめた。


「さて、そんな事情もあって今回の私はこの街にいるわけ。つまり、朧木良介に協力する事はできない。これはこちらのバックとの政治交渉も持たれた上での事なの。この教会の神父は霞町町内会の会長でもある。この町の魔物退治、悪魔祓いの延長線上のような仕事はうちの教会に一任する事になるかもしれない、という政治判断が含まれる。残念だったわね」


 さくらは信じられないような話を聞いたような表情だった。


「今回のような猟奇事件を前に、みんなそのような理由で動いているって言うんですか?」

「事後を見据えた上での行動、といって欲しいわね。事件解決後にも未来はあるのだから、自分達に都合の良い選択を選ぶのは当然ではなくて?」


 さくらはうつむいてしばし考える。そして顔をあげた。


「ただ、事件が解決するだけじゃだめなんですか?」

「事件の外に利害関係がある。なら、そちらの件は事件とは全く関係がない、ということ。あんたって本当に世間知らずね。良いとこのお嬢さんなのかしら」

「そんなこと誰も教えてくれなかった。朧木さんも......」

「話を聞く限り、朧木良介は自分の事情にあんたを巻き込むつもりはない、とも見て取れるわね。あの男は基本的に善人。政治的背景がなければ協力体制を仰ぐことも吝かではなかったかもしれないのが残念ね。少なくとも、バチカン本国の人達は古くから受け継がれる伝統とそれに着任した朧木良介の能力を過小評価はしていない。あなた達はあなた達で解決に動くことね。それが双方にとって望ましく幸福な事」

「そんな......」


 さくらは魔紗の言葉に心底悲しそうな表情を浮かべた。

 その後魔紗はさくらの言葉に取り合わなかった。奥の部屋へと引き返していく。

 後にはさくらが一人取り残された。静寂が辺りを包む。仕方無しにさくらはその場を後にする。

 教会の外では猫まんが待っていた。


「遅かったじゃないか。その分だと、何の手がかりもなかったようだね」

「......私帰る......」


 さくらはとぼとぼと歩いて帰っていく。猫まんはその後姿を見ているだけだった。

 完全に陽が落ちて真っ暗になった帰り道。さくらは一人で夜道を歩いていた。そこかしこにぽつりぽつりと街灯やネオンや電光の宣伝板が煌き、夜の街の様相を呈している。

 さくらは足早に帰路についていた。まさか自分がいきなり狼男に襲われたりはしないだろうと思いはしても、見慣れた夜道の闇の帳にいくばくかの恐怖を感じるのを禁じえなかった。

 ある程度の人ごみが比較的安心な徒歩による移動を可能としているが、どこの道も人通りが多いわけではない。さくらはある程度人の多い道を選んで歩いていた。

 仕事帰りのOLやサラリーマンがそれぞれの帰る場所へ向かって歩いていく。誰もが他者を気に留めはしていない。

 通り魔は人通りの少ない場所を狙って現れる。そのような情報は出ていなくとも、なんとなくそうであると考える。少なくとも、犯人がわざわざ人通りの多い場所でリスクを度外視して凶行に及ぶとは考えにくい。

 誰しもが人の中にいる間はおのずと周囲への警戒は疎かになっていた。街中は通り魔事件が多発している最中とは思えない平穏さだった。皆、まさか自分が被害者になるとは考えてもいやしない。どこかの誰かが不幸にして通り魔の犠牲者となる、もしくはなったとしか考えてはいないのだ。

 だが、さくらは事件解決の依頼を受けた仕事先に居た身。半分他人事ではなくなっている。それも所長である朧木良介の意見をも聞かず、自ら事件解決の為に飛び出して来たのだ。どうしても通り魔を意識して、通り過ぎる人々に警戒してしまう。

 その時、さくらは閃いた。人通りのない場所を敢えて歩けば、通り魔をおびき出せるのではないかと。それには荒事に向いた協力者が必要だ。

 さくらは朧木良介の実力をあまり知らなかった。常日頃から事務所で暇をもてあそぶ姿しか知らないのだ。よって、いざと言う時に頼りになるとは考えてもいなかった。

 猫まんは猫だ。狼は犬科だ。種族の壁に寄らずとも、人語を解する猫と人型の狼では喧嘩にもならないだろう。猫まんに頼るのも論外だ。

 魔紗。常日頃から帯剣し、マスケット銃まで持ち歩いている。聞けば荒事専門家だという。・・・消去法で頼れそうなのは魔紗となる。今日話をした限りでは、全く話の通じない相手でもなさそうだ。

 いわゆる無辜の民。一般人の平穏な生活を守る為の名目で、協力体制を望む事ぐらいはしてくれそうだった。少なくとも、こちらから囮になると申し出れば話ぐらいは聞いてくれそうだ。

 朧木探偵事務所の政治的スタンスの問題はあるが、自分が魔紗の側に協力しておけば、いざ教会側が事件を解決しても、自分の協力のおかげでもある、と探偵事務所サイドの協力もあっての話にも持ち込めそうだ、とさくらは考えていた。少なくとも朧木良介自身の問題ではなく、自分の所属する探偵事務所の問題である、と彼女は自分自身の行動の動機付けの為にそう解釈していた。

 実際、朧木良介の進退問題は朧木探偵事務所の存続にも関わるので無関係ではなかったが、自分自身が事件に深入りする理由付けが必要だった為、自分事の話にする為に、政治的問題は事務所で抱えている問題とさくらは判断している。

 自分自身の楽して楽しいバイト生活。さくらは朧木探偵事務所を辞めるつもりはなかったし、命の危険にこそ関わる可能性もあるが、このような事件に首を突っ込んでみたくもあったからバイトに志願したのだ。

 関わらない手はない。

 なにより事件が許せない。さくらは『自分自身が過去に超常の存在によって命の危険に瀕した事がある』ので、とにかくこのような事件が許せなかった。

 彼女が遭遇した出来事は未解決のうちに収束したが、さくらの心にトラウマを残すのには十分だった。最近でこそ猫まんなどのように無害な存在もいることを学んだが、心のそこでは妖怪、化け物、怪異の類に心を許してはいない。

 そんな彼女である。化け物退治が専門の魔紗にお近づきになりたいという願望がないわけでもなかった。

 これだけの理由と動機と目的があれば、さくらを突き動かすには十分過ぎたのだった。


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