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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介の受難
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猫の妖怪

 雨の降り止まぬ夜道。猫まんは帰宅しようとしているさくらを見かけた。傘を差して夜道を歩いている。

 ・・・よく見るとさくらの足元に猫型の黒い陰。猫まんはじぃーっと様子を観察した。その黒い影はさくらの足に頭をこすり付けている。


「きゃっ、なに、なに!」


 さくらが驚いている。その瞬間には黒い影はしゅばばっと駆け出して消えてしまうのだった。


「この子ったら、また妖怪に化かされちゃって」


 猫まんがさくらの目の前に姿を現した。


「あぁ、今の猫まんの仕業ね!?」


 さくらが怒っている。


「違うかいね。今のは妖怪『すねこすり』。雨降る夜道で人間のすねに頭をこすり付けていく妖怪ね」

「なにその珍妙な妖怪は!」

「たぶん人懐っこい猫が妖怪に間違われたのが始まりかいね。今では立派な妖怪となったようで・・・さっきあっちの方に逃げていったねぇ」

「何がしたい妖怪なの!?」

「人間のすねに頭をこすりつけたいのさ」

「意味わかんない! もう、こんな街中に妖怪が出るなんてやぁね」

「妖怪は身近な存在。古くから人の暮らしと共にある。今の時代も、ほらすぐそこに妖怪の影!」


 猫まんがギラリと目を輝かせてさくらの背後を指差す!


「きゃあっ!」


 さくらが驚いて振り向く。しかしそこには何もいない。


「なーんてにゃあ・・・おっと、ついやってしまいましたね」


 ずぶ濡れの中、たしたしと毛づくろいを始める猫まんであった。


「猫まん。今の猫っぽさを少し強調した台詞は何? てか、なに脅かしてくれてんのよ!」

「まったく、怖がりな子なのに朧木探偵事務所で働き始めちゃうんだから困った子だねぇ」

「怖がりなんじゃああーりーまーせーんー。ちょっと驚いただけですー!」


 さくらは猫まんという化け猫に驚かされたとは考えてもいなかった。


「負けず嫌いな子だねぇ・・・」

「猫まん、ずぶ濡れじゃない。ほら、傘のしたにおいで。事務所までは連れて行ってあげる」


 さくらが猫まんに傘を指した。猫まんはさくらの傘の下で雨よけをしながら朧木探偵事務所に辿り着いた。


「じゃ、おつかれー。私もう帰るから」


 さくらはそう言って去って行った。もう夜も遅い。さくらは帰宅途中だったのだ。

 猫まんが猫ドアを開けて事務所に入ると朧木がいた。


「やぁ、猫まん。外は雨で大変だったろう」

「おかげでずぶ濡れさぁね。お前も随分と根詰めているじゃあないかいね」


 猫まんはぺろーりぺろーりと毛づくろいをしている。


「あぁ、調査を続けていたんだ。キャシー梅田が怪死した事件に介入は出来ないが、彼女の背後関係のほうを探る分には問題ないからね。僕には僕に出来ることをやらないと」


 朧木は所長デスクに向いたままだ。


「それで、なにかわかったのかいね?」

「使われている用紙やインクは十六世紀初頭の物らしい。魔術もその年代とは限らないがそこまではわかったよ。それだけではなんともいえないかな。だが、魔女狩りが行われていた時代に成立しているようだから、これはまさに狂気の代物だよ」

「おそらくは中東あたりに起源を持っていそうな魔術ではないかねぇ。だからヨーロッパの魔女狩りからは免れたんじゃあないかいね」

「ルーツがわからないことにはなんともいえないなぁ」


 猫まんは器用にポットからお湯を出して御茶を淹れた。それをお盆に載せて朧木のところまで運ぶ。


「ときに休み休みやっているかいね。いざというときに動けなくなっては困るからねぇ。体調管理もしっかりとだよ」


 猫まんが差し出した御茶を朧木は受け取った。


「確かに今日一日みっちりとこれに付きっ切りだったな」

「さて、一つお説教もしておこうかいね。良介や。その事件、解明したとしてもお前は介入できないのだろう。なら解決して一体お前になんとするね。銭になるのかいね」


 朧木は飲み掛けた御茶を噴出しかけた。


「・・・これは痛いところを突くなぁ・・・。確かに一銭にもならないなぁ」

「良介や。お前は経営者なんだ。もう少しそちらの方面もきちんと考えた方がいいのかもしれないねぇ」

「ピーター・ドラッカーの話とかを勉強し始めたけれどさ。マネジメントとかは確かにまだまだだよ。なっちゃいないね。確かにマネタイズの話は僕の意識から完全に抜け落ちていた。キャシー梅田の件に時間を掛けても収益は得られないか・・・」


 朧木は項垂れた。反省しているようだ。


「ピーター・ドラッカーがなんなのかは知らないが、銭になるのかならんのかはとても大事な話だよ。朧木家の先代達もいつだってそのことに苦心してきたんだからねぇ」


 猫まんは時に朧木を叱咤もする。それも全ては朧木良介を思えばこそのこと。


「僕はまだまだ未熟者だな」


 朧木はがっくしとなった。湯飲み茶碗をおいて深いため息をついている。


「気づいて半歩。改善して一歩。少しずつ前へ進むとよかね」


 猫まんはびしりと朧木を指差した。決めポーズである。締めるところは締める猫だった。


「ここまでやって未練だなぁ・・・しかし、致し方ない。後で咎められても困るから、これは警察に証拠の一つとして提出してこよう」

「適材適所。物もあるべき場所に。それがよかね」


 猫まんはうんうん頷いた。


「さて、今日のところは僕ももう帰ろう」


 壁掛け時計を見ると、時刻は深夜1時を回っていた。


「お前を必要とする仕事は必ず現れる。その時まで鋭気を養っておくのが良いね」

「あぁ、そうするよ。じゃ。またな」


 朧木は事務所の戸締りをして出て行った。猫まんは猫用扉があるから大丈夫である。

 こうして猫まんの一日は終わった。猫まんもまた、朧木探偵事務所の戦力である。


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