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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介の受難
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猫まんの日常

 それはある日の出来事。その日は猫まんに視点を当ててみることにしよう。猫まんは朧木家の飼い猫だ。今も朧木良介に飼われている。だが、いつも探偵事務所にいるわけではない。猫だけに気ままに過ごしているのだ。普段はどんな暮らしをしているのかを追って見てみよう。

 猫の朝は早い。若い猫なら朝からどったんばったん暴れている事だろう。猫まんは老いた猫なので暴れたりはしない。ただのそのそと動き出すのだ。

朧木良介の朝は遅い為、朝に腹をすかせても餌はもらえない。だから猫まんは自力で餌を獲得する必要がある。猫は鳥を捕まえたり虫を取って食べたりする事もあるが、猫まんはそんなことはしない。

猫まんはいつものように商店街の方へと歩いて行った。目指す場所はただ一箇所。魚屋である。魚屋に辿り着いてやることは一つだった。


「なぉん。なぁぉおん。なあぉおん」


 猫まんは猫らしい鳴き声を上げた。それも甘えたような鳴き声を。猫まんは人間の言葉を話すからといって猫の鳴き声をあげられないわけではない。現にさくらがまだ朧木探偵事務所で働き始めた頃は猫の振りをしていた為、猫らしい鳴き方だけをして見せていたのだ。だが今やそんな鳴き声は朧木やさくらの前ではして見せない。彼らの前で今の魚屋のまえでやっているような鳴き方を見られようものなら切腹ものくらいに考えている。朧木にはいつだって「飯くれ」と伝えるだけである。甘えてねだるのにはプライドが許さなかった。


「おう、いつもの猫じゃねえか。ほらよ、今日はあじを一尾くれてやる!」


 魚屋は売り物のあじを一匹放り投げてくる。猫まんは魚屋には可愛がられていた。人懐っこそうな振りをしている猫まんに騙されているのである。いや、騙しているというのはおかしいか。猫まんは普通の猫の振りをしているだけであった。

 猫まんは獰猛にあじへと喰らい付いた。与えられる糧はいつまでもそこにあるわけではない。食べられる時に食べなければいけないのだ。だから一心不乱にかじりつく。それはもう野生に帰ったかのように。


「にゃおん」


 一声鳴いて猫まんは魚屋を離れる。長居はしない。ただ、お礼の一言だけ鳴いてみせる。計算づくだ。こうした方が可愛がられるからやっている。猫まんは猫かぶりなのだ。

 早朝の腹ごしらえを終えれば、後は日が高くなる前にいつもの場所へと向かう。朧木探偵事務所だ。九時頃には朧木良介が出社しているので事務所は開いているはずなのだ。目的は冷房。特に夏の日には冷房は必須だ。猫だって熱中症になる。水を貰って涼しいところでまったりと寝て過ごすのが猫まんの昼の日課だ。


「おや、良介。今日は早くから精が出るね」


 猫まんは朧木を見つけた。所長デスクで頭を抱えている朧木良介の姿を。


「そうなんだ。先日猫まんに相談した魔術書の鑑定結果が返ってきたんだが、なんと源流となる魔術

は不明らしいんだ。鑑定団でもルーツが不明ではこれ以上追いかけられないよ」


 朧木良介は弱音を吐いている。専門家に任せた結果が想定と異なる回答だったのだ。


「洗面器そのものも歴史は古いもので、古代ギリシャ時代には使われていたらしい。日本でも鎌倉時代には使われていたものだからねぇ。魔術の方法は遥か古代からある物をつかっているかいね。針の歴史なんかも古い。使う道具からでは魔術の成立年代は不明だねぇ」

「そうか。他の魔術で使われている道具から成立年代を推測することは可能なんだな。そちらからもアプローチしてみるか」


 朧木は猫まんの台詞にやる気を出したようだ。


「大して意味のある助言ができずにすまないねぇ」

「いや、今のだけでも十分さ!」


 猫まんはいつでも朧木に助言をする。オカルトがらみの話から妖怪について、歴史や由緒などの背景の話などなんでもござれだ。朧木良介の先代たちとともに行動をしてきたので見聞等は広い。生きた知恵袋として役に立っていた。ただし、戦闘能力はからっきしだ。だって猫だもの。身体性能は猫そのもの。爪で引っかくくらいしかできない。でも、このようにして歴代朧木達に連れ添ってきたのだ。

 猫まんはすとっと棚の上に上った。いつも居眠りをする安全スポットである。午前中から昼過ぎ位まではここで眠るのだ。

 猫まんは丸まって眠り始める。その姿は猫そのものだ。日中はこうして寝て過ごす。だから人前では良く寝ている猫としか思われていない。

 時刻は夕方。そろそろさくらがやってくる時間帯である。その時間は猫まんも目を覚ましている。


「おつかれさまでーす」


 さくらが玄関を開けて入ってきた。彼女が仕事でやってくる時はいつも普段着だ。

朧木は用事があるとかで外出して行った。さくらは電話番をしながら書類整理を行ったり事務所内の掃除を行ったりしている。

 その頃になると猫まんも活動を開始する。すっくと立ち上がり、すとんと床に降り立つ。目指すはさくらの足元。


「今日のご飯はまだかいね?」


 これが大事な一言である。人間の言葉で腹減ったというだけでご飯がもらえる。


「はいはい、ちょっとまってね」


 さくらががさごそと棚を漁る。猫まんも本気を出せば自力で餌を取り出して食べられるが、その行為が普通の泥棒猫と何が違うとさくらに言われたので、仕方無しに普通にえらを貰って食べるようになった。朧木良介は猫まんが人間のように餌袋を開いていたり、猫缶を開けて食べているのを知っていたので、餌を買ってくるだけだった。ほぼ放し飼いだがそれはそれでうまくいっていたが、さくらの登場で餌を与える人と貰う猫という構図が固まった。少々面倒だなとは思いつつも、猫まんは今の関係を享受していた。

 猫まんは与えられた餌をがつがつと食べている。毎日必ず与えられる餌は貴重だ。


「猫まんは本当に気楽ね。いつも寝てばかり、ご飯を食べてばかりで」

「この子ったら嫌だねぇ。猫からその二つをとったら何が残るのさ」

「まぁそれが猫だもんね。いいなぁ、私も猫になりたい」

「猫にも色々あるんだよねぇ。大変な渡世なのよ」


 猫まんがしみじみと語る。


「生物間での差別があると思う。こうなんというか妖怪にも人権があるのなら、労働の義務というものが無いとおかしいというか」


 さくらが腕組みしながら首を傾げる。


「権利には義務が付き物というお話かいね。いつからこんな高尚な事をいう子になったんだろうねぇ、この子は」

「もーとーかーらーでーすー。こう見えても私も労働者ですから!」

「わたくしも頭脳労働くらいはたまにしているかいね」

「なんかご意見番みたいなポジションだよね。猫まんって」

「まぁ、それなりに生きていますからねぇ。わたくし」


 さくらがその日の日課である猫まんへの餌やりを終えて、自分のデスクに戻って行った。

 さくらには自覚がなかったが、暇な仕事中に猫まんに話し相手になってもらっているので結構助かっているのだ。


「さてと、わたくしも出掛けてくるかいね」


 猫まんも餌を食べて満足げになり、事務所を出て行くのであった。

 時刻は夜。日が落ちて過ごしやすくなった頃。猫まんの姿が夜を掛ける。目指すのは路地裏の一角。

 そこに近所の猫達が集っていた。猫の集会である。


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