霞町の教会
さくらは魔紗が普段どこにいるのかは知らなかった。亜門も告げてはいなかった。しかし、カトリックの人間であることはほぼ判明していた。そこで、町内で唯一のカトリック教会を訪れる事にしたようだ。
人気のいない教会。それもそのはず。ミサは日曜日に行われる。平日昼間に人で賑わう事はない。
......いや、平日でも人で賑わう日はあった。カトリックの行事の中で、毎月始めの金曜日などはミサを行う事もある。17世紀後半、聖女マルガリータ・マリア・アラコクが体験した出来事に由来する。聖体の元で祈っていた彼女に対してイエスが顕現し、人々の回心の呼びかけを行った事に起因する。初の金曜日に聖体拝領する人には特別な恵みがあるとされる伝統的な行事がある。
だが、その日は初の金曜日でもなかった為、教会に居たのは来館案内の部屋にいた老婆の修道女だけであった。
「どなたかいませんかー?」
人のいない教会に、間延びしたさくらの声が響いた。
遥か後方では猫まんがさくらを見守っていた。どうやら教会の敷居は跨がないようだ。
来館受付窓口のところに居た老婆がさくらに気がつき尋ねる。
「教会はいつも扉が開いております。本日はどのようなご用件で?」
「こちらに魔紗という女性はいらっしゃいますでしょうか」
さくらは性急すぎたかもしれない。あまりにストレートに尋ねていた。
「魔紗......さんですか? そのような方は存じ上げませんが......」
「バチカンから来たと言っていたので、カトリックの人かと思ったんだけどなぁ......」
バチカンから枢機卿等が訪れる際は教会でも一つのイベントであるが、魔紗の様な人物は裏方業務。表沙汰にして行動しているとは思いにくかった。
「バチカンから......さて、どのような方なのか」
老婆は思案し、心当たりを探るがどうも思い至らないようだ。さくらは老婆に尋ねるべく、魔紗の情報を思い出す。そして確実に該当するであろう特徴を思い出した。
「ロングソードとマスケット銃を持ち歩いている物騒なお姉さんです」
さくらの言葉に、老婆は僅かながらに反応を示した。
「さて......そのようないでたちの女性を見かけたことはありませんが......」
と、その時である。
「シスター、その子。私の客のようね」
と、頭上で声がした。どうやら吹き抜けの先の2階からさくらを見下ろしていたのはほかならぬ魔紗だった。
「あっ、居た!」
いたことに驚いているのはさくらだった。探しに来たのではなかっただろうか。
「なるほど、裏社会のお客様ですか」
と、言いながらシスターはさくらを奥に案内した。しばらく待つと魔紗が現れる。
「こうも堂々とやってくるとは......私のメッセージは朧木にきちんと伝わっていなかったようね?」
魔紗の声にはどこか棘があった。が、さくらは気にしていなかった。
「伝わっているから私が来ました!」
実のところ、さくらはまったく朧木の事を気にかけてもいなかっただけだった
「そう。で、何の用? 喧嘩でも売りに来たって訳?」
「そんな......私は物売りじゃないので、そんなものを売りつけたりはしません!」
さくらの返答は相手をコケにしているのか本気なのか、いまいち判別しがたいものがあった。違うなら違うの一言に、余計な言葉を足しているからどこか抜けた回答になっている。
「......こうも面と向かって小ばかにされたのは久しくてよ?」
さすがに魔紗は笑っていなかった。
「えっ、えっ? 違います!」
さくらは慌てて両手を振ってNOと答えた。だが、既に魔紗は身構えている後だった。
シャッ、とロングソードが抜かれ、切っ先がさくらの喉元に突きつけられる。
「なら私に何の用? さっさと答えなさい」
さすがのさくらも顔が青ざめている。
「わ、私、事件の事を聞きたくて来ましたぁ!」
さくらの更なる回答に、魔紗は目を丸くした。
「......はぁ? 先ほどあれだけ喧嘩腰で対応してきたのに、どこをどうしたらそんな事をしようと思う訳? あんた、どういう思考プロセスをしているのかしら?」
魔紗はここでようやく相手が残念な女子である事に感づいた。猪突猛進系で、考え付いたら即行動。そこに理由なんて要らないというポリシーのさくらを相手に、こうしたからこうだ、とかどうだったからこうだ、と言うような筋道の立った行動を求めるのが無理なものだった。
「じ、事件の早期解決が私の望みです! 魔紗さんはどうなのかと思って......」
魔紗はさくらの喉元に突きつけたロングソードを下ろした。そしてこめかみを押さえながらしばし考える。
「目的の自己開示は打ち解け合おうという意思の表れか......。そこまで論理的に考えて行動するタイプとも思えないけれど、一応言っておくわ。今回の件で私は『狼男を捕縛し、生きた奇跡の証人としてバチカンに連行する』と言う、この点に差し支えない範囲でなら、市井の者には出来うる限り迷惑をかけないよう行動するよう伝えられている」
「なら、協力し合えばいいじゃないですか!」
さくらの言っている事は間違っていない。目的に反しない限りにおいて、協力し合う方が効率はよく成功率も上がる。だが、魔紗の答えはさくらが想像したのとは違っていた。
「その意見には一般論から言って概ね賛成ね。だけど、今回の事体に指し当たってはそうもいかない」
さくらが信じられないといった表情をする。
「な、なぜですか!」
「......はぁ。何だか疲れた。あんた、今回の裏事情については何も知らないわけね。朧木もその調子なのかしら」
魔紗は側のソファにどかっと座った。
「えっ、どういうことですか?」
さくらからの問いを受けた魔紗は顎に手を当て、真剣な目でさくらを見つめるのだった。




