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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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怪異の街・霞町

 それは蜃気楼のような町だった。揺らめく陽炎が地面から立ち上るような景色の上に、おびただしい数のビルディングが建ち並ぶ。夢の景色か幻か。しかし、その場には確かに人がいた。町の中に古めかしいビルが一棟立っている。建物内にあるのは『朧木探偵事務所』唯一つ。探偵事務所のオフィス一階の応接室にて暇そうにしているのは探偵助手の丼副さくらだった。

挿絵(By みてみん)

 さくらはつい一ヶ月ほど前に朧木探偵事務所に雇われた身だった。そんな彼女は割烹着を着て部屋の掃除をしている。

 さくらは接客用の大理石のテーブルを拭いて磨いていた。


「相変わらず閑古鳥の鳴き声が聴こえてきそうだねぇ」


 と、急に何者かの声がする。部屋に響いた声はさくらのものではなかった。


「猫まん、またお客さんの座るところを毛だらけにして!」


 さくらが怒りながら客用のソファーを見ると、そこには一匹のぶち猫がいた。猫の名前は猫まんじゅう。略して猫まんと呼ばれている。その猫が口を開いた。


「猫がソファーに寝転んでいただけじゃないか」


 猫が人語をしゃべりだす。この猫の尾は二本あった。つまりはただの猫ではない。


「だからソファーが毛だらけになったんでしょうが!」


 猫が手で口を覆った。


「おやおや、わたくしとしたことが。時折自分が猫だったことを忘れるんだよ」

「さっきは猫がソファーにどうのこうのと言っていなかった?」

「さて、猫の額と言うほどに小さい頭。物事を覚えておくには困難で困難で」


 「こんなんですまないねぇ」と、猫が口を開いて「くっくっくっ」と哂っていた。


「あ、さてはお前、わざとか!」


 猫まんはさくらの声をまるで聞こえていないと言わんばかりの態度を取りながら、ソファーからぴょんと降りた。猫まんは恨めしそうにくるりとさくらを振り返る。


「やれやれ、お前さんが来てからというもの、わたくしはほんと落ち着かなくて困る」

「所長には猫を飼っていると言われたけれど、化け猫がいるだなんて聞いて無かったよーだ」

「化け猫とは失礼な。わたくしの尾を見なさい。れっきとした由緒正しい猫又なのだから」


 猫まんは二足歩行ですっくと立ち、自分の二本の尻尾を誇らしげにさくらへと見せた。


「ほおかむりをして行灯の油をぺろーりぺろーりしていたと言う?」

「・・・ほおかむりはしていたかもしれないが、行灯の油は普通の猫も舐めていたよ」


 江戸時代の行灯の油には魚の油が用いられていた。故に猫が行灯の油を舐めていたという話が今も残っている。魚の油を舐める猫の陰が行灯の光で照らし出されるのだ。今以上に明かりの乏しかった江戸時代。かなりのホラーだったのかもしれない。


「つまり今も昔も、人の掃除の手間を増やしかねないのが居たというわけね」

「さてさて、そこは普通の飼い猫でも変わらん事ですからねぇ。猫に罪なし」

「人権ならぬ猫権の主張でもするつもり?」

「我々にも仕方のない習性などがあると言うもの。抜け毛の季節に猫の抜け毛くらいは大目に見てもらわねば」

「猫まんは人の言葉がわかるんだから、わざわざ私の仕事を増やすような事をしなくてもいいじゃない」

「助手殿に閑古鳥の相手をさせずとも、わたくしが日々細々としたやりがいのあるお仕事を提示できるのだから、はからずながら協力させてもらってますよ」

「重ねて聞くが、お前、わざとか!」


 猫まんはぴょいこらと外へと駆け出して逃げていった。


「あんの化か猫!」


 猫まんはわざと掃除する手間を増やしたわけではなかった。だが、邪魔者扱いされて気に喰わなかったので、わざとやった風を装ったのだ。難儀な性格の猫だった。

 さくらが腰に手を当て独り言を言う。


「やれやれ、掃除する手間が増えたからって、この探偵事務所が繁盛するわけじゃないのに」


 そういうとさくらはため息をついた。

 朧木探偵事務所は表向きでは興信所としての仕事を請け負っている。それである為、普段からまったく客がいないわけではなかった。

 と、事務所の出入り口のドアベルがちりんちりんと鳴る。がちゃりと入り口のドアを開けて誰かが入ってきたのだ。さくらは慌てて笑顔を作る。


「いらっしゃいませー!」


 さくらが来客を迎えようとする。が、その表情はいつもの表情に戻った。


「やぁ、丼副君。部屋の掃除に精が出るね。隅々のほうまで掃除してもらえて、僕としては大助かりさ」

挿絵(By みてみん)

 と声をかけてやってきたのは黒いスーツに変わったネクタイを付けた長身の男。さくらの雇い主。朧木探偵事務所、四代目所長の朧木良介だった。

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