見学
三題噺もどき―ひゃくさんじゅうきゅう。
お題:疎外感・堕ちる・無知
「……」
きゃらきゃらという女子の甲高い笑い声が響く。
私も一応、同じ性別を持つ人間として生きているが、どうもあの声は苦手だ。耳に痛いというか、頭にくるというか、なんというか…聞いていて心地のいいモノではない。昔の女性のように、大人しく微笑むぐらいに抑えてくれとは言わないが、自分たちの笑い声が周囲に与える悪影響をしてほしい。―まぁ、あのあたりの女子は、それを知ったうえで、ああいう風に笑っている可能性もあるが。
「……」
その笑い声に混じって、水の跳ねる音がしている。
ここは、学校の25mプール。今は水泳の授業中。ある程度のカリキュラムは終わり、ただいま自由時間。目の前では、好きなようにはしゃぎ、泳ぎ、笑い、遊んでいる同級生たちがいる。
「……」
私は、更衣室前に設けられている、見学スペースに1人座っている。諸事情あって、本日は見学の身である。
しっかし、この見学者の待機スペースの暑さはどうにかしてほしい。影ができているとは言え、反射で光は当たる。熱だって、感じないわけではない。水の中にいる彼女たちと違って、私は、熱を一身に浴びている。熱のプールを泳いでいる気分だ。
「……」
授業中は、誰一人としてこちらに気を掛けない。
生徒はもちろん、教師も。
そりゃ、水難事故にでも繋がってしまってはいけないし、教える側の人間は、彼女らを見ないわけにはいかない。生徒なんてもってのほか。
こちらへの興味など、最初の一瞬で失っている。
「……」
だから、やけに頭がぼーっとするなと思っても、誰も気づかない。
自分でも気づかない。
気づいたところで、声を上げる気にもならない。
ただぼーっと。ぼーっと。プールの中を見つめている。
パシャパシャと跳ねる水が、やけにゆっくり見えても、気のせいだと思う。
「……」
ぼーっとしていても、なぜか思考は回る。
むしろ普段より良く回る。
視界はぼやけて、思考もぼやけてくるのに。
よくよく回転して、今の私に何かを与えんとする。
「……」
始めに渡されたのは、疎外感。
ふと、唐突に、それは襲う。
なぜ私はここに居るのだろうと。目の前の彼女たちは楽しげにしているのに。私は、どうしてここに一人寂しくいるんだろう。なぜ、こんなところに。
―と、別に排除されているわけでも、外されているわけでもないのに。一人で勝手に思い始める。なぜ―どうして―と。
「……」
あの頃ならば。休む必要なんてなかった、あの頃には。絶対に感じなかったものだった。与えられないモノだった。無知であったあの頃の私には、与えようがないモノだった。
こうして1人、輪から外れて、外から見ることなんてないと思っていた。
何も知らない。他人のことも。自分のことも。知らない。無知のままでいたあの頃の私に。疎外感なんて与えたところで。何も意味はなかったのかもしれない。
「……」
ぼやけて。ぼやけていく思考は、静かに、ゆっくり崩れていく。
さらにスピードを上げて。回転していく。思考は巡る。
ぐるぐるぐるぐる。
視界も共に回り出す。
ぐるりぐるり。
ぐらりぐらり。
ゆらりゆらり。
ふらりふらり。
しかし、誰もこちらに見向きはしない。
目の前ではしゃぐ彼女たちに交じる、教師の姿が見える。女性教師ではあるが、よく一緒にはしゃげるものだ。
よく。よく。
「……」
私を忘れて。遊べるものだ。
「……」
私の思考はゆがんでいく。
目の前の景色もゆがんでいく。
いつの間にか、胸中には、後悔が渦巻き始めている。
ぐるぐるぐるぐる。ぐるぐるぐるぐる。
あの頃の後悔と。この間の後悔と。昨日の後悔と。明日の後悔と。今日の後悔と。去年の後悔と。あの日の後悔と。あの時の後悔と。
「……」
ぐるぐるぐるぐる。
思考は回り、全身に回る。
血が巡るように全身へと、行き渡る。
暗い後悔は、毒のように。
まわり、巡り、侵していく。
「……」
ぐるぐるぐるぐる。
渦巻く思考と共に、視界も回る。
心臓も同じ速度で、動き出す。
ぐるぐるぐるぐる。
ぐにゃぐにゃぐにゃぐにゃ。
どくどくどくどく。
「……」
静かに私は堕ちていく。
1人静かに落ちていく。
誰にも見られずに。
忘れられたままに。
思考の渦へと堕ちていく。
意識も静かに――落ちていく。
その後どうなったかは。
次に私が浮かんでくるときに分かるだろうか。
溺れた私を、誰かが発見してくれるまでは。
心優しき誰かが、引っ張り上げてくれるまでは。
私は。
後悔の海に。
沈んでいる。