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※このお話しは異世界転生・転移モノではありません。



「ぐあっ、てめぇ!!」


「悪いけど…人の物を盗んだら殺される覚悟くらい持ってくれない?」



持っていたナイフで頬の肉を削ぐと、さらに絶叫が響き渡る。

しかし残念ながら街道をそれた場所へと拉致して来ているので誰かに聞こえる心配は無いだろう。

地面に赤黒いシミが出来て、自分の服にも血飛沫が飛ぶ。

特になんの感情も無く男の懐から厳重に箱に入れられた翡翠を取り出す。

中身を確認してホッと息を吐き出すと「終わった?」と呑気な声が聞こえて来て振り返った。



「うわあ、またすごい汚したねえ」


「だって暴れるんだもの」


「まあ水で流しちゃえば追われないだろうけど」



そう言って指を鳴らすと、周囲に水の柱が展開される。

簡単な魔法だけれどそれを扱うには才能が居る。

私には今回その適性は無かったので、拾ったとは言えエネクが居てくれて少し助かった。

なので素直に礼を言うと、目を丸くして極上の笑顔を浮かべると力強く私を抱き締めた。



「ちょっと。いきなり何?」


「僕の事少しは頼りにしてくれてるの?

嬉しい!僕生きててよかった!」


「……」



こうも素直に言われると、毒気が抜けると言うか。

さっきまで浴びていた赤い色が途端に色味を失う様で、弱くなったかなと少し冷静に監視する。

私のこの側面は特に孤独や劣等感が色濃く出る。

このエネクと出会うまでは、本当に闇の中に居るみたいに常に満たされない人生だった。

下水と同じ様に陽に当たる事も無く腐って行くようで、ずっと心が孤独だった。


しかしこのエネクは、私にとってのキーパーソンなのだろう。

だから私に執着する。

それだけの理由なはずだけれどどうにも自分自身が全てを信じ切れないでいる。



「……ナターシャ?」



私の肩に顎を乗せる様子は傍から見ればゴールデンレトリーバーみたいな大型犬が飼い主に身を委ねている様に見えるだろう。

どこか凪いで行く心が平穏に向かうのか、それとも不穏に向かって行くのか。

瞬時に切り替わるこの場所では、この場所で考える事全てが無駄になりそうで怖い。

だけどナターシャはそんな私のバランスを取る為の側面でもある。

知っているからこそ、全てをこの場委ねるのが怖いのだ。



「大丈夫?あの男の血を浴びたから気分が悪くなっちゃった?」


「平気、心配する程の怪我もしてない。

行こう?そろそろタイムリミットだ」



警備が手薄になっているとは言え憲兵が来ないとは限らない。

さっさとこの場から消えるのが正解だ。



「とにかく北へ、アジトには戻らずに一時期身を隠す」


「それってデート!?うわあ、嬉しいな!」


「…能天気だ事」



救われる、そんな気持ちは荷物でしか無いはずなのに。

私がこの場所に居るのは自分を痛め付けたい程の気持ちになった時なのに。

救われない為の場所な筈なのに。



「……いずれも夢だから、ってことかしら」


「え?」


「なんでもない、行くわよ」



小さく呟いた言葉に首を傾げたエネクだが、それ以上は聞かずに私の手を引いた。

ここに居る私は酷い人間、残忍な生き物でないといけない。

そうでないと…生易しい世界で脳内お花畑で生きている私が存在出来ない。

そう、全てはバランスで成り立っている。

私の信じる私の世界は、私達の様な側面が綿密なバランスを保って成り立っているのだ。

誰でも無く誰でもある私が私である為に、私が私として生易しく生きる為に。


ここに生きた事を後悔しない。

私は私として納得してここに居る。



「絶対に私は…間違えないから」



私では無いあの子に同意する意味で発した言葉は、きっと私には届かないのだろう。

それでも良かった。

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