私はリューナ
※異世界転生・転移モノではありません。
ゆっくりと瞼を開けると、見慣れたグレーの天井が見えた。
白いカーテンはこの場所がどこかを教えてくれる。
薄いカーテンを引くと「おはようございます」と静かに頭を下げたアリッサが居て「おはよう」と返した。
毎朝の事だ、カーテンを開けると起こしに来たアリッサがタオルと水の入った容器をベッドサイドのテーブルへと置いてくれる。
私が洗顔をしている間にアリッサはベッドシーツや枕、ブランケット等を廊下に居る別のメイド達に運ばせながら私の朝の支度を始める準備をして、待っているのだ。
「今日の予定はどうなっている?」
「本日は昼からコーデリア様とのお茶会の予定です。
朝は旦那様がお帰りになられて居るので朝食をご一緒に食べられるそうですよ」
「まあ!本当に?
来月帰ってくるんじゃ無かったの?予定早まったの?」
「どうやら早く終わった様で昨日の夜遅くにお帰りになられました」
「きっと商談が上手く行ったのね。
良かった、朝食の時間が楽しみだわ」
髪を梳かして貰いながら、私は鏡台を見詰めた。
長く腰まで届くプラチナブロンドの髪は私の自慢だ、濃いグレーの瞳もこの地方に古くからある血筋の表れで先祖返りと言うらしく父母には無い物だった。
私には兄や妹が居ないけれど、特別寂しいと思った事は無い。
傍にはアリッサが居てくれるし、屋敷に居る使用人達は揃って人の良い人達ばかりだ。
父や母も穏やかな人達で良く屋敷を空けているけれど、もう寂しいとわがままを言う年齢でも無くなった。
今では数ヶ月屋敷に私1人なんて事もよくあるくらいで、外交に勤しむ両親を誇りに思っている。
私の家は古い商家の家系で、この国では老舗と呼ばれるヴェルデロ商会と言う名で大陸全土に数多くの支店を構えている。
その商館長であり社長であり、取締役が私の父と母なのだ。
多くの従業員を抱えているのだから忙しいのは当然と言えば当然だが、もう少しそれぞれの体の心配をして欲しいと思っている。
「アリッサ、ラベンダーってそろそろ収穫出来たわよね」
「はい、庭の一部が薄紫色に染まって綺麗でした」
「そうよね、他にもハーブを収穫してポプリを作ろうと思うの。
手伝ってくれる?」
「もちろんです」
正面のリボンを丁寧に結んでくれたアリッサに礼を言って、私は部屋を出た。
廊下には数人の使用人がそれぞれ何かを持って仕事をしている様だが、私を見掛けると「リューナお嬢様、おはようございます」と口々に挨拶してくれる。
それに笑顔で答えながら、今日も1日頑張ろうと心の中で頷いた。
庭へ着くと、ベリーの爽やかな香りが漂って来て思わず低木に近付いた。
ぱくりと実をひとつ摘んで見ると十分に甘かったのでジャムにしようと頷く。
「リューナお嬢様」
「お叱りはごもっとも、だけどひとつ食べてみて?
きっと私が思わず食べてしまった理由が分かると思うわ」
苦笑しつつ、近くのベリーを摘んでアリッサもぱくり。
笑顔で「これは仕方が無くなる美味しさですね」とふたつめを2人で食べてしまった。
思い出した様に私につばの広い帽子を被せると、いつもの場所に用意している日傘を持って私のそばで傘を開いた。
「今日も暑いですね」
「この時間でこの暑さだもの、きっと昼はもっと暑いでしょうね」
小さなカゴにベリーを入れながら、私は知歩の居る世界程じゃ無いけれどと思わず胸の中で呟いた。
地球温暖化は地球での話しで、こちらの世界では今のところまだ春の終わりくらいの温かさでしかない。
気温も30度を越すことも無いくらいで過ごしやすい。
そんな風に思いつつ、カゴに山盛りになったベリーを見詰めて私はまたぱくりと慌てた様なアリッサを見て笑ったのだった。