亡失
※このお話しは異世界転生・転移モノではありません。
「…………」
思い知った事がひとつある。
事実、私には救いが無かった事だ。
夢で見るもの全て私の希望と願望に色が付いたもの。
言わば現実では望めないものも夢でなら望める事。
そりゃそうだ、だからこそ逃げ場であり救いであり必要な場所なのだろう。
私が私である為の。
その為に必要なものがあの場所では苦労せずに手に入るのだから。
「……ねえ」
「なに」
聞き覚えのある声は、私の目の前に形作ると桃色の玉と水色の玉を差し出した。
私はそれを両手に持って、なんだろうかと正面に居る誰かに声を掛けようとする。
「これ…」
「どちらが大切?」
「え?」
「それはどちらも君が大切にしているものだよ」
指を指されて首を傾げると、両手首を掴まれてその衝動で玉が落ちそうになる。
慌てて桃色の玉を掴み上げると「そちらだね?」と目の前の人物は口角を怪しく上げて笑みを形作る。
「人は大切な物を天秤にかけた時、本当に大切だと思う物を手に取るらしいよ?
君が咄嗟に掴んだそれは、君が本能で選び取ったモノと言っていい。
ねえ、君はどっちを手放したんだろうね?
どっちを手放してどっちを守るの?僕に教えておくれよ」
「っ、」
思わずやめてくれと手を振り払う。
まるで自分の中の大切な物を晒して、それを選ばされている感覚に陥って落とした方の空色の玉を見た。
そこには落としてひび割れた空色の玉が落ちている。
透き通った空色をしていたものは徐々に黒く濁って行き、やがて真っ黒になっていった。
ただの夢だと終わらせるには胸糞悪くて、だけれどスッキリしないまま手にある桃色の玉を見た。
割れも欠けも無い綺麗な桃色の玉は果たして誰のどんなものなのだろう。
ふと先程までの記憶が蘇って来て、ゆっくりと流れる涙の温度の違いに気付いた。
夢の中で私はいつも自由だった。
欲しいものを欲しいままに、したい事をしたいままに。
望むものを欲しいだけ。
制限など無い、自由な空を羽ばたくのに障害も無かった。
その夢にはひとつルールがあって、私の側にはいつも心を許せる存在が居ること。
いつでも自分を1番に想ってくれて、助けてくれる存在が居ることが多かった。
それは私にとって夢の中でくらいは人を好きになっても良いよねと、日常の問題点などを全て取り払った別人である事を理解した上での願いだった。
現実の私は冴えなくて、ただ夢見がちな事を日々空想・妄想して過ごす人間の1人だ。
溢れる人間のただの1人、しかも頭痛持ちで日々の暮らしにいっぱいいっぱい。
恋人も出来たり出来なかったりを繰り返して居たものの人に依存するのを嫌うのと、生真面目が過ぎる事もありここ数年彼氏は居なかった。
だからこそ夢の中でくらいは……と、自分自身を好きだと言ってくれる人を求めたのだ。
夢の中でならいくらでも自分をさらけだせる。
だって誰にも指図されない、指摘されない、私がルールで私が世界なのだから。
そう。現実には、居ない。
だからこそ求めた。
そこに現れたのが先輩だったのだ。
「……夢、か」
小さく呟いた言葉に返事は無い。
さっきまで確かに居た存在は既に消えていて、虚しさと悲しさが私を包み込んでいた。
「知歩が夢…じゃあ私は今どこに居るの」
流した涙の温度はとても暖かい。
先輩が夢の中の人物だとするのなら辻褄が合う、合ってしまう。
夢の中で迷子になっている状態に恐怖は無く、ただただ溢れる涙を流し続けた。




