戦闘
「無駄だ。諦めろ。」
僕は領主に、領主の敗北を宣告する。
「ふ、ふざけるな!こいつらが動かずとも、私にはまだ人質がいる。」
領主はまだ諦めないようだ。
「いや、ここまでだ。諦めろ。」
今兵士たちが動いていないのであれば、領主を相手としたときに僕が有している能力は、きっと領主の権力と同等のものか、それを無効にするものだ。
そうであれば、この領主がどんな言葉を発し権力を行使しようとも、それは意味のないことだ。
「そうだ!アズマ!アズマはいないのか!!」
領主は兵士全体ではなく、特定の人物の名前を呼ぶ。
すると、一人の男が出てくる。
アズマと呼ばれた男は、体が大きく、明らかに他の兵士よりも丈夫そうな鎧を着ている。
「お呼びでしょうか。領主殿。」
そう答えたアズマを見て分かる。
この人は……強い!
きっと、他の兵士なんか比較にもならないだろう。
まず、その立ち居振る舞いに、一切の隙がない。
ここにいる兵士が一斉に襲い掛かったとしても、この人は生き残るだろう。
なんの心得もない僕ですらも、気迫だけで肌がビリビリする。
それに、この人だけは、権力以外のもので領主に従っているのだろう。
そうでもなければ、今こうして出てくることはないのだから。
アズマは、領主を庇うように前に出て、僕たちと対峙する。
「うむ……。君たちに恨みはないが、領主殿の頼みでな。君たちを殺さなければならない……。――では…………参る!!」
言うと同時に、アズマは踏み出す。
――速い!!
僕は、それをギリギリのところで躱す。
「――っ。」
慌てて避けたため、大きく斜め後ろに飛ぶことになってしまった。
もしこれが不意打ちであれば、僕は死んでいただろう。
それに、アズマが僕を狙ってくれたからよかったものの、僕以外であれば、守ることもできなかった。
「なるほど……見かけに反し、それなりにはやるようだ。」
アズマは、槍を構え直す。
「――槍を!」
大きく飛んだのが幸いした。
僕は壁の近くの兵士に声を掛ける。
何が何だか分からない様子の兵士から、槍を奪い取る。
その間も、僕の意識はアズマに集中している。
――瞬間。
アズマがミオちゃんに向かって飛び掛かっていた。
いや、飛び掛かったことすらも分からなかった。
そもそも、予備動作がなかった。
まるで、瞬間移動でもしたようだった。
だが、今の僕は、アズマの能力を持っている。
ミオちゃんの心臓を一突きにしようとしたアズマの矛先を、兵士から借りた槍で弾き返す。
――――ガイィィィン!!
「――なんと!これは……!そうか……ならば私も卑怯なことはせず、正々堂々と戦うとしよう。」
……すみません。
僕は、正々堂々なわけではありません。
でも、勝手に勘違いしてくれたおかげで、ミオちゃんたちが狙われる心配はなくなった。
「――――参る!!」
アズマは、再び戦闘開始の合図とでも言わんばかりに声を上げる。
次の瞬間には、僕の目の前に瞬間移動していた。
僕は、それを上段で受ける。
頭を狙ったのだろう。
いや、考えている余裕などない。
次の瞬間には、アズマの矛先を下段で受ける。
いや、受けようとして受けたのではない。
僕が写し取ったアズマの能力が、アズマの槍を勝手に受けたのだ。
そう思うほどに、いや、思う間もない程にアズマの槍は速い。
もはや人間の領域を超えている。
そして、下段で受けたはずの槍は、脇腹に突き出されており、それを矛先ではなく、槍全体を使う形で逸らす。
僕はそれを、後ろに滑りながら受ける形となった。
その衝撃で、僕の持っていた槍は、折れ曲がってしまっている。
「――次の槍を!」
すぐ近くにいた兵士から槍を奪う。
槍を手に取る頃には、アズマは僕の目の前まで接近している。
次は、胴体を狙った三連突き。
槍の先で受ける余裕などは当然なく、奪った槍は即座に折れる。
次の槍を奪うが、また折れる。
同じだ。
このままでは、防戦一方だ。
アズマの槍は特別性なのだろう。
何度か受けているが、アズマの槍は、今ここにある槍を全て折ったとしても振り続けられるほど丈夫なのが分かる。
このままでは、最終的に槍がなくなってやられてしまう。
しかし、アズマの槍は休む間も与えず、次の一撃を放つ。
いや、一撃の間に三撃放ってくる。
また新たな槍を奪い、アズマの三連突きを受ける。
だが、今度は少し違った。
折れるのが分かった上で、それを受け、アズマから少しでもと、遠くまで下がる。
それも、ほんの一瞬程度の差でしかなかった。
でも、その一瞬が欲しかった。
槍を奪い。
受ける。
受けながら、アズマの足元を滑るようにアズマの後ろに回りながら、兵士から槍を奪う。
当然アズマは、それにすらも動じず、追撃を行ってくる。
僕はそれを、利き手とは逆に持った槍を、地面に突き立てるような形で受ける。
槍は折れる。
だが、その影に隠し、利き手の右手に持った槍で、アズマの手元を狙う。
残念ながら、アズマの手を掠めることはできなかった。
しかし、手元を狙った僕の槍は、その手から生えた槍の根元を強く打ち、アズマの持っていた槍を高く跳ね飛ばすこととなる。
アズマは、想定外のことにわずかに反応が遅れる。
僕はすかさず、打ちあがったアズマの槍を奪い取る。
僕はアズマの槍の技に加え、アズマの槍をも奪い取る形となった。
アズマも僕と同じように兵士から槍を奪って自分の槍を取り返しに来る。
そう踏んでいた。
「うむ……獲物を奪われては引き下がるしかないようだ……。負けを認めるとしよう。」
だが、実際にはあっさりと引き下がり、負けを認める。
どうやら潔い人のようだ。
「――なっ。」
「すまぬな領主殿。私は負けてしまったようだ。」
「な、なんだと!ふ、ふざけるなぁ!」
領主はそう言いながら、壁際に立っていた兵士を払い除け、退かせる。
壁際に隠されていた扉を開き、地下へと続く階段をその巨体による重力に任せて、勢いよく下りて行く。
歩くのは速くないのに、階段を下りるのが異様に速いのは、体重の重い証拠だろう。
「ミオちゃん!」
僕はミオちゃんに声を掛ける。
「はい!」
ミオちゃんは返事をして、しょうたくんとこうたくんを連れ、僕の後を遅れて付いてくる。
本当は、地下に連れて行くのもどうかとは思ったが、兵士やアズマたちの居る部屋に置き去りにしていくよりは、きっと安全だろう。
地下へと続く階段は、狭く薄暗い。
ギリギリ階段の形が見える程度だ。
入り口からの明かりと、下からの明かりがそうさせている。
領主はその階段を、脇目も振らず、一目散に駆け下りて行く。
僕が領主に追いつく頃には、そこは階段ではなく、小さな部屋になっていた。
いや、牢獄だ。
ちらりと牢屋の中を見ると、何も身に纏わずに、天井から垂れた鎖に両手を吊られたボロボロの女性と、手足を動かせないように拘束された男の子が地面に転がっていた。
僕はそれを見て、足を止める。
少し下がり、階段の出口に当たる部分に立ち、遅れてやって来るミオちゃんたちが中に入れないようにする。
地下には領主と二人の兵士たちがいた。
「ふ、ふひひ!ここなら逃げられまい!お前たち!やってしまえ!!」
領主は下品に笑い、二人の兵士に命令する。
だが、二人の兵士は動かない。
当然だ。
今僕の目は、領主から逸らされることはないのだから。
この領主は何をするか分からない。
一瞬でも目を離すわけにはいかない。
「無駄だ!諦めろ!」
「ふ、ふざけるな!まだ私にはこいつらがいる!こいつらがどうなってもいいのか!」
領主は牢屋の外で、中にいる二人を指さしながらそんなことを言う。
しゅうたくんたちにその様子が見えていないことは祈るしかないが、おそらく領主は、すぐに何かをすることはできないだろう。
「鍵を。」
そう口にしたのは僕だった。
兵士の一人が僕の言葉に素直に従い、腰に付けていた鍵を外し、僕に渡す。
「な、なにをしている!!」
領主は意味が分からないといった様子だ。
その言葉は僕に向けられたものなのか、兵士に向けられたものなのか、あるいは意味も分からず驚きから口にしたものなのか、領主本人でも分かっていないだろう。
「もう諦めるんだ!これ以上悪いことはやめろ!」
「わ、わかった!や、やめる!!やめるから!!か、金ならいくらでもある!!だ、だから殺さないでくれー!!」
もともと殺すつもりはなかったのだが……領主は相当混乱しているようだ。
権力で人を思い通りにしていたような人間というのは、それ以上のものを持つ相手にこうも脆く崩れてしまうものなのだろうか……。
「……分かった。殺さない。……だから、もう悪いことはやめて、改心して、一から地道に人のために働くんだ。それなら、絶対に殺さないと約束する。」
それぐらいの要求はしてもいいだろう。
また同じことをされても厄介だ。
「なんだと……私に命令するな!見るからに貧乏人の分際で!私には金がある!!お前のような女子供に力を借りなければ生きて行けないような、他人に頼らねば生きて行けないようなやつとは違う!!貴様のいう悪いこととやらはやめてやるが、改心して一から働くなど、貴様に命令される筋合いはない!!私は金持ちで、偉いのだ!!」
「なんだと……。」
思わず口に出てしまっていた。
だって誰でもそう思うでしょ?こんなこと言われたら……。
「――ひっ、や、やめ!!殺さないといったじゃないか!!金ならやる!!だから殺すな!!」
僕の一言はこの領主にとっては恐ろしいものになってしまったらしい。
あるいは、僕が怒っているのが顔や声に出てしまったのだろうか……。
それにしてもこの領主、言ってることが無茶苦茶だ……。
「……とにかく、もう絶対に悪いことはしないと約束しろ!!絶対にだ!!」
「わ、わかった!約束する!殺さないというなら約束する!」
とりあえず、今はこれだけでいいだろう。
ふいと視線を逸らした僕に安堵したのか、領主はその場にへたり込んでしまう。
「ミオちゃん。」
僕は領主を目の隅に捉えたまま、ミオちゃんに声を掛ける。
ミオちゃんは牢屋の中を確認する。
僕から鍵を受け取り、しょうたくんやこうたくんには待つように伝えてから牢屋を開け、中に入る。
少し経つと、開けた牢屋の中から出てくる。
ミオちゃんは、適当な布一枚を羽織ったぐったりとした女性と、全身あざだらけになった男の子を連れている。
「――かーちゃん!!」
しょうたくんは、牢屋から出てきた目の光を奪われた女性に駆け寄って行き、抱き付く。
「――ゆうた!」
こうたくんは、全身あざだらけの男の子に駆け寄っていった。
手を取って、二人とも涙をこらえている。
子供でも、男の意地のようなものがあるのだろう。
女性は徐々に目の光を取り戻し、その場で泣きながら親子で抱き合っている。
あざだらけの男の子は、友達の男の子と涙を零しつつも笑いながら、小突き合っていた。
その間も領主はへたり込んだまま動く様子はない。
だとしても、こんなところからは早く出た方が良いだろう。
「それじゃあ、ミオちゃん、しょうたくん。みんな、行こうか。」
ミオちゃんはそれに頷き、ミオちゃんを先頭にするように階段を上がっていく。
僕はみんなが上がったのを確認して、後を追うように出ていく。
あ、忘れてた。
「領主さん。あなたはそのままだと、また全てを失ってしまう。だからどうか、人に優しくしてあげて下さいね。」
へたり込んだ領主を背に、首だけ向けてそう伝える。
領主は何を言っているんだこいつは?といったような顔をしたまま、貧乏人にもう一度そんなことを言われたことが心底頭に来たようで、プルプルと震えていた。
まぁ、僕は既に貧乏じゃなくなっているかもしれないけど……。
「あ、あと兵士さん。あなたたちももう自由です。どうぞ大切な人と、いつまでも幸せに暮らしてください。」
僕はそう言って階段を上った。
地下にいた二人の兵士も僕の後を付いてくる。
階段を上り、大きな部屋に出る。
「うむ、終わったか……。」
そう言い、僕を迎えたのはアズマだった。
「あ、はい……アズマさん……あなたは……。」
「うむ、言わなくてもよい。領主はあれでも私の古くからの友人でな。友人を助けるのに理由はいるまい。」
「はい……。」
「それじゃあ、帰りましょう?カゲルくん。」
ミオちゃんが僕に言う。
みんなも疲れているだろうし、さっさと帰ろう。
そしてここでも、領主の能力を持ったままの僕には、もう一つだけやることが残っている。
「兵士さんたち、あなたたちはもう自由に生きて下さい。どうか幸せに、大切な人と自由に生きて下さい。僕の権力をもって命令します。」
その言葉を聞くと、兵士たちはざわざわとしだし、手に持っていた武器を置き、部屋を出て行く。
別の兵士から鍵を受け取り、数人で固まって他の部屋に向かう兵士たちもいた。
全ての兵士たちが部屋からいなくなるのを見送る。
広くて豪華な部屋の中からは僕たち以外、誰もいなくなった。
「帰ろうか。みんな。」
六人揃って領主の屋敷から出て、お互いの体を気遣いながら、のんびりと自分たちの家へと帰宅した。