潜入
しょうたくんの家の近くまで行くと、既にこうたくんがいた。
こうた君は、はぁはぁと息を切らせながら、焦ったような様子で、しょうたくんの家の扉を叩いていた。
「――あ、こうた!どうしたんだ?」
僕たちと一緒にやってきたしょうたくんが、こうたくんに呼び掛ける。
「――あ!しょうた!ゆうたが!ゆうたが!」
泣いてこそいないものの、かなり焦っている様子だ。
「ゆうたがどうしたんだ?」
しょうたくんが聞き返す。
「ゆうたが、捕まっちまったんだ!」
「――ゆうたが!?」
しょうたくんがさらに聞き返す。
「ああ、しょうたのかーちゃんがあいつらに連れ去られるのを見て、こっそり後をつけてたんだけど、城の前で気付かれて、ゆうたが囮になって俺を逃がしてくれたんだ。」
「ゆうたは、大丈夫なのか!?」
「うん、多分大丈夫だと思う。しょうたのかーちゃんと一緒に連れて行かれたから、しょうたのかーちゃんが平気なら、ゆうたも多分平気だと思う。」
「こうたくんは、しょうたくんのお母さんの場所が分かるの?」
僕は口を挟む。
「うん、分かるよ!まさか……カゲル兄ちゃんが助けに行くの!?」
「うん。」
「無理だよ!殺されちゃうよ!!」
また同じことを言われてしまう。
「うん……でも、助けに行かないわけにはいかないから……。」
「そうだけど……。」
「こうた。俺たちも一緒に行くから心配すんなよ。」
しょうたくんが言う。
「しょうたがそういうなら……分かったよ……。」
「それじゃあ、しょうたくんのお母さんと、ゆうたくんの所に案内してもらってもいいかな?」
「わかった。」
こうたくんの案内で城の前に着く。
てっきり、盗賊やら、上級の魔物やらが二人を誘拐したものと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
この辺りでも、結構な権力者のお屋敷だ。
その権力を利用して誘拐を行ったのか、あるいは、何か特殊な能力持ちなのかもしれない。
城の前には、二人の兵士が立っていた。
「――ウォーターボール!!」
ミオちゃんは、二人の兵士に向かって、それぞれ大きな水の玉を飛ばす。
その玉は、兵士を吹き飛ばすためのものではなかった。
兵士に向かって飛んで行った二つの水の玉は、兵士を飲み込む。
水の玉は、一切の音を、空気を遮断している。
兵士たちは、水の玉の中で暴れ回るが、その水を払い除けることはできない。
水の中で暴れる兵士の間にある、重たい扉を四人で押し開け、中に入る。
ミオちゃんが言うには、水の玉は、兵士が意識を失うと消えるらしいけど……本当だろうか?
城の中は、静まり返っていた。
本当に、誰かいるのだろうか?
「こうた。かーちゃんとゆうたは、本当にここに連れて行かれたのか?」
僕が思っていたことを、しょうたくんが聞いてくれる。
「ほんとだって!城の中に入ってくのは見たんだ!」
「分かった。とにかく、一番奥まで進んでみよう」
僕は、こうたくんを信じて進むことにする。
一番奥。
つまり、このお城で一番偉い人がいるであろう場所だ。
どうするか考えるのは、そこに着いてからでもいいと思う。
長くて広い廊下の突き当たり、一際豪華な造りの扉の前。
いるとすれば、この中にこの城の主がいるということになる。
扉を開けて、中に入る。
いた。
お城の奥の、そのまた奥の扉。
それを開けた先の、一番奥に位置する部屋。
部屋に入った僕たちが立っている場所よりも、さらに少し高くなった場所。
そして、これまた豪華な装飾の椅子。
そこに、彼は座っていた。
この城の主で、この町の大領主。
何をしてそこまでの地位を手に入れたのかは分からないけれど、この街であらゆるわがままを通すことのできる人物だ。
「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ。」
豪華な椅子に座っている領主が口を開き、僕たちにそう言った。
「うむ……子供二人に女が一人、全部で四人とは……私も随分舐められたものだね。」
領主はさらに言葉を続ける。
「か、かーちゃんを返せ!」
その領主に対して、最初に言葉を飛ばしたのはしょうたくんだった。
「まったく……親子揃って五月蠅いものだ……君の母親も、子供の安全だけは約束しろと五月蠅かったよ。」
「しょうたくんのお母さんをどこへやった!?」
僕は領主に聞く。
「気になるかね?殺してはいないよ。地下の牢屋に繋いでいる。ただねー……今頃どうなっているかは分からんけどね。」
領主は椅子から立ち上がる。
そのまま、偉そうに後ろ手に手を組んで歩いている。
「どういう意味だ!?」
「私は下のものに優しいのだよ。女がいれば、自由にさせてやるのは当然だろう?褒美を与えなければ、下のものは動かなくなるからね。」
「ゆうたはどうした!」
今度はこうたくんが口を開く。
「ああ、あの五月蠅いガキのことか。あれは使い道がなかったからね……。今頃サンドバックにでもなっているよ。」
そう言いながら、領主は歩み寄ってくる。
近くまで来ると、領主はなかなかに高身長なのが分かる。
僕自身、背が高い方ではないが、それにしても大きい。
横の幅もさることながら、身長もかなりの高さがある。
もちろん、人間の範疇を超えてはいないが、この巨体で殴られれば、子供たちはひとたまりもないだろう。
「まったく……小さいねぇ……小さい小さい……小さいものは、私に従っていればいいのだよ。」
領主は、わざと見下ろすような視線をし、にやりと下卑た笑いを浮かべる。
僕たちは、息を呑む。
「さて、ここまで来たということは、覚悟はできているね?」
「な、なにするつもりだ!」
恐怖からか、しょうたくんはわざと大きな声で領主に言い返す。
「そんなのは、決まっているだろう……?」
領主は辺りを見回す。
領主の視線の先を見ると、いつの間にか部屋の中に槍を携えた兵士がいた。
一人二人ではない。
部屋を囲むように、壁を背にして、大勢の兵士が立っている。
嫌な予感がする。
しょうたくんやこうたくん、ミオちゃんの顔を見れば、三人も同じ気持ちなのが分かる。
直後、領主が最後の言葉を発する。
「――さぁ……殺せ!」
領主は、全ての兵士に聞こえるようなよく通る声で、終わりを告げるように冷たく言い放つ。
だが……。
兵士たちは、ピクリとも動かなかった。
領主は当然、その異変に気付く。
「――どうした?殺せと言っている!殺せ!たかだか四人だ!」
だが、兵士たちは動かない。
「私の命令が聞けないのか!!殺せ!殺せ!殺せ!!さもなくば、お前たち全員死刑だ!!」
領主が何を言おうと、兵士たちは動かない。
当然だ。
領主は、僕の目の前に立ってしまったのだから……。
――――僕は、少し特殊な能力を持っている。
人間は、少なからず、腕力や知力、技術力などの能力を持っている。
だが、僕の能力は、そういったものとは比較できないような、特殊な能力だ。
『相手が強ければ強いほど強くなる能力。』
それが、僕の能力だ。
ただ、この能力は、僕自身でもまだよくわかっていないことが多い。
相手の必殺技をマネするとか、そういったものとは少し違うのだ。
人は、それぞれ能力を持っている。
それは先天的なものかもしれないし、生きて行く過程で身に着けた、後天的なものかもしれない。
僕の場合は、先天的なものであり、ある意味では後天的なものでもある。
僕は、どんなに体を鍛えても、人間の平均以上に強くなることができない。
そもそも、鍛えられるほどの体力が付かないようになっているらしい。
僕は、どんなに勉強をしても、人並み程度の知識しか得ることができない。
そもそも、記憶できる量に制限があるからだ。
その代わりなのか、それのせいなのかは分からないが、僕は、目の前にいる相手が強ければ強いほど強くなるという能力を持っている。
それが能力であるのであれば、技術力でも腕力や筋力でも、あるいは、人を騙すための語彙力や、人の気持ちを左右する先導力でも、どんなものであろうとも、相手が強ければ強いほど強くなる能力だ。
だが、その能力の発動の仕方に関しては、予想が付かない。
つまり、何ができて、どこまでできるのか、そして逆に何ができないのかすらも分からないということだ。
例えば、分かりやすい所で言うのなら、腕力だろう。
腕力や筋力が強い相手に対しては、同じような腕力や筋力を得られる。
この細腕で、目の前にいる屈強な人間の腕力と同じ腕力を発揮することができる。
例えば、人を石にするような特殊な能力を持った相手には、同じように石にする能力を得ることもある。
あるいは、それを無効にしたり、反射したりするようなものを得ることもある。
例えば、この領主のように権力を持つ相手には、同じような権力を有し、それを圧倒するものを手に入れることもあれば、その権力による強制力を無効にすることもある。
その代わりとして、僕はいくら努力を重ねようと、何かを磨き上げることができないという見返りが付いているというわけだ。
そしてそれ故に、僕は圧倒的な勝利を収めることはまずできない。
僕が今、どんな能力を有しているのかは分からないが、少なくとも、しょうたくんのお母さんを助けることくらいはできると思う。
だから僕はここに来ることにしたというわけだ。