誘拐
――――ちゅんちゅん、ちゅんちゅん……。
鳥の鳴き声が聞こえる。
外からは、眩しい程の光が差し込んでくる。
その光のせいで、目が覚めた。
台所から物音がしている。
トントンと包丁がまな板を叩く音だ。
今日もミオちゃんはうちに来て、朝早くから朝食を作ってくれているのだろう。
身支度を整えて、台所に向かう。
「あら?おはようございます。」
「うん、おはよう。」
「どうぞ、座って待っててください。」
「よければ、僕も手伝おうか?」
「いえ、もうすぐできますので、大丈夫ですよ。」
彼女はうふふと柔らかく笑う。
「うん、ありがとう。」
今日の朝食は、昨日の夕食とほとんど一緒だった。
残っていたのだから仕方がない。
違ったのは、野菜盛りだくさんのサラダが添えられている。
彼女は、自分で色々な植物を育て、それを生活のための糧としている。
といっても、基本的には物々交換で他の食べ物と交換してくるので、自分で栽培しているもの以外は、どんなものになるかは分からない。
それもあって、彼女は料理が上手くなったのだろう。
「どうぞ、召し上がってください。」
「うん、いただきます。」
「はい。いただきます。」
彼女の作ってくれた朝食を、彼女と一緒に美味しくいただく。
さすが彼女の育てた野菜だ。
新鮮でみずみずしくて美味しい。
彼女は、生活に直結するような仕事をしているが、僕は少し違う。
こんな僕でも、一応仕事はしている。
ただ、ミオちゃんが「危ないから仕事にはあまり行かないで」というので、彼女に世話をしてもらう形になってしまっている。
僕は、極度に流されやすい性格というわけだ。
僕の仕事は、冒険者とでもいうのだろうか。
どこかで起きたトラブルを解決したり、町や村に押し寄せてきた脅威を退けたりするお仕事だ。
冒険者のたまり場とされているギルドは、家から少し距離があるので、あまり行かないが、そこで仕事の依頼を受ける。
本来、冒険者であれば、自分の愛用の武器を持っているらしいのだが、僕の場合は、それすらもない。
依頼内容に応じて、その都度武器を揃える。
依頼が終わった後は、その武器を売って、生活の足しにする。
そもそも、依頼そのものを受けること自体がほとんどないので、その機会も少ないわけだけど、そういうスタイルだ。
「ごちそうさま、今日も美味しかったよ。」
朝食を食べ終える。
「はい、お粗末様です。」
「ちょっと、外の空気吸ってくるね。」
「はい。」
ミオちゃんの美味しい料理を食べ終わり、今日は何をしようかと考えながら、日の光を浴びに家の外に出る。
外は晴れていた。
空を見上げると、白くて柔らかそうな雲が、風に流されてもくもくと飛んでいる。
あの上で昼寝でもしたら気持ちよさそうだ。
あんな風に形を変えながら風に流される雲は、まるで僕のようだと感じてしまう。
ミオちゃんにも何かお返しがしてあげたいけど、流されやすい僕には何ができるだろう……。
そんなことを考えていると、日の光が雲の陰に隠れ、辺りが暗くなる。
そのおかげで、遠くから走ってくる人影が見えた。
「――――ん!――ちゃーん!カゲル兄ちゃーん!」
遠くから走ってきていたのは子供だった。
正確には、昨日僕のスネを蹴っていた子供たちの中の一人、しょうた君だった。
しょうた君は、少しやんちゃな悪ガキだ。
また僕のスネでも蹴りに来たのかと思い身構えるが、どうやら少し様子がおかしい。
大きく口を開けながら、僕の名前を呼んでいた。
まるで、助けを求めているかのようだ。
そして、目の前まで来て分かる。
顔をぐしゃぐしゃにしながら、涙を流している。
しょうた君は泣いていた。
「――どうしたの?しょうたくん?」
僕はしょうた君に聞く。
「カゲル兄ちゃーん!――うえーん!かーちゃんが!かーちゃんがぁ!」
泣いているせいで要領を得ない。
僕が背にしていた家の扉が開く。
「どうかしたんですか?」
しょうたくんの泣き声を聞いて、ミオちゃんが家から出てきたようだ。
「しょうたくんが、泣きながら走ってきたんだ。」
「――ちょっと、待っててくださいね?」
ミオちゃんはそう言って、再び家の中に戻って行く。
「――うえーーーん!かーちゃんが!かーちゃんがあああ!!」
「しょうたくん……。泣いてちゃ分からないよ……一体何があったか、話してもらえないかな?」
僕は困ってしまう。
しょうたくんも泣き止もうとしているのは分かるが、涙を止められないのだろう。
ミオちゃんが家の中から戻ってくる。
手には少し濁った透明の液体の入ったコップを持っている。
「はい。しょうたくん。これを飲んで落ち着いて下さい。」
甘い香りがする。
きっと、ミオちゃんの作ったリンゴジュースだろう。
しょうた君は、ミオちゃんから受け取ったリンゴジュースに口を付け、少しずつ飲んでいき、飲み干す。
飲み干す頃には、少し落ち着いた様子だ。
「しょうたくん。どうしたの?何があったか教えてくれる?」
「かーちゃんが……かーちゃんが、悪いやつに連れて行かれちゃって……ぐす。」
また泣き出しそうなのを我慢しながら、少しずつ話してくれる。
「お母さんが?なんでそんなことに?」
僕は聞き返す。
しょうたくんは首を横に振る。
分からないということだろう。
「分かんない……でも、うちのかーちゃんが美人だから、連れて行って、なぐさみもの?ってのにするって……。」
「慰み者……。」
きっとしょうた君は、その言葉の意味を分かっていないだろう。
「だから俺、聞いたんだ。かーちゃんはいつになったら返してくれるの?って……そしたら……うぐ、えぐ、うわーん!」
また泣き始めてしまった。
それを見て、ミオちゃんがしょうたくんを抱き締める。
「そしたら……どうしたの?」
ミオちゃんが抱き締めたことによって、しょうたくんは再び落ち着き始める。
「…………そしたら、返してくれないって……用が済んだら、売っ払うとか言ってたんだ……だから俺、かーちゃんを助けようとしたんだけど、大人の男の人ばっかりで、全然勝てなくて……。」
よく見ると、しょうた君の頬には殴られたような跡がある。
抵抗した際に殴られたのだろう。
「それで、お母さんの居場所は分かるの?」
僕は、しょうたくんに聞く。
しょうた君は首を横に振る。
それを見て、僕もミオも肩を落としてしまう。
「でも……。」
しょうたくんが口を開く。
「でも……?」
「ゆうたとこうたが、隠れながら追い掛けて行くのが見えたから、もしかしたら……。」
「――ゆうたくんとこうたくんが!?」
ミオちゃんが驚く。
「うん。俺は、かーちゃんが遠くに行っちゃうまで、他のやつに見張られてたから、絶対かは分かんないけど、ゆうたとこうたは多分、かーちゃんのこと追っかけてくれたんだと……思う。」
「それでも、二人が追いかけて行ったんだね?」
僕はしょうたくんに聞き返す。
「うん。俺も追いかけて行こうとしたけど、もうどこ行っちゃったか分かんなかったし、俺たちだけより、誰かに助けてもらった方が良いと思って……。」
「……お父さんは、いなかったの?」
「とーちゃんは、今日は仕事で遠くに行っちゃうって言ってて……それで、ズルいとは思ったけど 兄ちゃんに言えばなんとかなるかもしれないと思って……。」
「……そうだったんだ……。しょうたくん。よく頑張ったね。僕に任せてよ。」
僕はしょうたくんに笑い掛ける。
「でも、カゲル兄ちゃん、めちゃくちゃ弱いじゃん。あんなやつらに勝てねぇよ!」
「……そうだね……。そうかもしれないけど、しょうたくんが頑張って僕の所に助けてもらいに来たんだから、僕も頑張るよ。」
「いいよ!カゲル兄ちゃんが行ったら殺されちゃうかもしれないだろ!兄ちゃん、俺たちより弱いじゃんか!それよりも、他にもっと強いやつとか教えてよ!そうすれば……!」
確かに、しょうたくんの言うことも分かる。
だけど、そもそもそんなに強い知り合いなんかいないし、助けるなら僕自身が行くしかない。
「しょうたくん。きっと大丈夫だから……僕を信じてくれないかな?」
しょうたくんの目をまっすぐ見て、そう告げる。
沈黙。
「…………分かった……。でも、じゃあ、俺も連れてってよ!カゲル兄ちゃんが頑張るなら、俺も頑張る!」
「――それは……!!」
ダメだよ。
そう言い掛ける。
「――それじゃあ、私も行きます!」
そこにミオちゃんが割って入ってくる。
どうやら、ミオちゃんも行くらしい。
「――だ、ダメだよ!危ないよ!」
改めて言い直す。
「兄ちゃんが行くなら、俺だって平気だよ。」
「私も、カゲル君が行くなら、行かないわけにはいきません!」
きっと、二人ともこれ以上何を言っても聞いてくれないだろう。
仕方ないか……。
僕は本当に流されやすい。
それに、実はミオちゃんは、普通の冒険者よりも少し強い。
今でこそこうしてのんびりと生活しているが、両親ともがかなりの大魔法使いだったこともあり、その両親に教わったらしく、水の魔法に関してはかなりの使い手だ。
確かに、ミオちゃんがいるのは心強い……。
「分かった……。お母さんの顔が分かるのはしょうたくんだけだし、ミオちゃんも強いからね……。仕方ないけど、一緒に行こう。でも、危ないと思ったら二人ともすぐに逃げるんだよ?」
「はい。心配しないでください。」
「分かってるよーっだ!兄ちゃんこそ、足引っ張るなよ!」
二人ともやる気満々だ。
しょうたくんに関しては、先程まであんなに泣いていたのが嘘のように、にひひと笑っている。
「それじゃあまずは、しょうたくんのお母さんが連れ去られた、しょうたくんの家まで行ってみようか。」