博物館の夜
夕べの月は
遠い磯島を想い揺れている
雨は、何処かへ赤い花を求めて旅立ち
小指には消えない赤い痣
僕らは赤に呪われた世代
屑籠から真っ赤な毬が転がりだしてきて
夢の跡には硝子に当たる太陽の揺らめきを
ずっと見てる午後の月
ただ、山茶花が蝸牛を隠すものだから
旅人のコートに中に僕も隠れる
電信柱の影から今日も月が顔を見せた
公園ブランコの上で明日が
昨日を思い出して考え事をしている
たくあんのなかの昆布は
父親のネクタイの色を覚えているだろうか
あの寂しい昏い色を
半分くらい欠けた私が湖の中で
片足を探している
明日の駅では
小人が燐寸に火をつける
それでも明日は来る
ぼんやりとした灯りが
古き廊下を映している
過去とは、蜜蝋の残滓
夢の芥が部屋の静寂をさざ波の様に
静けさは動かない
仄かな部屋の隅の暗がりでこそ
人は生きていける
夜の帳がなくては
鞄の中に夜を詰め込んで
出掛けるのだ
懐古も共に連れて行こう
柱時計と白粉のような
幽かな土を踏むような
密やかに暮らす人がいる
古き囲炉裏の家で
雨が降って、軒先を濡らしても
紫陽花は咲き誇る
そんな黒い家で
梅雨になると家々と路は
黒々と鴉の濡れ羽のようになり
陰翳が遠い過去を思い出す
年老いた人々が
此処は随分刻の止まった処だよと
時計だけが囁く居間の中で囁く
鬼が棲む様な古き町並み
夕暮れ時の路は黒ずんでいて
影踏みができない
林檎を堕として、暗渠に吸い込まれた
胸にぽっかりと空洞の開いた
ここから吹く隙間風は
おそらく鈍色をしている
鉄で出来た薬缶色
鋲で張り付けられた選挙ポスターが
不気味な人物画に見える
そんなぎくぎくとしなくても
明日の朝はくるというのに
振り返って、後ろを見ると
夜が電信柱に隠れていた
夕暮れの電灯液を、
蛇口から溢れるほど零していた私は
すぐさま駅に向かって、風に吹かれた
あれは、あんまり嗅いではいけない匂い
夜の、死者の匂い
舐めていた薄荷の飴を、
壺の中の金魚に与えると
そっと姿をくらます
黄昏時のことであった
さびしい鳥が
近くを飛んでいる
声が聞こえたもので
真似をしてみた
へたっぴな声が
空中に響く
嗚呼、寂しい鳥よ
そうして窓の外で
鳴いてないで
部屋の中に
入ってきておくれ
さびしいのは
鳥だけでなく
私も同じだから
晴れやかな冬の朝は、夏の始まりとよく似ている
夜の博物館は 静脈の中で生きている
私が海を見つめているとき
海は潮騒でなだめてくれる
海はある日、阿古屋貝を産んで
人魚が、海から顔を出した
お前は、今日から海のもの
気がつかなかった
潮騒の音も、海猫の声も
遠くの宿場町で聞いていた頃は
柩の上には、花が乗っている
お前は今日から海のもの
お前は今日から海のもの
魔性の祖母は
糸車を廻す
人の子取って喰いましょかね
柳場包丁振り回し
ざんばら頭で恋をする
山姥は昔美しい娘
男を戦争で殺られてから
狂い女となり座敷牢
やがて、家が朽ちる頃には
野山を駆け回っていた
山姥は、残酷だったが
桜だけは美しいと思って
色々な男を屠り
桜の元で死んだ
朝の木漏れ日の中には
月がいる
こっそり社に隠れて
ご飯を食べている
太陽はあくびをしながら、
さっき洗面台をでていったあと
姿をくらましたから
だから僕も、
運命論なんてやつを、
笹舟に乗せて
川に流してやろう
夢と現のあひだに
遠い日の思い出の中に
真実があるのだから。
朝の木漏れ日の中には
月がいる
こっそり社に隠れて
ご飯を食べている
太陽はあくびをしながら、
さっき洗面台をでていったあと
姿をくらましたから
だから僕も、
運命論なんてやつを、
笹舟に乗せて
川に流してやろう
夢と現のあひだに
遠い日の思い出の中に
真実があるのだから。
朝日を浴びて
通りを人が歩いている
人生論はもはや主題を無くして
誰もいなくなった神社で
ブランコだけが揺れている
運命論なんて信じない
迷路のような曲がりくねった道に
骨だけが櫻の花びらに埋もれて
死の匂いがする
笹舟に喉仏の骨を乗せて
流してやろう
無事に、海までたどり着くだろうか
学校のブランコに跨って
線香花火を
ぽとりと火の玉が堕ちる刻
夕陽を想い出し
音楽室で木琴を出鱈目に叩いて
美術室で、皆の作った手の模造品の指先を
順繰りに人差し指でつついて
放課後の学校は、僕らの遊び場
夕暮れ時は校舎が怪しい影
静かに不気味
何処かで
学校のお化け
影が踊っているかも
絆創膏からはみ出したかさぶたが
唄を歌うもんだから
海へ出てみた
寄せては返す波に、水母が浮かんでいて
慌てて逃げたら舟虫を踏んずけた
既存の概念では通用しないアクシデント
静かに起立した夕陽が
動かない黒猫が
静かな舞台を演出する
影となって、魚を釣ると
波だけが、寄せては返していた
形見を抽斗から
取り出したはいいがあまり見たくない
また仕舞う
あそこの暗がりは
未だにどよりと暗く深く
柳の葉が風に擦れあっている
夕飯の匂いが
冷たい土の匂いと混ざり合って
寂寥の想いに胸がいっぱいになる
もうすぐ命日だというから
あの暗がりへ花を
まだ、思い出にならないあなたに
灯油を買って
家を火で燃やして仕舞おう
そんなことを嘯き
夜を歩く
どうしても苦しい夜を
孤独と共にこえてきたんだ
遠吠えする犬を蹴とばして
路地裏に堕ちた星を採取する
だって僕らは、過去を旅する
ストレンジャー
異邦人の唄が、何処かの家の
窓から聞こえてきて、
懐かしい想いになる
あの電信柱の影から
夜が此方を覗いている
月は居間の屑籠に捨ててしまい
太陽は囲炉裏にくべてしまった
夕暮れ時の鴉たちの声を聴き終わると
新月の夜空には満天の星屑が浮かび
蛍烏賊や夜光虫は輝きだす
僕は、壊れて仕舞った月を片手に
どうしていいかと
風吹く原野の上で考え込んでいる
ゆふべの食卓にたくあんがでてきて
匂ひを嗅いだら駅の匂いがした
それが父親の匂ひだったもので
壁に掛けてあったコートを嗅いでみると
やっぱり父親の、寂しい匂いがした
ウレタンの、西日に照らされて少し焦げた様な
胸に空洞があって、ぽっかり穴が開いたような
寂しい匂いは、父親だった
詩人とは、哀しいような
寂しいような
ぽつんと草原に立って
黴の生えたパンを食べているような
自然の摂理を
パズル形式にあべこべに
はめ込んでいくような
そんな言葉遊びをして
ひとりぽっちで笑ってゐるような
そんなひそひそ話もいいものですね
さよならと云うから
僕は紫陽花を集めて道路にばらまく
夕べの飯はまだかと
早朝父が仏壇で幽霊になっている
母親が甥と動物園で
お坊さんの頭を撫でている
私は線香の匂いを嗅ぎながら
懐かしい昔を思い出して
天井裏の七福神を鼠捕りで退治して
台所の蠅取り紙の過去を予測して
風に吹かれる
風に吹かれた旅人のコートから
古ぼけた鋏が
鉛筆とノートで、其れを描く
なかなかいいですね
祖母が、小さくなったり大きくなったりしながら
そうぼやいている
思えば、郷愁とは
ささやかなとらつぐみのような
そう云っている間に祖母は
隙間風に吹かれて、旅に出ると云ったまま
トイレにこもりっきり
昨日の夕飯は、お好み焼きだった。
真昼の月のように、淡々とした冷静な主婦の様な。
どうしても目の前の窓から見える高圧線とも仲良くなれる気がしない。
遠くから聞こえる汽笛の音。
神社の隣に住んでいる神の子とは私の事です。
一時流行った通り魔のような連続不審火魔。
ジグザグ想い出紀行。
ゆふべ水母が貝のみそ汁の中に入ってきたので
お前の棲む場所は此処じゃないぞと酢の物の中に戻す
明らかに痕跡の短い夕蛸の足の長さに慄いていゐると
今日もパセリかと父親が仏間から顔を出す
思えば遠くに来たものです
満月が、ちゃぶ台の向こうから
ご飯を片手にそう云った
昼間の月は仄かに白い
平方形に甘んじて、蛇口を捻るような、出鱈目の恋心がある。
短い算段をしているから、どうしても実らない。
あそこの仏間で、自然薯をすりながらおいおい泣いているような。
そう藪から棒に襖を閉じたり開いたり。
男はついに折れた。
女々しくて女々しくてついぺろりと舌を出す。
原野は風が吹いている
さよならを云った
あなたに滂沱の涙
悲しくて旅人のコートの中で
丸まっていたら
原野に汽車の走る夕暮れ時
グラスの中の氷が溶けるように
昔のことを忘れて
そう易々と行くかと
東尋坊で電話をかける
あの世の番号四四四
やいこら歌舞伎町の四季の道はお元気ですか
また遊びに行きます
記憶の底で廻る扇風機
怒ってる?怒ってない?
それだけが気になる午前一〇時の頃
詩人は岬でカモメを焼いて食べている
炎が瞳の中で
エンヤ―コーラー
古い唄、漁師達の荒い唄
漁火が沖の方でチカチカと
指の先に炎は灯るか
御鬼道の小僧の体の奥の炎
祭りの気配
呼んでいる
もうずっと過去から
海を切り取った裏路地
空を切り取った箱庭
人を裏切った浦島太郎
凡て街道沿いの石畳の下に眠る
ゆうづつという言葉を辞書から
ピンで標本に縫い付ける作業
キチガイに渡す赤い雨傘
切り取った紫陽花を飾る脳病院の蛙
水槽の中に弁天様が居るけど
やけにこの玄関は薄暗い
心の闇の様だね
確かな事は、今、草原はこがね色
天窓から入ってきた野鼠に、蜻蛉をやると
残酷詩集のことを思い出した
女のはらわたが赤い紐で天井と結ばれている
駅は遠く燐寸の上で、ただ風に吹かれている
影たちは動かず、風だけが嵐のように吹きすさび
毬の上に一滴の香水をたらしで遊ぶ
童の遊び