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第六十九話『吶喊』

 大陸暦一三五八年、九月十日――

 港湾都市アーカルを構成するビル群の一画が、青白い閃光に包まれた。轟音が天を割り、衝撃が地を裂くような勢いだった。二機のルンビーカ200が吊り下げていたのは、魔封じの術式と術式陣を書き込まれた新型爆弾だった。


「何だってんだ一体……!」


 市庁舎の一部が崩落し、瓦礫が中にいる者を押し潰していた。砕けた石材を押しのけたヨイカフツは、立ち上がるなり怒声を発していた。この時、彼女は自身に起きた異変に気付くのが遅れていた。


「ダルバ様、ご無事ですか!?」

「あぁ、あたしは大丈夫だよ。そっちの皆は?」

「幸いにも、私達のいた所は崩れませんでした」

「だが、こいつは古い建物だ。どうなるか分からないから、皆は早いところ避難して」


 熟年の化粧師が駆け付ける。市庁舎の崩落は限定的だったが、築三五〇年を数えるだけに、いつ連鎖的な崩落が起きてもおかしくなかった。


「ヨイカフツ、何をしている。早くここを離れるぞ」


 足早に駆けてきたのはワイヨールだった。竜とはいえ、老体に鞭打っているためか、息が上がっている。この時になって初めて、ヨイカフツは自分達を取り巻く異変に気付いた。


「ちょっと待って……もしかして、魔力が封じられてる?」

「気付いたか。魔封じを受けたらしい」

「確かに、瓦礫を浮かせられなかったし、今のあんたからは竜王の覇気を感じない。ただのしょぼくれた爺さんだ」

「言ってくれる。お前こそ戦化粧が意味をなしておらんぞ」


 苛立ちから口論になりかけたが、駆け付けたオルウークの兵によって流れは元に戻された。


「ご無事で!」

「あぁ、なんとか。状況は後で聞く。今はここを離れる」

「それが、敵からの攻撃が激しく、移動も難しい状態です」


 兵からの報告に、ヨイカフツは軽く舌打ちした。馴染みの化粧師達が顔をしかめるのもお構いなしの、戦士の表情を浮かべている。


「南に現れた雨雲、そいつが敵の魔術だった可能性がある。奴らの接近は気付けなかったのか?」

「我が方の斥候を的確に狙っていたようです。敵主力とのぶつかり合いもあり、正確な状態が得られませんでした」


 顔に施された戦化粧が憤怒に歪む。裏を掛かれ、状況を把握する前に一撃を見舞われた。恐らく、敵は空から奇襲を仕掛けてきた、あらゆる情報と状況が、彼女の心を掻き乱していた。


「……敵は決して多くない。音からするに、戦闘機が二から三、戦車が三か四といったところか。随伴する兵もいるだろうから、一個から二個中隊の規模で突いて来たのだろう」


 老いた風竜は崩れた外壁から外を垣間見た。飛行機のエンジン音に混ざり、砲声も聞こえてくる。発砲から着弾までの速さから、火砲の類という事だけは把握出来た。


「数の上ならあたし達の方が勝ってるが、この勢いだ。何割かはやられてると思っていい」

「ここにいても、建物の崩落を待つだけだ。しかも、魔封じの術式の影響下にある。少なくとも、この場を離れなければならん。北に向かえば連合軍の司令部がある。行くぞ」


 ワイヨールの言う事はもっともだったが、伝令の兵が言うように、市庁舎の周囲は既に戦闘で混乱していた。五〇〇の兵を配置したが、相次ぐ空からの攻撃によって、どれほどが戦力として残っているかも分からない。ふと、ヨイカフツが外の様子を見た。魔封じの術式は蒼白い火花のように空間を包み込む性質があるのだが、それが少しずつだが薄れている。


「……いや、ここは魔封じが解けるまで待とう。そしたら、あたしの魔術で瓦礫は矢にも楯にもなる」

「なるほど、確かに薄れ始めているか。およそ四半刻、身を隠して粘るとしよう」


 地と風の四天王は互いに顔を見合わせると、既に崩れた建物の瓦礫を押しのけて身を隠した。まだ崩落していない建物の下はむしろ危険と判断したためだ。周囲の兵にはそれまでの時間稼ぎをしてもらう腹積もりだった。この五〇〇がやられても四天王が残れば勝機はあり、その四天王も魔王の復活まで持てばよかった。全ては主のために、魔王軍の将兵は誰一人としてそれを疑う事なく戦っていた。



「よし、市庁舎が見えた。各員、下車戦闘!」


 黒煙を上げ、蒼白い火花に包まれた市庁舎の影が通りの先に見えた辺りで、トラックが止まった。後ろの幌が開き、合わせて二個小隊の兵が繰り出す。リンダ達の姿もあった。少し大きい鉄製のメットは重く、それでいて頼もしくあった。銃弾の直撃に耐える保障はないものの、予期せぬ落下物から頭を守るにはある程度の期待が出来る。同時に、リンダは一つの見落としに気付いていなかった。


「目標は市庁舎の奪還、ならびに四天王の撃破。市庁舎は先の爆撃で崩落している箇所がある。注意するんだよ!」


 無線からカリエの声が響く。兎亜人で四十、人間にして六十歳に相当する老婆のものとは思えないほど、明瞭で凄みのある声だった。精霊ロアを介してもいないようだった。


「事情はよく分からんが、ずいぶんとすげぇ婆さんがいたもんだ」


 メットの左側頭部に羽を差した傭兵が楽しそうに言うと、部下を連れて駆け出した。市庁舎の周囲を守る敵に真正面から突っ込む真似はしない。通りからは戦車が撃ち掛けており、別の分隊が短機関銃による制圧射撃を買って出ている。言うなれば正面は囮であり、中道を抜けて市庁舎を側面から叩くのが本命であった。


「ルビィ隊はアルビート隊と共に、もう一つ奥の道から裏側に回り込め。クニット隊はここから側面を叩く、援護しろ」

「了解した。エリック君、生きて会おう」

「分かりました、先生もお気を付けて」


 市庁舎に抜ける路地を一つずらし、ルビィ隊とクニット隊は別行動を取る事となった。再会を誓うエリックとニールの行動は、見ようによっては安易だが、意気込みとしては一定の効果があった。アルビート隊の兎亜人、ダルトンがリンダと並んで走る。ヒゲの先に蒼白い火花を弾けさせては、おどけたような表情をしてみせた。


「嬢ちゃん、あんたは少し下がってな」

「どういう事?」

「姉貴はあんた達を英雄にしたがってる」


 英雄の二字が有する意味合いを、理解出来ないリンダではない。エリックやニール、イェリアの語る歴史上の戦争で、幾多の英雄的存在があった。少し後ろにいるサイクスも、本人の記憶が正しければ、建国の英雄である。同時に、英雄とはどのようにして生まれるのか、リンダは訝しんだ。しかし、悠長に考え事をしていられるほど、状況は暇ではない。遠雷に似た砲声が近くなって来た。異変に気付いた敵の一部が、こちらに向かっている証拠だった。


「ねぇ、サイクス」

「どうした」

「英雄って、運命が選ぶのかな。それとも、人が選ぶのかな」


 リンダの問いかけに、サイクスは答えなかった。無視したのではなく、答えに迷ったのだ。黙って小銃を構え、市庁舎付近を警戒しているオルウーク兵を狙い撃つ。乾いた音が不気味に響き、脇腹に当てられたらしい敵がうずくまるように倒れた。


「……人が出来る事は出来る限りする。その上で、運が向けば何とやら、だろうな」

「ほう、二五ルマーチョ(約一六〇メートル)は離れた相手を一発か。やるなぁ」

「狙撃には僅かながら、覚えがあるものでね。オルウークの図体ならよく狙える。奇襲に狙撃、私の初陣さ」


 ダルトンが思わず口笛を鳴らす。応じたサイクスの口調には、どこか懐かしむようなものがあった。しかし、一発の銃弾に対して返ってきたのは、数十倍の応射だった。


「敵さん、かなり頭にきてるみたいだな。ルビィ隊は下がれ。ここは俺達が引き受ける」


 建物の角を遮蔽物にして後退、迫って来たら射線が通り次第に撃つ。戦場の勝手知ったるアルビート隊は、誰もが小銃と短機関銃の名手であった。一人が腰から棒付きの手榴弾を取り出し、ピンを抜いて勢いよく投げ付けた。少し高めの山なりで放られた手榴弾は、敵の分隊のど真ん中で炸裂した。元が数を頼ってか散開していなかったため、一発でオルウークの塊に穴が開く。しかし、それは後詰めによってたちまち埋められた。


「おいおい、随分と兵の命が軽いな」

「まるで大陸戦争の横隊だ」


 呆れ気味に言ったダルトンに、白い口髭を蓄えた老傭兵がぼやく。大陸戦争とは四十年前のレンストラ大陸全土を巻き込んだ戦争を指し、この時の大陸外からの干渉に対抗する為に各国は連合となった経緯がある。雨あられと撃ち返される小銃弾に、遮蔽物としていた建物の壁が崩れ始めた。


「どうだ、もう片方の隊は突っ込めそうか?」

「かなりの数を引き付けてるが、そう簡単には……ん?」


 ティットルが老傭兵に尋ねるも、簡単に道が開けたとは言い難い。しかし、言葉尻に抜けたような声を上げた。その視線の先には、黒い影のように伸びた、人の形をしたものが見えた。


「ありゃあ……クニット隊の。イェリアだったか?」


 あまりの速さに影が伸びたように見えていた。かなりの距離が離れているにも関わらず、赤い残光を目元から走らせているのがはっきりと分かる。アルビート隊の傭兵達にも、リンダ達にも異様で薄気味悪く見えた。低く前かがみで飛び込むように駆け、その両手は反対側の腰に伸びている。オルウーク兵の銃火が一塊となり、まるで竜が火を吹いたかのような様相を呈したと同時に、彼女の姿は消えていた。


「蜂の巣よりひでぇ事になったのか?」

「いや、違うな」


 白髭の傭兵にサイクスが返した。黒い鎧は、イェリアの素性に勘付いている。上、サイクスの兜の向きから視線を読み取ったリンダが、オルウーク兵の塊の頭上に目を向ける。イェリアが、宙を舞っていた。人間とは思えないほどの跳躍は、見る者すべてを引き付けた。勢いそのままに兵の塊の真っ只中に飛び込んだイェリアは、両腰に帯びた剣を抜いていた。

 鈴のような音と共に抜き放たれた刀身は、うっすらと波打つ紫紺を帯びた白銀の輝きを放っていた。見ようによっては美しくもあり、そしておぞましい程に冷たかった。彼女を取り囲んだオルウーク兵がすぐさま撃てなかったのは、流れ弾による被害だけではない。周囲に漂う異様な冷たさにたじろいだからだった。


「敵の動きが止まった……?」

「優れた戦士は身一つで戦場を支配すると聞いたが……」


 傭兵達が口々に言った。彼らもまた同様に、敵を撃つ事を忘れている。それほどに鮮烈な印象を与える力が、イェリアにはあった。長いようで一瞬に近かった沈黙が、悲鳴よりも早い血飛沫によって破られた。呆気に取られた者達の首が宙を舞い、落ちる。切断というより分解、斬られた場所が最初から付いていなかったかのように切り離されていた。


「敵は浮足立った! 続け!」

「お……お、おう!」


 声を張り上げたのはサイクスだった。不意を突かれ、階級も戦歴も関係なしに傭兵達が従う。リンダはその瞬間、サイクスの兜の中に人の顔を見たような気がした。王者の覇気を纏った、威厳に満ちた壮年の顔だった。


「兄上……様……?」


 ふと、誰のものでもない言葉が、リンダの口からこぼれ出た。喊声と怒号、悲鳴と銃声にかき消されたつぶやきは、確かに彼女のものだった。白昼夢のような光景は瞬く間に過ぎ、サイクスの兜の中はたちまち暗闇に戻る。聞きたい事は生き残ってから聞けばいい、リンダはそう思い直して小銃を構えた。

魔封じの術式

魔力の流れを阻害、遮断する事で魔術の行使を封印する術式。

魔晶石から既に発生した魔力に対しては遮断しか出来ず、発生の詠唱を解除する効果はない。

魔法使いや竜のような魔力を含有する存在に対しては、発生そのものを一時的に阻害する事が出来る。

また、障壁や防護幕といった術式を解除する効果もある。

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