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第六十八話『今を繋ぐ』

 大陸暦一三五八年、九月十日――

 砂塵獣を仕留めた光景は、上空のボーヴァン達からも見て取れた。小さな雨雲は霧消し、それに水分を奪われていた空気はひどく乾燥している。渦巻く砂嵐を形成していた肉切り虫の死骸は、既に誰の意識にも残っていなかった。


『少佐、今の雲は敵からも見られた可能性があります。早いところ移動させましょう』

「分かってる。燃料の問題もあるしな。こちらボーヴァン、砂塵獣の消滅を確認した。周囲に敵影なし、ただちに移動する事を提案する」


 指揮車のカリエの元に、上空からの通信が入る。時間が勿体ないと即時の移動が指示され、下車していた者達はすぐさまトラックに飛び乗った。車列は再び動き出し、砂煙を巻き上げる。何事も無かったかのように行軍を再開したが、各々の車内ではルビィ隊に対する見方が変わりつつあった。



「南の空に雨雲?」

「はい。瞬間的に雨を降らせたようで、すぐに消えました」


 戦化粧を施している最中のヨイカフツの元に、不審な雨雲の情報が舞い込んできた。熟年の女オルウークの化粧師からの筆を裸体に走らせながら、考えられる可能性を頭に巡らせていた。


「ここからまっすぐ南と言うと、ラキーテ砂丘だな。あんな砂だらけの場所に突然の雨雲……魔術によるものと見た方がよさそうだね。イミノッキに確認取って。砂塵獣でも出て、邪魔されないように片付けた可能性がある」

「はっ」


 伝令を下がらせると、ヨイカフツは再び思考を閉ざして体の力を脱いた。僅かな力加減でも筋肉や鱗が動いてしまうため、戦化粧の出来に影響が出るためだ。幸いにも、化粧師達が熟練者であったため、先程のやり取りによる僅かな肉体の収縮にも対応出来ていた。あと半刻もあれば戦化粧は仕上がる。どれだけ抑えても滲み出てくる、性愛に似た欲求が、彼女の四肢を動かす原動力となっていた。


「……ダルバ様、求愛の紋もお入れしましょうか?」

「いや、いい。それはちゃんとする時にやってもらうよ」


 化粧師の一人に言われて、思わず目を見開いた。名前の方で呼ばれた事も久し振りで、どこか懐かしい感覚になったというのもある。幼少の頃からの馴染みで、父が母を見初めた時にも求愛の化粧を施したのだという。『ちゃんとする時』がやって来るのかは分からなかったが、四天王であり戦士である前に、女である事を見透かされているような気がした。その相手は、確実にやって来る。



 トラックの幌を震わせるくしゃみが響いたのは、ほとんど同時だった。夏の暑さは和らいでも、まだ寒さを感じるには早かった。


「カーン、大丈夫?」

「あぁ、問題ない。今はどの辺まで来た?」


 車列はいよいよ砂丘を抜け、アーカルのビル群が遠目に見えつつある。フロントガラスから垣間見える外の景色は、否応なしに緊張感を高めていた。キュリール島西部はヌンカル火山から広がるなだらかな裾野が広がっており、アーカル周辺はそれで大きく発展した。そのため、遠雷に似た戦闘の音も少しずつ激しさを増して聞こえてくる。


「そろそろだ、準備しておけ」

「了解」


 助手席の軍曹から声が掛かる。リンダは思わず声を上げた。周囲の荒くれ者から失笑が漏れる。嘲るというより、程よく気持ちをほぐしてもらったと言った風情だ。先程の兎亜人の傭兵が手帳に挟んでいた四つ折りの地図を広げた。


「俺達は南の道から市街地に突入する。目標は市庁舎の奪還だ。旗は各隊に持たせてある」

「あぁ、こいつだな」

「戦車と戦闘機の援護があるとはいえ、敵味方合わせて連隊から師団に匹敵する規模の軍がやり合ってる都市に、裏をかいて二個小隊規模で殴り込むんだ。命知らずな作戦だが、生き残ろう」

「そうだな。あんたの名前は?」


 カーンが兎亜人に名を尋ねると、少しばつが悪そうな顔をしてみせた。横目で仲間に助けを求めるも、肘で軽く小突かれて返されるだけだった。


「あー、都合が悪いなら……」

「ダルトン。ダルトン・リカンパだ」

「リカンパって……」

「あぁ、今作戦の指揮官は俺の姉貴だ。素行が悪くて軍から叩き出されてな」


 素行が悪く正規軍から傭兵に身を移した、それを聞いたリンダとカーンの表情が曇った。同様の人間がいた事で、火山都市ツアンカでは色々と苦労させられたからである。ダルトンはすぐにその気配を察した。


「甥っ子や姉貴から話は聞いてる。ドキャンタの野郎に苦労させられたらしいな」

「……知ってるのね」

「奴が軍にいた頃から知ってるが、まぁ……腕は良いが俺よりもヤバい奴だった。それに、品の無さに腹が立つ」


 ダルトンの言葉に、リンダとカーンは小さく含み笑いをしてみせた。ドキャンタの下卑たしたり顔は、確かに人の神経を逆撫でする何かがあったからだ。サイクスは指揮官としての腕は評価していたが、それをもって余りある減点が、末路を招いたとも言える。


「ダルトンさんは、何をしたの……?」

「俺か。上官をぶん殴った。姉貴の顔もあるからと、不名誉除隊。で、その時に殴った相手がドキャンタだ」


 二人は目を丸くした。横にいたティットルが「あっ」と軽く声を上げる。


「笑える話だろ。ドキャンタの野郎はそれまでに色々とやらかしててな、間を置かずして俺と同じ沙汰が下りた。まさに手前の撒いた種だったってオチだ」


 くぐもった笑い声がそこら中から聞こえてきた。ダルトンの定番の笑い話らしい。リンダとティットルはきょとんとするばかりで、カーンは苦笑いを返すしかなかった。言葉の通じないネジムは腕を組んで寝入っている。ふと、フロントガラスから見えるアーカルの市街地が、より鮮明になっている事に気付いた。


「生きて戻ったら、また何か聞かせてやるさ」

「そうね、期待しておくわ」


 これから死地に赴くという時に、生きて戻った後の話をするというのは、死の確率を高めると言われているが、実際には結果論である。重低音が頭上を突き抜け、遅れて乾いた連続音、トラックの揺れとは異なる振動が続いた。市街地南側への奇襲である。飛び回っている見張りも、機関銃を備えた監視塔も、ボーヴァン率いる戦闘機隊によって沈黙させられる。彼らの駆る戦闘機、ルンビーカ200『ロンディネ』は〇・八オビュア(約一・二センチ)機銃を二挺備えており、まさしく先刻の驟雨のように敵を蹴散らすのだ。


「まだ機銃座や見張りの雑魚だ。少し重いが、必殺の一撃は取っておけ」

『了解。対空機銃が増えてきました』

「分かってる。高射砲には近づくなよ」


 ボーヴァンは両翼に備えた投下爆弾と、その脇に並んだ片側四発のロケット弾を温存していた。まだ、敵の主力となる航空隊は戻ってきていない。出来ればそれまでにアーカル市庁舎と周囲の敵に叩き込んでおきたかった。ここから先は、完全に時間との勝負である。戦車隊が市街地に突入した。


「大通りを突っ切る。上から援護しろ」

『了解』


 ボーヴァン機が高度を落とし、アーカルを南北に走る大通りに狙いを定めた。まだ浮足立っている敵のバリケードが点在している。有刺鉄線と対戦車障害物は多くなく、配備された兵の数からしても、主力は北部と北東部の前線に向けられている事が容易に見て取れた。


『この先は中央広場です、恐らくは砲兵陣地が展開れているかと』

「だろうな。市庁舎を落とすのが俺達の仕事だ。仲間には悪いが、もう少し囮になってもらう」


 監視塔とバリケードに置かれた敵を、空からの機銃掃射でなぎ倒す。幾筋もの土煙が噴き上がり、時としてそれは赤を含んでいた。わずかに配備されていた対戦車砲も対空機銃も、ボーヴァンの卓越した操縦と正確な射撃の前に沈黙させられていった。


『少佐、敵の後方を叩いた方が、友軍が前線を押してくれるのでは』

「分かってる。だが、この作戦で必要なのは英雄の戦果だ」


 僚機の意見はもっともだった。どちらかが持ってきた爆弾の半分でも砲兵陣地に投げ込み、敵を混乱させる事が出来れば、北東部と北部から迫る本隊の助けになる。しかし、ボーヴァンはそれを却下した。この戦いで必要なのは英雄であり、そのためならばある程度の犠牲もやむなしというのがカリエの結論だったからだ。


「分かってるよ、その英雄ってのが、あのお嬢ちゃんなんだからな。やり切れねえよ」


 ボーヴァン機が大通りを斜めに横切る道に入った。切り立った崖のようなビルの織り成す壁が、狭くなったように感じる。この先に、市庁舎や警察署、裁判所などが立ち並ぶ行政区がある。


「……何の冗談だ? 市庁舎の周りに大隊規模の兵がひしめいてる」


 奇襲が読まれたのか、あるいは元より想定以上の兵を動員していたのか、ボーヴァンは舌打ちすると、もう少し取っておく予定だった『必殺の一撃』の引き金に指を掛けた。


「数が多い、ロケット弾で蹴散らすぞ。ついでに、市庁舎の様子も確認する」

『了解』


 必要なのは二発ずつの投下爆弾であり、ロケット弾は必要ならば使用が許可されていた。二機のルンビーカ200の両翼から二発ずつ、計四発のロケット弾が白い筋を引いて空を裂いた。流石に、生身の人間相手に使っていい代物ではないため、機銃座や対戦車砲の類を狙って発射する。低空から浅い射角で撃ち込んだボーヴァン機の二発と、それより高くから深い射角で撃ち込んだ僚機の二発とで、市庁舎前のロータリーや駐車場は爆炎と煙に包まれた。


『着弾、敵の動きが慌ただしくなっています』

「それは分かってる。市庁舎の様子はどうだ?」

『煙がかなり立ち昇ってて……確認出来ました』


 僚機からの無傷です、という通信を受け、ボーヴァンはやはりな、と顔をしかめた。


「一度パスして再度攻撃、今度は爆弾も落とす。お前からやれ」

『了解』


 ボーヴァンは市庁舎を眼下に飛び越し、追いすがる機銃の火線も難なく振り切ると、港に目をやった。黒々とした軍艦のシルエットはなく、どれもこれも沖合に退避あるいは砲戦の用意をしている。事前の情報では駆逐艦と重軽の巡洋艦、それと旗艦の空母がいる事になっている。ニプモスから海軍を回しても、駆逐艦とフリゲート艦数隻で敵う相手ではなかった。それでも、カリエには勝算があるようだったし、これ以上の持久戦を続けるには限界がある。


「ここで、奴らにお帰り願う他ないって事だよな……」


 無線に拾われないような声で、ボーヴァンはそっと呟いた。北部と北東部から攻め寄せる友軍がすべて犠牲になったとしても、ここで敵を止めなくてはならない。わずかな時間で物思いに耽ると、機首を返して再び市庁舎に飛び込むように降下した。


『少佐、先程の攻撃で分かりました。連中、市庁舎に魔力による障壁を展開しています』

「だろうな。持ってきた爆弾は全部ぶつけてやれ」

『市庁舎にですか?』

「他にどこに落とすんだ。確かにあの市庁舎は何百年と歴史があるが、大事なのは今だ。国が残るかの瀬戸際なんだ。後で建て直せばいい」

『了解、投下します』


 アーカルの市庁舎は、大陸暦一〇〇〇年を記念して建てられた、由緒ある建物だった。しかし、今のボーヴァンにとっては過去より今である。二機の両翼から投下された爆弾は、市庁舎の各所に着弾し、青白い閃光と共に轟音で空を割り、地響きに近い衝撃で街を打ち据えた。

アーカル市庁舎

大陸暦一〇〇〇年、ならびに市政三〇〇周年を記念して建てられた、キュリール国内でも五指に入る古い建築物。

西の海の玄関口である事もあって、ヤノミ大陸やレンストラ大陸から様々な資材を輸入し、著名な建築家や彫刻家を動員していた。

その出来栄えは当時のキュリール国内で最も高価な建築物とまで称され、王都ジョーギンから国王が直々に見物に来るほどであった。

この時に用いられた建築技術は、後のキュリール王国発展の礎となり、時代の節目となる存在と見られている。

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