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第六十二話『別れと出会い』

 大陸暦一三五八年、九月一日――

 十三の刻限を回り、重苦しい空気から解放されたリンダは、大きく肩で息をした。柄にもなく野太い声で唸る様に、誰もが八人目がいるのかとさえ思ったほどだった。現状、ルビィ隊はプッカ基地では員数外のため、命令あるまで待機という体で、司令部の片隅の応接間に通されていた。


「しかし、あの婆さんも思った以上に目茶苦茶な作戦を立ててくれたもんだな」

「全くだよ、でも、言われてみればそうなんだよね」


 カーンのぼやきに同意しながらも、エリックは自分達の立場を振り返っていた。含みのある言い方に、ティットルが首を傾げた。


「そう、とは?」

「カリエさんが僕達にこんな作戦を申し付けた経緯さ。僕達には、自分達で思っている以上の実績がある」

「実績ですか……僕は皆さんが地の四天王を退ける前に何があったのか、ミュルコ・モース様より伺っています」


 エリックの実績という言葉に、ヴァイスが反応を示した。また、弟が風の竜王の名を出した事でソキュラが眉間に皺を寄せる。ニプモス襲撃の夜の事を思い出しているのだろう。


「私が君達について知っているのは、ニプモスで父を討った事と妖精の森でヴァイスを仲間に加えた事、ヌンカル火山で火の四天王ゲハロークを倒し、マニティ山地の地下水脈で私達を相手に戦った事だが、少し情報を整頓した方がいいな。そもそも、カリエ殿とはどこで知り合った?」

「私も気になるな。言われてみれば、あなた達とカリエ殿に接点が見当たらない。精々、あのニールの教え子というくらいだ」

「あぁ、カリエの婆さんと最初に知り合ったのは俺とリンダだ」


 カーンが目配せすると、椅子に体を預けたリンダはそうですとばかりに手を振った。半日とはいえ、かしこまった場での立ち話はかなり堪えたらしい。その仕草は気だるさに溢れていた。また、ティットルがニールの名を口にした時の語意はかなり強かったのか、その瞬間はソキュラでさえ身じろぎしていた。


「サイクスの正体に関して、エリックがニール先生に相談すると言って、ニプモスを訪れた。その際、先生の住まいの下の階が喫茶店だったんで、暇つぶしをしている所にカリエの婆さんと出会ったんだ。精霊魔術師と名乗ってな」


 カーンからすれば、ニールよりカリエの方が胡散臭く見えていた。それでいて実力が確かなので、なおさら正体が掴めなかった。この時、リンダが良い気分で無かった事は触れなかった。言う必要が無かったという方が正しい。


「奇妙な偶然とは重なるものだな……」


 ソキュラが呑気な言葉を返すも、直後に真剣な面持ちになった。こちらに迫る足音を察知したのだ。一同の目の色が変わる。足音が止まり、扉が開け放たれた。軍の伝令だった。重苦しさをまとった沈黙が辺りを包む。


「ルビィ隊、隊長でも副長でもいいので同行せよ」

「はっ……」

「私でもいいなら、私が行きます。お兄ちゃんはもっと大事な指示を待ってて」

「わ、分かった」


 エリックよりも早く立ち上がったリンダが、兄を手で制すると伝令に付き従った。伝令に付き従い、司令部の建物の外に出た。練兵場の横を抜け、やって来たのは畜舎の事務所だった。


「ルビィ隊の者を連れてまいりました」


 入れ、という返事を受けると、リンダは伝令に続いて事務所に入った。担当らしき若い将校の傍らには、いかにも農夫か牧場主といった風情の、親子が立っていた。状況の飲み込めなかったリンダだが、少しの間を置いて何かを察したように目を見開いた。


「ルビィ隊副長リンダ・ルビィです」

「うむ。君の隊で荷役用として登録されているニダモアについて、こちらの方が話があると」


 将校から紹介され、小太りの父親が軽く会釈した。


「ここらで農家やってる、エンリコ・ディンガーというもんだ。あんた方が連れているニダモアなんだが、逃げ出したウチのじゃないかと思って、確認させて貰えないかと相談に来たんだよ」

「……分かりました、軍の方も同行願えますか?」

「あぁ、それに関しては私が立ち会おう」


 リンダは半ば忘れていたようなものだったが、ルビィ隊が連れているフィズは元々、ニプモスからグリンクパースへの道中で見つけたニダモアである。荷役にちょうど良いからと保護も兼ねて使い、ここまで来たのだった。

 事務所を出て畜舎に向かう最中、リンダはこのエンリコと名乗る農夫が本当にフィズの本来の持ち主かを疑っていた。この時世、難癖を付けて相手の持ち物を掠め取るような人間がいないとも限らないからだ。足が悪いのか、半歩遅れてついてくる息子も、一芝居打つための所作ではないかとも思われた。だが、彼女の疑念は畜舎に入って程なくして融解した。フィズが一行の姿を確認すると、リンダではなく父子の方に反応を示したからだ。


「おぉ、やはりウチのだ」

「そのようですね」


 担当の将校もフィズの様子を見て納得する。ニダモアは犬のように従順とされる鳥で、飼い主をよく覚えているのだ。本来の持ち主たる農夫に顔を寄せて少し経ってから、今度はリンダに顔を向けた。一時的とはいえ、主人だったリンダの事も忘れていない。懐いた馬のように頭を下げたフィズを、リンダは優しく撫でてやった。


「良かったね、あなたのご主人が見つかって」


 喉を鳴らすフィズを横目に、リンダは農夫の父子に向き直った。


「お借りしていたとはいえ、この子を何度か危険な目に遭わせていました、ごめんなさい」

「いや、あんた達が連れているのをたまたま見かけて驚いたよ。ウチにいた他のニダモアは、ほとんどが死んじまってなぁ……ほら、シャフ、お前も」

「ありがとうございます、こいつ……ブドロクは俺の足代わりみたいなもので」


 シャフと呼ばれた息子の方は、本当に足が悪いようだった。杖を付くほどではないが、常人と比べて歩くのが遅く、まっすぐ立つ事も支障をきたしていた。


「俺も足がこんなじゃなければ、君のように義勇兵にでもなれたんだけどな」


 リンダは返す言葉がなかった。こういう時、下手な気休めや励ましは逆効果になる事を知っているためだ。一瞬、フィズと呼んでいたブドロクの目を見る。相変わらず、自分にも懐いた光が宿っていた。


「……この子があなたの足代わりになるのなら、あなたは足を取り戻したのよね。義勇兵と言っても、私なんて副長だけどほとんど食堂の下働きだったし、隊長のお兄ちゃんも裏方で怪我人のお世話よ。あなたはあなたの足で、出来る事をするのがいいんじゃないかな」


 シャフは呆気に取られたような顔でリンダを見やると、険のある表情をいささか柔和にした。


「……そうだな、ありがとう」

「それでは、我々は帰るとするよ。また野菜を持ってくからな」


 エンリコはシャフの顔を見ては上機嫌になり、ブドロクを連れて帰って行った。突然となったフィズとの別れではあったが、不思議と悲しさは無かった。


「では、ルビィ隊が所有していたニダモアは、個人所有の逃亡個体を保護し借用、返還により放棄という形を取らせてもらう」

「分かりました。必要な手続きは」

「私の方で片付けておく。君は先程の部屋に戻り、次の指示を待て」


 実に唐突で、無機質で、呆気なく過ぎ去った仲間との別れも程々に、リンダは指定された部屋に戻って待機する事となった。



「リンダ、大丈夫だったか?」

「大丈夫って、何が」

「いや、ツアンカの時みたいな事にはならなかったか、と……」

「それなら大丈夫。あと、皆に報告があるわ」


 思い出したように心配を口にするエリックを軽くいなすと、リンダはフィズとの別れを一行に告げた。カーンはそういえば、と言った顔をしていた辺り、逃げ出していた個体を保護していた事さえ忘れていた。それほど、一行とフィズの過ごした道程には様々な冒険があった。


「今後は、荷物は基本的に基地に置いて動く事になりそうね。また配置換えとかがなければだけど……」

「配置換えはないけど、遠出はして貰うよ」


 割って入った声に、リンダは思わず悲鳴に近い声を上げた。音もなく扉を抜けたカリエが真横に立っていたからだった。蛙でも踏んだような顔になったリンダの狼狽えぶりを見て、からからと笑う。悪戯好きの子供の心を残した老婆の顔だった。


「お婆ちゃん、どうやって!?」

「精霊魔術の一種さ。以前にあんたを呼び止めたロア、この子には音を操る性質があるからね。増幅も出来るし、消音も出来る」

「して、リカンパ特別顧問。どのようなご用で」


 サイクスに問われ、カリエが真剣な面持ちになった。呼び方一つで立場が変わり、用いる顔も変わるのだ。昔の記憶を抜きにして、サイクスはそれを知っているのだ。


「要件は二つ。一つはアーカル奪還作戦のより細かい説明。もう一つは、作戦に加わる義勇兵が増えたって報告」

「えっ?」


 エリックが抜けたような返事をしているうちに、たちまち四人の義勇兵が入って来た。その隊長を務める男は、一行のよく知る顔だった。


「ニール先生? こんな所で何してるんです?」

「やだなぁエリック君、リカンパ特別顧問殿にご紹介頂いた、追加の義勇兵だよ」


 飄々とした物言いに、カリエの表情が曇った。ティットルの視線が鋭くなる。しかし、言葉とは裏腹にニールの顔には幾らかの苦労が見て取れた。単純に、ニプモスの住まいの後片付けやジョーギンでの激務ではない。今回の戦が巻き起こした面倒を、少なくない数だけ引き受けさせられていた顔だった。


「僕の隊を紹介しよう。ギムココ諸島からの出稼ぎで、副長を務めるダジラ・ゴーザロッソ君、同じくネジム・オーヴァン君、そして出自は不明だが腕の立つイェリア・ソミス君だ」


 ニールが連れていた大男達は、南洋で鍛え上げられた逞しい肉体を、日に焼けた赤銅色の肌で覆ったような姿だった。ダジラは右肩、ネジムは左の二の腕に大きな刺青が目立つ。どちらも肘まで届くほどの立派なものであり、大海蛇や珊瑚をあしらっている。命に関わる仕事に従事する者は、不測の事態に備えて個人が識別出来るようにと、刺青を施すという。恐らくこの二人は海に関わる仕事が本業だと、誰もが察していた。


「ニール先生から紹介に預かった、ダジラだ。こっちのネジムはこの国の言葉が話せんのでな。まぁ、よろしく頼む」


 ダジラが軽く手を上げると、ネジムも少し遅れて同じ仕草をしてみせた。それを見て、ソキュラが悪戯っぽい視線を横目でヴァイスに送った。歳の離れた弟もそれを察したようだった。


『よろしくお願いします、ダジラさんにネジムさん』


 一同が目を丸くする。ギムココ諸島の言葉はエリックやニールでも実用レベルには至っていなかったからだ。


『お前、オラ達の言葉分かるのか』

『えぇ、水竜ですから、近辺の海にいる者の言葉は分かります』


 ネジムの顔に幾らかの和やかさが宿る。やはり、言葉の通じない異国の地は堪えたのだろう。どこか、安心感に満ちた表情であった。


「そして……一番気になるのは貴女なのだが……」


 サイクスがイェリアと呼ばれた女に顔を向けた。目深に被ったフードの下で、妙に艶のある口許が妖しい笑みを浮かべている。


「流石にこのままというのも失礼ね」


 イェリアが口を開いた途端、サイクスの脳裏に幾つもの記憶が、まるで流星群のように過った。聞き覚えのある声、自分はこの女を知っているという感覚、明文化こそ出来ないものの、確かな記憶が存在している。フードを脱いだ彼女の顔を見て、サイクスの思考はぱたりと止まった。

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