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第六十一話『赴任先にて』

 大陸暦一三五八年、九月一日――

 ルビィ隊がプッカ西方司令部に現れたのは、予定を一日超過しての事だった。出頭するなり憲兵に捕まり、諸々を飛ばして司令室に通されたのだ。


「エリック・ルビィ以下六名……七名? まぁ、それは後で聞くとして、遅れた理由を聞かせてもらおうか。義勇兵とはいえ、脱走などという噂が流れると、全体の士気に関わるのでな」


 司令官のマーカス・リーミン少将はツアンカ司令部のブンデラー准将とは異なり、髭のないさっぱりとした顔立ちだった。髭どころか頭までさっぱりとしていたのだが、それは誰も口にはせず、既に多くの苦労に見舞われた事で刻まれた皺と、窪んだ目元が放つ威圧感に気圧されていた。


「マニティから列車か車を使う予定でしたが、予想以上に人と物資の輸送量が多く、乗れなかったために徒歩で向かいました。道中、水竜王ソキュラの手の者と交戦しこれを撃退、次の駅で列車を掴まえましたが、司令部到着が遅くなったため、事務方に書状を渡して朝一番に参りました」

「ブンデラー准将からの書状は読ませて貰った。もっとも、リカンパ少佐からの物に近かったがな」


 リーミンはエリックの説明に応じると、席の傍らに立つ兎亜人に視線を送った。毛並みこそ整えてあるが、曲がった腰と杖を欠かせない出で立ちには見覚えがあった。


「まぁ、元々ツアンカの連中にこの子達を紹介していたのは私だしね。皆、色々と揉まれたってのがよく分かるよ」


 カリエだった。以前に見た奇抜な魔術師服ではなく、キュリール王国陸軍の将校制服に身を包んでいる。肩や胸に階級章はなく、代わりに特別顧問を示す意匠が施されていた。相変わらずの明朗さではあったが、幾分かの気苦労が顔に出ている。


「ふむ、そこは追々話すとして……遅れた理由にあった水竜との遭遇だが、名簿にない七人目が捕虜と見てよいか?」

「えぇ、捕虜と言えば捕虜になりましょう」


 リーミンの視線の先にいたソキュラが、身じろぎせずに答えた。先代がニプモスで暴れた話は西方にも届いているため、軍民問わず水竜に対する印象は悪い。ヴァイス共々、鋭い眼光に曝された。


「紹介が遅れました。私はつい先日、水の竜王ソキュラを継承した者で、旧名はルミチャス。この度は、水竜の王としてキュリール王国への降伏をお伝えに参りました」


 ひどくさっぱりとした物言いに、リーミンは一瞬目を丸くしながらも、すぐさま警戒の色を強めた。刺すような視線は鋭さを増している。サイクスは横目でソキュラを見た。涼しい顔の皮一枚の下に、想像を絶する緊張が張り詰めているのが見て取れる。サイクスの不完全な記憶の奥底にも、似たような経験がある。白日の下にて執り行われた裁判の記憶が、不確かながら残っているのだ。


「水竜は魔王が倒され、建国後も人間を敵視し続けた。七百余年の憎しみを、そう簡単に捨てられるとは思えんが……」


 リーミンの視線が帯びる鋭さは変わらず、ソキュラに突き刺さらんばかりであった。


「そう思われるのも無理はありませんね。手土産というわけではありませんが、こちらを」


 柔和な声色を崩さないソキュラは、懐から握り拳大の二枚貝を取り出し、机に置いた。淡い藤色に光る砂粒のような煌めきが散りばめられた、見ようによっては美しいとも可愛らしいとも取れる見た目だった。


「これは何かね……」

「待った」


 手を伸ばそうとしたリーミンを制止したカリエの眉間に皺が寄る。プリズムのような輝きが魔力によるものである事は早々に見抜かれた。


「そんな術式を掛けておくような物なのかい」

「……えぇ」


 吊られるように、ソキュラの表情が険しくなる。二枚貝に掛けられた術式が一つでない事を見抜かれた事に対する返事でもあり、それだけの物が入っている事を意味していた。


「防毒の術式は分かったが、もう一つ……そうか、魔封じか」


 エリックがぽんと手を叩く。サイクスとソキュラは黙って頷くと、改めて二枚貝を開いた。中に入っていたのは、三切れほどの肉片だった。防腐の効果もある防毒の術式が掛けてあっただけに、傷みなどによる臭いはない。むしろ、未だに血生臭さを思い出すほどだった。


「これは何かね」

「この度の王位継承の争いにて斃れた者達の肉の一部です」


 ソキュラの言葉に、リーミンはますます顔をしかめた。だが、カリエは違う意味合いで険しくなった。


「閣下、これはただの肉片ではありません」

「流石はリカンパ家当主、これは……反魂の術式を受けた者の肉です」


 反魂の術式、その言葉に司令室が水を打ったように静まり返った。突然の重い沈黙に、状況の掴めないリーミンは説明を求めようにも、誰に尋ねてよいか分からなくなるほどだった。


「待ってくれ、今の時代で反魂の術式など、魔王の配下くらいしか使えないほどでは無かったか。火の四天王はヌンカル火山で倒し、土と水の四天王はあれきり姿を見せていない」


 サイクスが質問した事で、リーミンはソキュラの言う反魂の術式が、想像以上に大それた業であると認識した。理解したわけではないが、少なくとも現代の人間に扱える魔術でない事は把握したようだった。


「術式陣によるトリガー起動は見た事があるだろう」

「もしかして、カーンが未来から来た時のやつかな。確か、サイクスの石棺が開くのが条件じゃなかったっけ」


 口を挟んだリンダに、ソキュラが驚き半分に頷く。魔術に関して彼女に正解を言われるとは思っていなかった節があるようだった。


「術式陣に関しては、リカンパ特別顧問より聞かされた事がある。して、その反魂で蘇らされた者は、いつ如何にして術式陣を施されたのだ?」

「水竜の王族は古くから魔王ルハーラの傘下にありました。その忠義を示すため、死してなお敵を排する戦士となるべく、齢三十を数える頃に、これでもって刺青のように刻み込まれるのです」


 話の飲み込みが早い、ソキュラはリーミンを内心に評価すると、二枚貝と同様に魔封じの術式陣が書かれたラベルを巻かれた、手の平サイズの小瓶を机に置いた。銀色の液体のようなものが揺れている。魔封じを擦り抜けるように、滲み出るように魔力が感じられる。冷気にも似た不気味さを帯びていた。


「それは……『流れる銀』か。二度と見たくないと思っていたがな」

「魔晶流体をそう呼ぶのは、魔法文明時代の後期以前だね。まぁ、そのへんの話は追々として……こいつで刺青のように術式陣を彫り込むと言ったね。あんたの体にもあるのかい?」


 カリエはサイクスの反応にある程度の関心を示しつつも、話の脱線を防ぐように流れを戻した。彼女の視線を受け、ソキュラは外套の襟元を少し弛めて見せた。うっすらと鈍い銀色の紋様のようなものが、人間でいう鎖骨の下辺りに彫り込まれている。


「私はこの位置に術式陣を彫り込まれました。しかし、術式陣は魔法文明時代の当時では画期的なシステムでしたが、今から見ればひどく不安定な代物です」


 ソキュラは自身に彫り込まれた術式陣を撫でながら答えた。


「先の彼らとの戦いにて、死をトリガーに術式陣が正常に機能したのは、弟のピコーダだけでした。最初に見せた肉片がそれですね。兄シェパーナと妹ラニャのものは起動しませんでした。この刻まれたものと、焼き焦がされたものです」

「不安定な代物……術式陣とやらが刻まれた箇所に傷が入れば、使い物にならなくなるという事か」


 リーミンの言葉に、ソキュラは好意的な笑みで返した。シェパーナはピコーダと揉み合った際に、反魂で復活したピコーダに体を斬り刻まれ、ラニャはリンダとの戦いの末に炸裂火で左の肩口を吹き飛ばされた。


「私は水竜の王として、もはや肉体と魂を魔王の配下に委ねる気はありません。水竜の未来のため、人間と手を結ぶ事を選んだ次第です」


 魔王との決別をはっきりと口にし、自身の術式陣に爪を立てたソキュラに、誰もが表情を固くした。特に、リーミンは未だに疑念の様相を崩さない。


「君の言い分は分かった。して、我々には君達と組む事で如何なるメリットがあるのかね?」


 尤もな言葉が返ってきた。今までの発言はどちらかと言うと水竜側の事情であり、人間側の水竜と和解する利点に不透明な部分があるのは事実だった。無論、東海岸側の警戒を緩める事が出来る可能性は考慮されている。


「そうですね。我々が人間に敵さない事をよく思わぬマンスィスや先代派の残党が暴れる可能性を鑑みれば、ニプモス近辺を巡る情勢は一時的に悪化するでしょう。魔王軍も裏切り者の始末に躍起になるやもしれません。その一山を越えれば、我々もあなた方と共に魔王軍やレンストラ大陸連合軍に立ち向かう事も出来ましょう。そのための情報が、こちらにはあります」


 情報の二字に、リーミンは険しい顔ながらも眉をぴくりとさせた。


「その情報は、信じてよいものかね」

「ここで嘘をつく事は、私にとって何の利もありません」

「……気に入った、良いだろう。話してみたまえ」


 真偽を問われ、自らの利害をもって返したソキュラに対して、リーミンは態度を改めた。これで情に訴えるような言葉を返せば、助からなかったであろう。


「はい。魔王軍とレンストラ大陸軍は付かず離れずの関係で、我々水竜はカレド帝国より旧式の潜水艇や銃器の供給を受けていました。しかしニプモス襲撃に端を発した今回の一連の流れは、レンストラ軍の勇み足にこちらが慌てて呼応したものです。ゆえに兵力も充分に揃わぬまま、先王が単独同然で飛び出したのです」

「だから、俺達でも倒せたのか」


 思わずカーンが口を挟んだ。リーミンの目つきがたちまち険しくなり、慌てて口を噤む。若い竜王は一呼吸置いてから助け舟を出した。


「彼の言う通り、本来ならば私を含む五頭の水竜王族が随伴する手筈でしたが、足並み揃わぬままに先王は敗れました」


 ソキュラの説明に、一同は自分達の勝利がほとんど偶然の重なりの上に弾き出されたようなものだと思い知らされた。彼の言う五頭が、あの王位継承戦で敵対した者達であるならば、勝てる気がしなかったからである。


「その際、先王と長兄、三男が斬り込み、私と妹と弟で沿岸部の艦艇に対する陽動を行う予定でした。今でも、東側の海には先王の息が掛かった残党がいます。王位継承が行われていなかったため、まだ先王からの命を受けたままなのです」

「ふむ、では、竜王となった君が海に戻れば、ニプモス近海の包囲網はなんとか出来るのかね」

「先程お話ししたように、先王の意を強く信奉する者との小競り合いはあるでしょう。しかし、それが終われば東の海はあなた方の手に戻りますし、我々もお味方致します」

「……君は、魔王軍の戦力に関してはどれほど把握している?」

「風の四天王ワイヨールは地のヨイカフツ、レンストラ大陸軍と共にアーカルを占領し、水のイミノッキは魔王ルハーラの復活に勤しんでいます」


 ソキュラの情報に、リーミンは再び顔の皺を深くした。難しい状況はまだ続くと判断したためだ。


「まぁ、そのアーカルの現状をなんとかするために、お嬢ちゃん達を呼んだのさね。風と地の四天王を排除し、奪還の足掛かりになって貰う」


 カリエの言葉に、一同は目を丸くした。

魔晶流体

魔法文明時代までは『流れる銀』と称されていた魔力含有物質。

鉱山での採掘の際に偶発的に滲み出てくる事があり、その毒性と魔力の暴発の危険性から作業の中断を余儀なくされる。

魔晶流体が火山性の物質と反応し、安定した鉱物のように変化し、魔晶石と呼ばれる物質になる。

水銀と毒性は似ているが、進行は極端に遅い。魔法文明時代までは両者は同一視されていたが、蒸気機関文明時代になって別の物質である事が判明し、呼び分けられるようになった。

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