第五十三話『転属』
大陸暦一三五八年、八月二十八日――
火山都市ツアンカに戻った一行を待ち受けていたのは、軍による拘束からの拘留であった。時間外の許可なき外出と傭兵隊所有の車輛を持ち出した事が原因であり、ドキャンタ殺害の容疑に関しては不明瞭な状態となっていた。二十四日夜の空襲が激しく、司令部をはじめ混乱が都市全域に広がっていた事がリンダ達にとっては好都合だった。
「ふーむ……どうしたものか」
「どうした、リスピッツ」
「あぁ、リカンパか。この件、どう思う?」
司令部の食堂の片隅にて、二人の将校が額を寄せていた。ここ数日、ほとんど不眠不休だった事による疲れからか、リスピッツ少佐のアルヴィン・リカンパ少佐に対する態度はいくらか和らいでいた。力が入らないと言った方が正しい。ルビィ隊、ザリワイ姉妹、そしてアロンツォ・ゲハロークの取り調べから得られた記録と、火の竜王ツアンカの使いとして彼ら七人を火山から都市まで、文字通りひとっ飛びにして連れて来たリトックとコヨチが携えていた書状に一通り目を通した司令部は、判断に窮していた。
「アロンツォがドキャンタ隊長の殺害と、その罪をリンダ・ルビィに擦り付けようとした件か。奴が魔王の手の者であり、我々の中に潜伏していたスパイだという事は分かった」
「貴様、勘付いていたんじゃないのか?」
「否定はしない。だが、断定するには材料が足りなかった。ドキャンタの女癖の悪さに関わって、どこかでボロを出すまで泳がせていたが、思った以上の被害を出してしまっていた……」
「今まで脱走した娘達も、なんとか保障なり何なりするべきだが、俺達の仕事はそれじゃない。魔王軍を撃退して反転攻勢に出て、アーカル奪還を成し遂げねばならん」
「魔王軍……ね」
アルヴィンが言葉を摘み上げるように答えた。改めて、机に置かれたツアンカの書状に目を落とす。そこには、火竜達が今回の戦いにおいて傍観に徹していた理由が書かれていた。
「人と人との戦に竜が介入する理由はなく、人と魔王の戦となったから動いた……か」
「俺達が今まで戦ってたのは、魔王軍ではなかったと。魔王軍が水竜ソキュラの一派をそそのかしてニプモスを襲わせた事に呼応したとばかり思っていたが、逆だったとはな」
「レンストラ大陸の三国連合軍が秘密裏に動き、それに合わせて魔王軍が動いたというのがな……」
この情報を得た時は、まさしく点と点が線で結ばれた瞬間だった。ソキュラの軍勢にカレド帝国製の旧式潜航艇が横流しされていたのも、ツアンカに攻め寄せる魔王軍と思っていた相手がワーグリン王国製の最新鋭戦車を所有していたのも、すべてはレンストラ大陸側の侵攻だったのだ。
「宣戦布告はあったのか?」
「今のところ、そういった情報はない。親戚からのルートでも、聞いた事がないようだ」
はぁ、と二人は溜息をついた。リスピッツは吸い殻で底が見えなくなった灰皿にタバコを押し付ける。辺りに漂う紫煙に、アルヴィンは顔をしかめた。タバコの煙が苦手というより、積もった灰が舞い上がる方が気になるのだ。
「二人とも、ここにいたのか」
割って入った第三の声に二人は振り向きざまに直立し、挙手敬礼で応じる。ブンデラー准将だった。豊かな口髭を上下させると、少し散らかり気味の机を一瞥した。
「今後の編成について伝える事がある。机を整えておくように」
「はっ」
本来ならば会議室を用いるべきだが、先日の空襲で焼夷弾の一つが上階に直撃したため、今は食堂の片隅に間仕切りを置いて臨時の会議スペースを設けている。将兵からすれば数少ない楽しみの時間であるはずの食事の場に、嫌な仕事の代表のように扱われる会議の場が設けられている。半壊した資料室から引っ張って来た間仕切りが、せめてもの心配りだった。
「あと、営倉送りにした八名を呼んでおくように」
ブンデラーの命令に、アルヴィンとリスピッツは互いの顔を見合わせた。
半刻ほどして、ルビィ隊とメリッサ、ローザを合わせた八名が会議スペースに集められた。居並ぶ将校の顔ぶれに、誰もが緊張の面持ちを崩せなかった。
「ルビィ隊隊長エリック・ルビィ以下六名、出頭しました」
「メリッサ・ザリワイ並びにローザ・ザリワイ、出頭しました」
「うむ、そこまで緊張しなくともよい」
どこか上ずったようなエリックの声に、ブンデラーはそう返したが、相手は准将をはじめ大佐から少佐まで揃っている。視線と気迫だけで空気を張り詰めさせるだけのものがあった。加えて、彼らを火山から街まで運んだ火竜のリトックとコヨチも、正規軍の重役側に並んでいる。
「まず、君達の処分についてだが」
一歩前に出たのはアルヴィンだった。傭兵と義勇兵はドキャンタの管轄だったが、その上に彼がいた形である。
「まず、時間外の許可なき外出に関しては、この三日間の営倉入りで消化された。ドキャンタ傭兵隊所有の車輌を盗んだ件は、敵の攻撃から逃す為の移動とみなし、不問とする。ザリワイ姉妹の脱走に関しては……」
淡々と書状を読み上げるアルヴィンの口が止まった。敵前逃亡は重罪である。相当な厳罰に処されるのではないかと、緊張の糸がますます張り詰めたところで、リスピッツが片眉を吊り上げて目配せした。
「傭兵隊長カイン・E・ドキャンタの職権濫用、特に私用呼び出し等の問題行動による被害が認められた。しかし、脱走の罪そのものを帳消しにする事は出来ない。ザリワイ姉妹には、転属を言い渡す」
極刑は免れた、それだけでもリンダの顔には微かな安堵が見えていた。勿論、ここで羽目を外すわけにはいかず、それが分からぬリンダではない。未だ、緊張の糸は張り詰められたままだった。
「メリッサ、ローザ両名とも、糧秣管理並びに炊事班への転属を命ずる。義勇兵部隊解散の日まで、共に軍を後方から支えるように」
「はい、メリッサ・ザリワイ、謹んで拝命致します」
「ローザ・ザリワイ、姉メリッサに同じく」
「よし、ならば早速、二人は地下の倉庫に行くように」
メリッサとローザは共に敬礼すると、足早に食堂を出ていった。事情があるとはいえ、脱走の処分には軽過ぎる事を訝しんでいたのはカーンだった。既存の秩序が通用しにくい場所では、相応の法がある。軍規は正しくそれであり、現状においては最も遵守されるべきと思っていたからだ。
「どこか、腑に落ちないという顔だな」
カーンの心境を察したのはリスピッツだった。小柄ではあるが気迫が強く、他者を圧倒する気配を放っているが、同時に周囲の細かな変化にも敏感な節がある。
「無論、次はない。今回は特例中の特例だ」
リスピッツが口許を軽く歪める。恐らく、二人の減刑を最も強く進言したのが彼だったのだろう。ドキャンタの子飼いが姉妹の母親が経営するカフェで狼藉を働いた事は、共に居合わせたのでよく知っている。
話の本筋からいくらか逸れた所で、アルヴィンの咳払いが入った。リスピッツが一歩引き、ブンデラーが前に出る。
「何にせよ、君達の働きで火竜の一族を味方に付けた上、魔王軍の幹部一人を生け捕る事が出来た。先日の空襲で痛手は被ったが、ニプモスでの訓練が済んだ者が来てくれる。そこで一つ、提案がある」
ブンデラーが副官の大佐に指示を出すと、テーブルに地図が広げられ、手早く色分けされた駒が置かれてゆく。指し棒が示したのはアーカルだった。
「我々は現在、魔王軍の占領下にある、港湾都市アーカルの奪還を目標としている。現状の兵力では困難と言わざるを得ないが、今後はニプモスからの増援やプッカからの反攻も期待出来るとの事だ。そこで、君達だ」
一同の顔が険しくなった。軍の将官から直々の命令となれば、断るわけにもいかない。車輌盗みを有耶無耶にして貰っている以上、尚更の事だった。
「リカンパ少佐の筋から聞いたが、君達は魔王の手の者を相手に幾度か衝突していると聞く。恐らく、我々よりも場数はこなしているだろう。ゆえに、君達をアーカル奪還の為の遊撃隊として、プッカ方面に派遣したい」
提案とは言ったが、ほとんど命令に近かった。同時に、竜王ツアンカに会い、サイクスの記憶に関して情報を得るという目的を果たしている一行にとって、新たな目的地がはっきりする事に異論は無かった。
「このままこの街に留まり、正面からアーカルを奪還出来るようになるまでは時間が掛かります。引き受けましょう」
「分かった。では改めて……ルビィ隊六名はプッカ基地に赴き、アーカル奪還のための遊撃に当たれ」
「はっ、エリック・ルビィ以下六名、拝命致します」
エリックに倣い、幾らか様になった敬礼で応じた一行を一瞥し、アルヴィンが書状を取り出して寄って来た。
「この書状を見せれば、プッカ基地の司令部まで話が通るはずだ、頼んだよ」
「はっ」
アルヴィンから受け取った書状には、二つの蜜蝋が捺されていた。一つはキュリール王国軍の、もう一つは精霊の光を携えた兎の紋章、リカンパ家のものだった。
「では、プッカ基地に向けて、出発します」
ルビィ隊は再び敬礼を揃えると、食堂を後にした。向けられる視線に期待感のようなものは少なかったが、気にしてはいられなかった。
「さて、ここツアンカでの目的は達した。次に僕達がするべき事は何だ?」
廊下を歩きながら、エリックが言った。誰もが一寸口ごもる中、サイクスが答えた。
「私の記憶は戻ったが、魔王の呪いは解けていない。魔王ルハーラの復活はまだ成されていない事を考えると、四天王を倒す事が先決だろう」
「だろうな、そのためにも、今はアーカルを奪還する必要があるって事だ。俺が元の時代に帰るためにも、サイクスに協力しないわけにはいかない」
カーンも息巻くが、前にマニティの街でソキュラと交わした約束については触れなかった。
「とにかく、今の私達がやるべき事は、まずプッカに行く事。リカンパ少佐だっけ、カリエのお婆ちゃんの関係者よね。だったら話もしやすいはずよ」
「そうだな。カリエさんは以前、軍に顔が利くと言っていたが、よほどの立場なんだろうな」
リンダとエリックの言葉に、ティットルは未だにカリエがそれほどの存在であるとは信じ難かった。弁の立つ老練の精霊魔術師という程度にしか見えなかったのだ。
「どうしたんですか、ティットルさん」
「いや、なんでもない」
横を歩くソキュラに、何かを気取られたようだった。この悟られやすさも見極めの拙さも、自分の未熟さの現れだろうと思う事にした。
「リンダちゃん!」
ロビーに差し掛かった所で、よく知った声に呼び止められた。ローザがメリッサとカフェの女主人と共に立っていた。地下倉庫から上がってきた所らしかった。
「ローザちゃん」
「娘達が世話になったようだね」
「無事だったんですね」
「まあね、店も家も焼けちゃったけど、義勇兵としてなら置かせて貰えると聞いてね。三人でうまくやっていくよ」
女主人が愛嬌のある視線を寄越すと、リンダも明るい笑顔で返した。釣られるように、一行の間に束の間の穏やかな空気が流れる。
「メリッサも元気で」
「あなたもよ、ティットル」
ティットルとメリッサが握手を結ぶと、女主人がカーンの活躍を幾らか大仰に話して聞かせる。エリックはともかく、サイクスとソキュラは好意的に受け取っていた。
「リンダちゃん、またこの街に来てね」
「そうする、必ず生きて、またローザちゃんに会いに行くよ。約束する」
リンダはローザと軽く抱き合うと、再会を誓って歩き出した。外では今頃フィズが待ちくたびれている。ルビィ隊の面々はザリワイ家の女達に別れを告げると、新たな一歩を踏み出したのだった。




