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第四話『旧き時代』

 大陸暦一三五八年、七月二十一日――

 マークスの店で現場検証が行われている間、エリックは襲撃者がテーブルに広げていたという占い道具の写真を見続けていた。後からやって来たマリーが、犯人役のロックにありったけの銃弾を撃ち込んだ辺りまで進んでいた。


「店の中に弾痕はなく、回収された銃弾から見ても、全弾が直撃していたと思われます」

「それが、犯人の体の中を移動して、左手の先から出てきたという事か」


 リンダを襲った者は人型のジェリムだった。それも、人間並の知性と行動能力を備えた個体である。回収されていた銃弾には、粘液状の物質が付着している。王都ジョーギンにて然るべき機関で分析すれば、それなりの答えは出てくるだろうと思われた。


「気になるのは、犯人が言った『我が主』という言葉ですね。まるで、そのジェリムが何者かに仕えているような言い回しです」

「その上で、お嬢さんへの再犯を予告して去っていった……」


 現場検証を一通り済ませたキスウィーとロックは、現時点で把握している情報を整頓していた。その間にも、ロックは横目でリンダに心配そうな視線を送っていた。


「とは言え、すぐに次の一手を打つとは考えにくいね」

「何か、根拠でも?」


 口を挟んだマリーに、キスウィーの鋭い眼光が飛ぶ。素人に口出しをされた事への苛立ちが含まれていたが、その程度で動じる彼女ではない。


「ジェリムが物理的な攻撃に強いとは言っても、斬られたり撃たれたりした変形を修復するには時間が掛かる。ましてや、人の形をしている上に、わざわざ体の中を通して左手から弾を排出したんだ。無理をしていないはずがない」

「しかし、事件から四日も経っている。そろそろ動きがないとも限らんぞ」

「その為に、私達も村の警備に目を光らせてるのよ」


 マリーが見せたのは傭兵の登録証と、エール村との契約書であった。暫定で半月、村内の巡回警備と不審者対応、非常時の応戦までが契約内容となっている。キスウィーは訝しげな表情で目を通し、眉間の皺を深めた。若い頃から警察一筋だっただけに、契約次第で敵にも味方にもなる傭兵という存在には、煩わしさしか感じていなかった。


「……ふん、我々はしばらく、この村に滞在する。せいぜい守ってくれよ」

「任せなさい、荒事なら私達だってプロよ」


 キスウィーは顔をしかめ、舌打ち一つで踵を返すと、ロックを連れてパトカーに乗り込んだ。ロックが運転席のドアを開けて乗り込む間際、再びリンダに心配そうな視線を送った。同時に、エリックに対する疑念も忘れていなかった。


「あぁ、やっぱり警察ってのは苦手だわ。どこの国でもだいたい同じような目で見てくる」

「あの犬亜人の方、僕の事を不審がっていたね」

「そりゃあ、ジェリム野郎の意味不明な占いを知ってたんだ。魔術の類いに精通している者として、疑いの目を向けられてもおかしくないさ。しかし、あんたが事件当日に何をしてたのか、聞いてこなかったね」

「単に、気にならなかったのかもね。何かあったら聞きに来るだろう」


 パトカーを見送ったマリーとエリックが口々に言った。傭兵も考古学者も、時として警察と衝突する事もあるだけに、あまり好印象は抱いていない。


「やれやれ、やっと終わったか。みんな疲れただろう。ウィノア、昼飯の準備だ」

「分かったわ。今からだと時間もないし、簡単なものにするわ」


 疲れた顔のマークスが椅子に腰を落とす。働いてもないのに疲れるという状態は違和感があるのか、ずいぶんと堪えたようだった。

 ウィノアは大鍋に水を張り、火に掛けては小匙の塩を入れた。沸騰するまでの間に、冷蔵庫で保存していたクリームソースを別の鍋に移して温める。大鍋の水が煮立ってきたら、短く切られた筒状のパスタ、ペンネを人数分放り込んだ。


「あぁ、ペンネのクリームソースか。確かに簡単だが、こっちとしても手軽で良い」

「ウィノアさんの茹でるパスタは格別だからね。私が家で真似しても、ぜんぜん同じにならない」

「そりゃあ、ウィノアさんは料理で生計立てているんだ。お前が少し真似した所で、どうにもならないよ」


 疲れからか、重いものが腹に入らないと感じていたマークスの様子を、ウィノアは感付いていたようだった。五人で囲む遅い昼食のテーブルには、本来この店に流れていた、和やかな空気が戻りつつあった。

 しかし、ゆったりとした時間は決して長くは続かない。それも含めていつもの流れだった。


「ただいま! エリックが帰って来てるって本当!?」


 車のエンジン音が店の前で途切れ、ドアが勢いよく開け閉められる。大股な足音に張り上げられた声は、店で腕を振るうマークスとよく似ていた。彼の娘、シルビアだった。その豪胆な立ち振舞いは父親譲りだが、器量はどちらかと言うと母親に似ている。


「久しぶりだね、シルビア。でも、どうして僕が帰って来てるって分かったんだ?」

「さっき、ジョーギンから来たっていう刑事さんが、エリックを怪しんでたのよ。リンダちゃんが襲われた事件だっけ? その犯人に近しいんじゃないかって」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぐシルビアに、エリックは押される形で聞き入った。確かにロックの視線は疑念に満ちたものだったが、エリックにリンダを襲う理由も動機も存在しない。


「それにしても、あたしが調査に出掛けてるちょうどその間に、そんな事件があったなんてね」


 ほとんど流れるような動きで喋り、テーブルに置かれた水を呷り、バスケットのパンを手に取っては千切って口に運ぶ。控えめに言っても、女っ気というものは感じられない。その所作は、ほとんどマークスそのものであった。


「……で、シルビア。僕に何か用があるんじゃないのか?」

「そうそう。エール鉱山で遺跡が見つかったのは知ってるよね」

「あぁ、魔法文明時代のものだって話だろう?」


 エリックとシルビアのやり取りに、マークスはほころび掛けた表情を再び硬化させた。正直なところ、マークスはエリックをあまりよく思っていない。息子のリュークスが独り立ちした以上、自分の店を継ぐ者を求めている彼にとって、娘シルビアを考古学の世界に引き込んだエリックと付き合っている事は、決して面白いものではなかった。そんな父の視線を意に介しない辺り、シルビアは父親似であった。


「なんか不自然でさ、魔晶石の鉱脈の真っ只中に、石室が見つかったらしいのよ」

「鉱山として拓かれる前に、気付かずに作った可能性もある。石室の年代は?」

「おかしな事に、大陸暦六〇〇年代中ごろじゃないかって」


 会話は完全に、二人の世界だった。エール鉱山はキュリール王国が建国されるより少し前、黒き鎧の英雄の時代に拓かれた、主に魔晶石を算出する鉱山である。文明の中核を成す技術が、大陸暦八〇〇年代に魔法から蒸気機関に取って変わるまでの二〇〇年近い間、魔晶石は多大な需要があった。にも関わらず、石室を守るように鉱脈を残してある事が不自然なのだ。


「術式陣が敷かれている可能性もある。ちょっと僕も見に行っていいか?」

「お願いするわ」

「リンダ、お前も来てくれ。今回の一件、何かありそうだ」


 状況に追い付くのがやっとのリンダは、黙って数回首を縦に振った。


「悪いけど、私は近辺の警備があるから動けないわ。リンダちゃん、これを持っていきな」


 思い出したように腰を上げたマリーが、リンダに一丁の拳銃を差し出した。全体的に小ぶりで、非常に短い銃身が四本まとまった見た目は、引き金の付いた小さな箱にも見えた。中折れ式の銃身には、既に弾が装填されている。エリックとシルビアの会話中、気配を察して装填しておいたのだろう。


「安全装置はここ。弾は信号弾が三発と通常弾が一発よ。いつもの癖で入れちゃったわ」


 高熱を伴う強烈な光と炸裂音を発する信号弾ならば、この銃ほどの交戦距離ならば十分な威力を有する。最後の一発が通常弾なのは、深く考えない事にした。


「ありがとう、マリーさん。最後の一発まで使わないようにするわ」


 リンダは拳銃をしまい込むと、シルビアの手招きに応じる形で車の後部座席に乗り込んだ。

 シルビアの車はマークスのオート三輪と同じく、キュリール国内のルンビーカ社製ではあるが、父のオート三輪が旧式のモデル350であるのに対し、彼女の車は比較的新しいモデル500であった。シルビアの運転はマークス同様に荒っぽいものだが、それでも乗り心地は格段に良い。


「この時間は村の中を突っ切るより、一回外に出るわ。その方が早いし」


 シルビアの車は林道を通って海沿いの幹線道路に出た。森と丘陵地を迂回する形で敷かれた幹線道路は、エール鉱山や村の中枢施設の置かれた南西部まで伸びている。リンダ達の家やマークスの店がある東部から村内の道を通ろうとすると、どうしても道幅や交通量、歩行者等の数から速度が出せない。何より、父に似て気性の荒いところがあるシルビアにとって、幹線道路を思いっきり飛ばせる方が気持ちが良い。


「こんなに気持ち良く飛ばせるなんて、最高ね!」

「そ、そうだな。リンダは大丈夫か?」

「うん……なんとか」


 一人で舞い上がるシルビアとは裏腹に、助手席のエリックと後部座席のリンダは色々と限界に近かった。



「もう少しで、さっき食べたペンネが出てくるところだった……」

「ごめんねリンダちゃん。ちょっと調子に乗りすぎたわ」


 エール鉱山の遺跡側入り口前に車を停めると、エリックとリンダは転がるように降りてきた。特に、後部座席で振り回されたリンダの顔面は蒼白で、昼食を戻さなかったのが奇跡としか言いようがなかった。それも束の間、エリックから差し伸べられた手を取るだけで、吐き気はたちどころに消え去った。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「シルビアの運転が荒いのは、今に始まった事じゃないからな。あらかじめこれを起動させておいた」


 エリックが取り出したのは、ネックレス状に繋いだ金縁に飾られ、赤く光を放つ魔晶石だった。体調不良を治す、快癒の術式である。彼は魔法文明時代の考古学を専門としているだけに、幾らかの魔術にも精通していた。そのため、魔晶石の起動呪文と、放出された魔力を持ちいての簡単な術式行使は出来たのである。


「便利だよね、魔術って」

「そうだな。特に、魔法文明時代の中核を担った晶石魔術は、起動さえ出来れば使い手による効力の差異が少ない。多くの者が容易に扱える魔術として、世界的に広まったんだ」

「よく話してくれるよね、それ」

「まあね。しかし、より多くの者が扱える技術として発明された蒸気機関の登場によって、魔法文明時代は終わりを告げた、というのが大多数の見解だね」


 その蒸気機関文明時代も、大陸暦一二〇〇年代に発達した電気科学によって、文明の主役から退いている。旧い時代は新たな時代に塗り替えられるように、歴史の一頁となって蓄積されてゆく。


「エリック! リンダちゃん! 行くよ!」


 物思いに耽りそうになった所にシルビアの呼ぶ声が響く。エリックは二人を伴って、遺跡の奥へと足を踏み入れた。

ルンビーカ社

大陸暦一二二〇年創業、新しい技術であった化石燃料エンジンを用いた、本格的な動力機械の開発製造を手掛ける重工業企業。

一二八〇年代に入ると、技術の飛躍的な進歩に伴う軍事的需要に乗じて、より強力なエンジンの開発に乗り出すようになった。

一三〇〇年代、動力飛行機が発明されると、周辺地域から技術者を集めて新型航空機を数多く設計。

黎明期の戦闘機、ルンビーカ80『ファルコ』は、レンストラ大陸戦争の為に多く輸出された、傑作機の一つである。

その後開発されたルンビーカ200『ロンディネ』は、紙幣のデザインにも使われたほどの名機である。

戦争終結後、需要が軍から民へと移ったのを見て、乗用車を多く開発する事となる。

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