表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/82

第四十七話『火竜の棲家』

 大陸暦一三五八年、八月二十五日――

 一夜明けて、ツアンカ司令部は混沌の坩堝からは脱したものの、未だ混乱の渦中にあった。北西方向から飛来した敵機、司令部守備を任されたドキャンタの死、その副隊長アロンツォの失踪、そして焼け焦げた瓦礫の山と化した市街地。無機物と有機物が焦げる臭いがない混ぜになって、えも言えぬ不快感が延々と立ち込めていた。


「派手にやられたな」

「損害の全容は掴めておりませんが、軍だけでも半数が死傷した模様です」

「地上戦力が呼応してこなかったのが、せめてもの救いだ」


 未だ足元でくすぶる肉と脂の臭いに眉をしかめたブンデラー准将が、事態の解明を急がせる。住民の多くを王都ジョーギンに避難させていたとはいえ、軍や傭兵、義勇兵の生活に関わる仕事に就いている民間人が五〇〇〇名ほど残っていた。


「ドキャンタ傭兵隊の指揮系統の喪失による対応の遅れ、これが最も大きいな」

「はっ。しかし、隊長副隊長の両名が死亡及び行方不明という状況です」

「やはり、いち傭兵に司令部の夜番をさせるべきではありませんでしたな」


 割って入ってきた声に、ブンデラーと副官は顔を見合わせた。声の主はリスピッツ少佐だった。マチュナーとビルジーも連れている。無傷とまではいかなかったが、軽傷で済んでいた。


「戦況が幾らか落ち着いていたとはいえ、正規の将校を休ませるとはいえ、ドキャンタの奴に要を任せた事自体が、気の緩みだったのでしょう」


 リスピッツは副官、それも准将付きの大佐の視線などお構いなしに、ブンデラーに詰め寄った。彼は先日、傭兵隊の狼藉を目の当たりにしているため、尚更語気が強い。

 少し遅れて、アルヴィン・リカンパ少佐が駆け付けた。負傷こそないものの、迎撃と救難に追われて一睡もしていない。うっすらと色を落とした目元と、乱れるままに任せた体毛が、それを物語っていた。


「リカンパ、貴様がドキャンタを泳がせていたからこうなったのだぞ。奴に分不相応な立場を与える至らせた責任、無いとは言わさんぞ」


 リスピッツが今度はアルヴィンに詰め寄る。軍という組織の性質上、アルヴィンがドキャンタにある程度の裁量を与えていた事の責任は、最終的にはブンデラーにある。しかし、ここに至るまでの過程において、アルヴィンに一切の咎が無いとも言えなかった。


「リスピッツ少佐、自分は昨晩からの状況を断片的にしか聞いていません。説明願えますか」

「待て、まずは被害状況の把握と今後の展開についての相談からだ。犯人探しはその後でもいい」

「はっ」

「分かりました」


 二人の少佐の間に割って入った副官によって、ひとまずアルヴィンの首は繋がった。責任追及が先延ばしされただけでもあるが、少なくともリスピッツによる私刑同然の制裁は逃れる事が出来たのだ。


「傭兵と義勇兵からなる大隊の指揮権についても話し合わなければならん。リカンパ少佐の采配が求められる事もあるだろう」


 ブンデラーの言葉に、リスピッツはほとんど消え入るような声で応じた。顔には出さないが、ひどく憮然としている。納得など出来ようもないが、従う他なかった。混乱を極めたツアンカの市街地をよそに、北西の火山における暗闘はまだ続いていた。



 火山洞窟を進み始めてから二刻が経過した。ソキュラとティットル、水と風の竜が織り成す冷気と浄化の風で、高熱も有毒ガスもほとんどが防がれていた。それでも全身が汗ばむほどの熱気がまとわり付き、時折むせる声が誰ともなく聞こえてくる。フィズはかなり参っているようで、足取りこそ変わらぬものの、くちばしを開け舌をだらりと垂れていた。


「ここで少し休もう。みんな、ソキュラ達の側に寄って」


 エリックが小休止の号令を掛けた。身を護る範囲を狭める事で、ソキュラとティットルの負担を少しでも抑えようとしていた。出来れば変わってやりたいが、エリックは普通の人間で、竜でも魔法使いでもない。魔晶石で同じ事をやれば、手持ちの分を全て消耗しても四半刻がやっとだった。


「誰か、水をくれないか? お爺様の丸薬が一粒だけ残ってる。私とソキュラで分けようと思ってな」

「分かった、私の分をあげる」


 リンダが水筒を差し出すと、ティットルは半分に割った丸薬を飲む分に少し加えた量の水を飲んだ。彼女の水筒はここまでの強行軍で、既に空になっている。次いで、ソキュラに水筒を渡す。幼い水竜も同様にあおり、返された水筒はほとんど空になっていた。


「これで、少し休めば何とか、と言った所だ」

「それじゃあ、薬が効いてくるまで一休みね」


 努めて明るく振る舞うリンダの姿に、メリッサがそれとなく近付いて来た。空同然の水筒を指先で小突く。リンダが水筒の蓋を開けると、メリッサは自分の水筒の水を分け、静かに差し出した。


「ありがとう、ございます……」

「心配なんだってさ」


 戸惑い気味のリンダに、ローザが代弁する。メリッサの声は戻っていないが、リンダやティットルに対しては、どこか柔和な表情を見せていた。メリッサと話す時には、自然と彼女の視界に男が映らないようにもしていた。今はカーンが仰向けに寝そべるように回避し、エリックはサイクスの影に隠れている。


「ところでサイクス、あとどのくらいだ?」

「道が変わっていなければ、あと一刻もあれば充分だろう」


 カーンがサイクスに尋ねた。サイクスの記憶は断片的ではあるものの、この火山洞窟を進んだ記憶はかなり焼き付いているのか、不思議と道が分かった。覚えているというより、歩きながら思い出しているといった方が近い。あと一刻という言葉に、誰もが自然と黙り込む。何処からか聞こえる溶岩のうごめきと、この過酷な環境でも生きている小動物や虫の放つ音が、沈黙の間に流れて来た。


「待って、何か来てます」


 突如、フィズの耳羽の動きに反応したメリッサが後方に向けて小銃を構えた。ローザが姉の動きを見て付け加える。カーンが上体を起こして拳銃を構える。メリッサとは逆に、前方に向けている。前後から、足音が聞こえているのだ。


「追手が来てるのか……?」

「サイクス、追手にも魔法使いがいるという話ではないよな」

「あの傭兵隊に、そのような者は……」


 エリックとサイクスは後方に目をやった。


「待って、前からも誰か来てる」


 リンダが前方からの足音に注意する。人数は少ないが、一歩に重みがある。直感的に、人間ではないと思われた。


「挟み撃ちにされる前に、動くぞ」

「心配は御無用、お迎えに上がりました」


 カーンが前から来る者の影に銃を向ける。充満する蒸気のために、シルエットすらぼやけていたが、その向こうから先に声が掛けられたのだ。相手は三頭、火竜だった。山椒魚を思わせる扁平な頭は見ようによっては失笑を誘うが、鋭い眼光と太く短くも燐光を放つ角は、まさしく竜だった。


「話は父ツアンカより聞いております。急ぎましょう」

「後ろから来ている気配、追手ですか」

「えぇ。我々にとっても予想外でした」

「分かりました。ソキュラ、ティットル、もう少し頑張ってくれ」


 ツアンカの子を名乗った火竜の予想外という言葉に疑問を覚えつつも、エリックは状況が芳しくない事を察知し、一行を立たせた。

 それからの火山洞窟の道中は、不思議と足取りが軽くなっていた。ツアンカの同族である火竜達もまた、周囲の熱気を操る魔術で熱による負荷を和らげていたからだった。


「火の竜でも暑いんですね」

「あくまで、火の魔力を操る竜ですからね」


 エリックの問い掛けに反応したのは、ツアンカの子に付き従う、もう一回り若い竜だった。


「もう少しで、涼しい場所に出られますよ」


 火竜にとっての涼しい、がどれほどの物かは分からなかったが、それでも熱さに参っていた一行にとっては大きな心の支えとなっていた。ふと、溶岩の熱と光が遮られ、出し抜けに暗闇と冷たい風が流れ込んで来た。淀みのない清涼な空気から、この先は外に繋がっている、リンダはそう直感した。


「凄い眺めね」

「これは……キュリール島の最も北西側ですね」

「えぇ、ヌンカル火山の登山道からは立ち入り禁止のため、周辺の断崖絶壁と合わせて、ほとんどの人間が入ってきません」


 リンダの視界を埋め尽くしたのは、空と海の青と、噴火のたびに流れ出た溶岩が冷え固まった黒に芽吹く生命の緑だった。彼女の横に立ったサイクスが嘆息を漏らした。


「前に見た時より、広くなっているな……」

「サイクスが生きてた時代から数えて七百余年だ。その間にも、ヌンカル火山は三度ほど大規模な噴火を起こしているからね」

「人間の方、よくご存知で」

「考古学を生業にしていますから」


 エリックが応じ、火竜の一人が感心する。登山と火山洞窟の踏破に要したのは半日余りだったが、まるで数日か数旬ほど過ぎていたかのように感じられた。それほど、肺に流れ込む空気は甘い。ずっと気を張っていたソキュラとティットルも、背筋を伸ばすなどして楽にしている。


「さて、まだ追手は来ています、こちらへ」


 ツアンカの子が手招きする。洞窟の出口から伸びていたのは、山肌を切り崩して作った階段だった。メリッサとローザが目を白黒させる。


「どうしたの?」

「いえ、竜だから飛べるのかなと思ってたんですが……」


 姉妹の様子に気付いたティットルが振り向くと、ローザが申し訳無さそうに答えた。


「竜の中でも、飛行を得意とする者は多くない。火竜も飛べなくはないけど、歩いている方が多い」


 はあ、と分かったようなそうでないような生返事をすると、メリッサは竜達の足元を見た。ソキュラやツアンカの子らは人間とさほど変わらないが、ティットルの足は動物や鳥のような形だった。


「竜という生き物は、環境に応じて大きく姿形を変えるのです」


 殿を務める若い火竜の言葉に、姉妹は心を見透かされたように感じ、尻尾を踏まれた猫のように飛び上がった。


 火山の外周沿いに作られた石階段を降りた先には、火山洞窟への入口があった。中腹とは異なり、アーチ状に成型された岩肌には、精巧な彫刻が施されている。結晶や水晶を模した装飾はドワーフによるものとされており、マニティの街で見た建築様式を思わせる造りを想起させた。


「中へどうぞ。我が父、火の竜王ツアンカがお待ちです」

「えぇ、あなた達は……?」

「良くないものが迫っております。急いで下さい」


 ツアンカの子は一行を押し込むように火山洞窟に入らせると、従う他の火竜と共に来た道を戻っていった。先程までと異なり、高熱も有毒ガスもなく、外ほどの肌寒さもない。何らかの魔力による環境調整が行われているようだった。規則的に並んだ石柱に架けられた灯火が、一行の影を引き伸ばし、幾何学模様を描き出す。緊張の面持ちで進んだ先に待っていたのは、一際大きな体の火竜だった。

竜の飛翔

竜の飛翔は幾つかに分類されている。

一つ目は飛竜のように鳥と同様の羽ばたきによるもので、大陸では広く伝書竜が普及していた。大型の騎乗飛竜も存在する。

二つ目は風や大気に類する竜の魔力による飛行で、羽ばたきと翼からの魔力によって高い揚力と推進力を有するが、風竜自体が希少種である。

三つ目は火や熱に類する魔力による飛行で、爆発的な垂直上昇からの滑空や、上昇気流を生み出して滞空という形を取る。

魔法文明時代までは竜は鳥よりも力強く知能も高いため、空を制するためには欠かせない存在だったが、蒸気機関文明以降は大きく衰退した。

大陸暦一三〇〇年代でも伝統的に飛竜の騎乗を行う者はいるが、その用途は大きく限られている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ