第三十九話『キナ臭い戦い』
大陸暦一三五八年、八月二十日――
ツアンカ市庁舎の一室、扉に作戦司令部と書かれたプレートが下げられた部屋に、この地を守るキュリール軍の中枢たる人物が顔を並べていた。大机に広げられた地図には、市内全域と周辺の山間部や幹線道路が記されている。兵種を示す記号が入ったチップが各所に置かれた。
「昨日までの状況では、敵は歩兵部隊を主力とし、時折、火砲や航空戦力による支援を受けている状態です」
アルヴィン・リカンパ少佐が現状を説明する。火山都市ツアンカはヌンカル火山とマニティ山地に挟まれた、北東から南西に掛けて伸びた盆地に作られており、幹線道路も幅の広い片側一車線と、交通の便はあまり良いとは言えない。特に、南西の港湾都市アーカル方面への道はカーブが多い断崖沿いで、年間に少なくない事故が発生する危険地帯だった。
「現状、敵の進軍ルートはアーカル方面からの幹線道路を用いたものがメインで、高台を用いた観測点を設けた事により、防衛面では我が方が有利です」
「最近は鳴りを潜めたが、敵の航空戦力はどのようになっている? また爆撃機によって街を焼かれるのは御免被りたい」
「敵の侵攻目標がアーカルやプッカに注力されており、爆撃隊も陸軍司令部や空軍の飛行場を狙っている模様です」
「現状はなんとかなっているが、その二つが陥ちればこちらも危ない……か」
ツアンカ防衛を担うブンデラー准将が、口許に蓄えた髭をぴくりと動かす。守りは固まったが、打って出るには戦力が足りない。キュリール島西部に侵攻した魔王軍は一万とも二万とも言われており、手持ちの二個連隊規模二八〇〇名の兵力では、よほどの虚を突かない限り、突破は困難であった。大机を囲む上級将校達は異口同音に悩む声を上げるしかなかった。
プッカはアーカルより東、マニティ山地の南に広がる平野部の中規模都市で、キュリール王国西部の産業の拠点となっている。付近に軍の施設もあるため、敵からすれば重要な攻略目標である。プッカを押さえれば、王都ジョーギンが見えてくるのだ。
「奴らの注意が完全にアーカル方面に向けば、側面や背後を突く事が出来るんだがな……」
「だが、現状は敵の戦力に余裕がある。そういえば、ニプモスで人を集めているという件はどうなった?」
「先ほど速報が入りました。水竜の一派、恐らくは以前に襲撃事件を起こしたソキュラの残党に夜襲を受け、三〇〇〇の兵とフリゲート一隻を喪ったとの事です」
「戦車が一個中隊でもあれば、もう少しマシな攻勢が掛けられるンだよな……」
大隊を指揮する佐官が口々に言うも、戦力不足は如何ともし難いのが現状だった。そんな様子を、一歩下がって腕を組み、黙って聞いている者達がいた。傭兵及び義勇兵大隊を指揮するドキャンタとその副官アロンツォ、そしてアルヴィンに連れて来られたサイクスでああった。
「無い物ねだりはどんだけやっても意味がねぇ、分かってはいるんだけどな」
「押して駄目なら引いてみる……敵に深追いさせて伏兵で叩く、というのはどうなんでしょうね」
「君達が来る少し前までは、その手で上手くいってたのだよ。しかし、奴らも学んでしまってな」
ドキャンタのぼやきに相槌を打ったサイクスに、アロンツォが応じた。サイクスがこの二人と顔を合わせるのは今日が初めてだが、話に聞いていた程の警戒を要する相手ではない、というのが第一印象だった。曲がりなりにも、大隊クラスかそれに準ずる規模の集団を率いるだけの力量はある。素行不良があっても、手放せない何かを感じていた。
「しかし、リカンパ少佐が一人の義勇兵を相手に、妙な入れ込みを見せているな」
「それは自分も思います。司令部の空気によくないものが混ざっているように思えます」
退出を促す意を込めた嫌味ではない、ドキャンタの言葉をサイクスはそう解釈した。実際、大机を囲む将校が時折、サイクスに横目で怪訝な視線を送ってくる。すると、扉の向こうから駆け足の音が近付いて来た。程なくして扉が勢いよく開け放たれる。偵察中隊付の伝令将校だった。
「申し上げます! 敵がアーカル方面よりこちらに進軍中との報告を受けました!」
「敵の戦力は分かるか?」
「戦車二個小隊、種類は不明ですが、歩兵突撃支援のためと思われます!」
にわかに司令部の空気がざわついた。こちらにない戦車を、敵が保有している。キュリール王国を含む多くの国の部隊編成では、戦車小隊は三輌である。二個小隊となれば六輌編成だった。攻勢を掛けるどころではない。将校達はさらにざわついた。
しばらくして、ドキャンタは腕を組みながら、ふむ、と沈み込むように唸ると、壁に預けていた背を持ち上げた。
「リカンパ少佐殿、ちょいとこの義勇兵をお借りします」
「何をする気だ?」
「これより我が第六混成大隊、対戦車戦闘に入ります。連隊長ブンデラー准将殿、ご許可を」
ドキャンタの眼光が一直線に走る。ブンデラーとの間に立っていた将校が自然と後退った。一介の傭兵風情がと憤る気配もあったが、いの一番に対戦車戦闘を買って出たドキャンタの意思を否定する事は出来なかった。
「よろしい、やってみたまえ」
「はっ、行ってまいります」
敬礼一つを返すと、ドキャンタはアロンツォとサイクスを連れて部屋を後にした。残された多くの将校が呆気に取られる中、アルヴィンは眉間にしわを寄せてサイクスを見送るしかなかった。
一刻と経たずして、ツアンカを巡る前線が引き直された。火砲による迎撃で一輌は小破させて追い返したものの、残り五輌は平然と突き進んできた。対戦車装備を持たない歩兵は大急ぎで後退し、間に合わなかった者がバリケードと共に、くしゃくしゃに薙ぎ倒された。
「対戦車砲はどのくらい残ってる?」
「三門ですね」
「正面切って戦うのは無理だな。鎧の、お前ならどう出る?」
司令部から前線まで向かう車の中、アロンツォから報告を受けたドキャンタはサイクスに尋ねた。アーカルから進軍してくる敵戦車を待ち受けるには、幹線道路は一本道過ぎた。崖や切通しには偵察隊が配置されており、状況は定時連絡で知らされる。既にドキャンタの大隊はツアンカの郊外にまで後退しており、幹線道路を挟みこむ形で布陣している。
「ニプモスでの戦いの際、歩行戦闘車に乗った事はありますが、それより速く、より硬くなったものと捉えてよいのですね」
「随分と懐かしいもん乗ったな……まぁ、そんな所だ」
「だとすれば、視界は悪く物も聞こえないでしょう。歩兵の援護が要りますね。両者の分断が先決かと」
「まぁ、定石だな。戦車は生身の人間からすれば巨獣や怪獣だ。だが、無敵の兵器なんて物は存在しない。お前の言った目と耳の悪さ、そこを突く」
ドキャンタは地図を広げて見せた。司令部で用いられるような物と比べると、いくらか精度には欠けるが、必要な情報は手に入る。アーカルから伸びる幹線道路がツアンカ郊外に達する辺りで、切通しを堺に扇状に盆地が開けている。道路は盆地の底を、川と並ぶように走っている。
「敵を引き込んで叩くには恰好の地形だ。勿論、上の連中も分かってはいるだろう。だが、こういうのは早い者勝ちだ」
「確かに一番槍は名誉ですが、兵の命と吊り合わせなければなりませんね」
「そいつはちょっと違うな」
サイクスの言葉に、ドキャンタは軽く片眉を吊り上げて言った。
「俺達が雇われたり志願したりしてるのは、自分達を守るためじゃない。軍の勝利、国難の打破だ。金で戦ってる傭兵の割には、って思うだろう? 負けたら契約金も報酬もないからな。稼ぐためには勝つ、勝つためには戦う。戦うからには犠牲や損害はつきものだ、必要経費と思って受け入れるしかない。それが指揮官の務めだと、俺は考えてる」
「それよりも難しい事は、さらに上の者が考える。我々は兵に最善を尽くさせるため、最善を尽くす。ですね」
助手席から振り返ったアロンツォの相槌に、ドキャンタは口許を軽く歪めた。この瞬間、サイクスはある種の考えに至った。ドキャンタは性格や人格的な問題が多少なりともあれど、今この場を乗り切るための必要な素養は全て備えている。幹線道路と並走する脇道を、飛ばし過ぎないように南下しながら、前線からの無線連絡も受ける。
「敵は一輌につき歩兵一個分隊が随伴か。しかし、戦車の種類は本当なのか?」
『はい、車体中央やや右寄りの円筒型砲塔に短身砲。ワーグリン製のゼゴン一式改です』
「カレド製の潜水艇がうろついてるって話は聞いてたが、ワーグリン製の戦車か。こいつは臭うな。俺達が受け持ってる南西第十六区の対空機銃にも足止めの援護をさせろ。後退する時の煙幕は匂い玉を混ぜて多めに撒くんだ」
『了解しました』
無線機から顔を離し、ドキャンタは真剣な面持ちになった。先ほどまでの気さくな印象は見られない。真剣を通り越して険しささえ窺わせる。事実、想定していたものより悪い状況に顔をしかめていた。ワーグリン王国とカレド帝国の位置と関係はカーンから聞かされている。本来ならば牽制し合っていると思われていた二国の兵器が、キュリール島を侵略する者達に使われている。
「もしかして、状況は思った以上に複雑……という事でしょうか」
サイクスの呟くような疑問に、答える者はいなかった。
結果からして、ドキャンタ指揮下の混成大隊は攻め寄せた戦車隊のうち二輌を動く状態で鹵獲、一輌を行撃破、残る二輌は中小破で後退、後詰めに控えていた歩兵隊の突撃を正規軍に任せ、損害軽微のまま撃退させるという成功に終わった。
しかし、その代償は決して少なくなく、大隊の三割が死傷する損害を被った。死者のほとんどは義勇兵で、これは傭兵が義勇兵に貧乏くじを押し付けたというわけではなく、単純に戦闘行為に関する技量と経験の差によるものだった。兵役の経験者や他方面での熟練者はともかく、短期間の訓練だけで促成栽培された義勇兵が英雄的な活躍をするなど、ほとんどないと言ってよかった。
「……なるほどな、サイクスは今まで、あの少佐のお付きだったのか」
「すまない。許可が下りるまで話してはいけないと命じられていたのだ」
その晩、消灯前のミーティングの空気は重かった。カーンとティットルも最前線に駆り出され、敵戦車に随伴する歩兵を相手に撃ち合いとなった。脇道沿いの、壁だけになった住宅地を塹壕代わりにしていたが、戦車砲の一発で隣の家が吹き飛んだ瞬間は、生きた心地がしなかった。送られてくる負傷者は絶える事がなく、エリックとソキュラも駆けずり回っていた。
「みんな大変だったのね。こっちもケガ人が食べる物や、前線に送る簡単な物を作ってくれって言われて忙しかったわ」
厨房でも修羅場はあったようで、手指に幾つかの切り傷と、落ちて来た鍋が当たった頭に包帯を巻いていたリンダが疲れた顔で言った。
「……胴から上だけにされた義勇兵が今際の時に、私にこれを掴ませてきた。姉と妹を頼む、と」
少し間を置いて、ティットルが掴まされた物を見せる。そこまで高価とは言えないロケットで、中には家族と思われる写真が入っていた。それに写っていた人物を見て、リンダは言葉を失った。初めて中身を見たティットルと全く同じ表情であった。
死んだ義勇兵の男と並んでいたのは、メリッサとローザだった。
ゼゴン一式改戦車
レンストラ大陸のワーグリン王国が大陸暦一三四一年に制式化した、ゼゴン一式戦車の改良型。
改良点としては追加装甲による防御強化と、それに伴う重量増加に対処した新型エンジンの搭載、通信機器の更新が挙げられる。
主砲は改良がなく、基本的には据え置きだが、戦車砲に合わせた新型の榴弾が開発されたため、実質的に対兵士火力が上昇している。
レンストラ大陸戦争が終結してからも、体制の根本が替わらないカレド帝国に対する防衛戦力の強化のための改良だが、
相反する二国の兵器が、キュリール王国に対する侵略者の手に渡った経緯はよく分かっていない。




