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第三十七話『にわか雨、所により落雷』

 大陸暦一三五八年、八月十七日――

 ニプモスプラザホテルのフロント前は、地上戦の最前線となっていた。ゲルハルト率いる傭兵隊とレイアッド夫妻、リカルドをはじめ踏みとどまっていた義勇兵、合わせて約一二〇名が三倍以上の敵を食い止めていた。


「敵はマンスィスだけか? だいぶ数を減らせたと思うんだが」

「とはいえ、こちらの負傷者も出ている。楽観視は出来んよ」


 四体目の眉間を撃ち抜いたゴードンが期待感を込めてつぶやく。ゲルハルトは転がる敵の死体を眺めつつ、被弾してホテル内に担ぎ込まれる兵が少なくない事から、簡単にはいかないと確信している。

 義勇兵の用いている小銃は旧式のイヴォールハ32年式だが、敵の銃火器はさらに時代一つ飛んでいるらしく、横一列に並んで斉射してくる。弾込めに掛かる時間をカバーするため、入れ替わって次の弾を撃ってくる。


「単発式の横隊とは、いつの時代の考えなんだか」

「侮るな、どんな弾でも当たりどころが悪ければ死ぬ」

「侮ってはいないさ。むしろ、こういう状況では少し厄介だ」


 機銃掃射で倒し切れなかったマンスィスの眉間を撃ち抜いたゴードンが、倒しても倒しても湧いてくる錯覚に陥り掛けている自分に気が付いた。単発式小銃を横隊で斉射するのは、レンストラ大陸戦争を最後に主流から遠ざかった戦法だが、対抗出来る手段が乏しければ当然のように脅威となる。


「これ以上はジリ貧だな。誰か、負傷者を運べる車を引っ張ってこい」

「はっ、自分が行ってきます」


 車の運転免許を持つ傭兵数人が手を上げ、ホテルの裏口へと駆けて行った。ニプモスプラザホテルは港と直結する送迎バスの運行サービスがあり、現在は戦時下という事で兵員等の輸送用として供出されている。鍵も挿しっぱなしのため、エンジンを掛ける事は難しくない。


「マリー、負傷者を後送する。ホテルに戻って伝えてくれ。お前もそのまま同乗するんだ」

「分かったわ。この肩じゃ思ったように動けないしね」


 右肩の包帯を赤く染めたマリーが、ゴードンに促されてホテルのフロントへ向かう。戦力の減少は否めないが、このまま踏み留まるにも無理がある。後退の指示は無いが、ゲルハルト率いる傭兵部隊は、正規兵の隷下にありながらある種の独立性もあり、ある程度の裁量は認められていた。


「バスが来たぞ!」

「よし、負傷者を乗せて、司令部まで下がれ」


 ハーム王国製の二階建てバス、旧式モデルながら人気の高いデザインのサバシ26型が、唸るようなエンジン音を響かせながらフロントに駆け付ける。マンスィスからの射線に曝されないよう、ゲルハルトは機銃手に射撃を出来るだけ止めないよう命じた。


「弾は大丈夫か? このままだと銃身も焼き付くぞ」

「思った以上に敵の攻撃が激しい。機関銃二挺で済むならマシだ」


 ゴードンのスコアは七になっていた。既に二十体一組の横隊を八列は仕留めていた。それでも、死さえ厭わない、あるいは何も考えていないような射手の横隊が銃火を光らせる。噴水の石材は相次ぐ銃弾で所々が欠けており、まるで火山岩の欠片であった。


「負傷者の収容、完了しました!」

「よし、司令部まで後退しろ。こちらも撃ちながら下がる」


 バスは二階建てという事もあって、定員が四十五人とかなり余裕があった。フロント上の屋根に陣取っていた猫亜人の狙撃手が飛び移り、オープントップの二階席部分にて銃を構える。マリーも手榴弾の束を小脇に抱えていた。


「よし、キヤスキー傭兵隊は二手に分かれ、交互に後退と敵の追撃阻止を行う。ゴードンは義勇兵と共にバスに追従、後退を援護だ」

「分かった。リカルド、下がるぞ」

「分かりました」


 リカルドの反応の良さと行動の早さに、ゴードンは今更ながら違和感を覚えた。見た目四十五歳ほど、人間でいえば六十を超えていそうな老人でありながら、足腰は小柄な鳥亜人と思えないほど強靭で、一刻近い銃撃戦と迅速な後退にも息一つ切らしていない。車高とバランス、視界の都合から徐行に毛が生えた程度の速度しか出ないバスに追従し、左側面の警戒をこなす姿は、歴戦の勇士にさえ見えた。


「ここでする話ではないが、あなたは何者だ?」

「あんたの嫁さん、リンダという名前を口にしたな」

「あぁ、そうだが……何か関係が?」


 ゴードンはリカルドの口調が変化している事はさて置いた。単純に余裕がなくなっている、その程度にしか捉えていなかったのだ。


「でもって、あんた方はエール村から来た。そのリンダってのは、リンダ・ルビィか?」

「リンダを知ってるのか」

「まぁな。でもってオレ様は、グリンクパースは精霊の森、その奥に構える妖精の……」


 リカルドが言い終らないうちに、マリーの投げた手榴弾が炸裂し、右側面を突いて来たマンスィスの兵を吹き飛ばした。怯んで足が止まった者は、小銃や短機関銃で撃ち抜かれてばたばたと倒れる。


「話は後だな。敵がどこから来るか分からん」

「全くだ。ところでリカルド、あんたは飛べるのか?」

「あいにく、この姿ではそんなに得意じゃない」

「この姿?」


 左側面を突いて来る敵を警戒しながら、ゴードンが尋ねた。リカルドは口許を吊り上げると、体躯と老齢に見合わぬ脚力で大きく跳び上がった。地面に力を込めた瞬間、稲光に似た閃光が脚から放たれていた。


「妖精ども、状況知らせ!」

「港で船を沈めたのは陽動、本隊は川や水路を上って来てます」

「敵はマンスィスばかり、数百体一組が幾つか」

「一〇〇体に一頭くらい、水竜が混ざってる」

「よし、分かった。後は自分の目で見る。散会!」


 大型の二階建てバスでさえ小さく見えるほどの高さまで跳び上がったリカルド、もといミュルコ・モースの周囲に妖精達が集まってくる。下からは、発光する鳥が光の粒を振り撒いているようにしか見えない。鳥から光の粒を曳くものが離れた、ゴードンがそう認識すると同時に、鳥に見えていたものが竜であり、今しがた跳び上がったリカルドであると理解する。目にも見えない速さで降りて来たのだ。


「驚いたかい? これがオレ様の正体。司令部までの道に敵はいないが、後方から水竜付きの本隊が迫って来てる」

「なるほど、竜か。飛べるなら、上からの援護を頼んでもいいか?」

「任せとけ」


 ゴードンは薄明かりのベールを纏ったようなリカルドの姿に一瞬、驚きを隠せなかったものの、老獪な軽口によって我に返る。小銃をくいと持ち上げ援護を依頼すると、変わらぬ調子で引き受けて見せた。竜としてのリカルドが顕現する。翠色を基調としていた羽の色は萌黄色の影を落とす山吹色に染まり、鱗や甲殻を随所に浮かび上がらせたその姿に、鳥亜人の面影はどこにもなかった。


「カッコいいだろ?」

「こんな夜にはよく目立つな」

「褒め言葉と受け取っておくぜ」


 リカルドが飛び上がると、後には空気を割くように弾ける音だけが残った。同時に、ゴードンの足下に点々と、小指の先ほどの浸みが浮かぶ。いや、浮かぶのではない、降り下りている。それが雨粒と分かる頃には、地にあるもの全てを打ち鳴らし、夜の帳に雨の覆いを重ねていた。視界は大きく遮られ、鼻が自慢の犬や豚の亜人さえも敵を見失う。


「降ってきたか。連中にとっては好都合だろうな」


 雨音はにわかに激しく鳴り響き、わずかな光に照らされた地面は、打ち寄せ弾ける雨粒によって白く霞んでいる。帽子のつばから水が滴り、目も耳も鼻も塞がれたような状態で、ゴードンは唸った。二階建てバスは屋根がなく、雨ざらしになった負傷者が弱る危険性も生じた。急ごうにも急げず、かすかに聞こえる地鳴りのような音は、砲声とも遠雷とも付かなかった。


「オレ様の魔力で雲を吹き飛ばすのは……ちょっとキツいな。昔なら出来たんだろうが、年は取りたくないもんだ。それよりも、下の奴らを追ってくるのは……ゲルハルト達か。その後ろに……水竜付きのマンスィス。数は軽く三〇〇か。追い付かれたら終わるな」


 ミュルコ・モースは雨模様の空に佇み、状況を見定めていた。敵の全容が掴めていない以上、風の竜王の全力を出していいものかという迷いがあった。これは、彼のミスによるものである。竜王は水竜の動きを見誤っていた。先代ソキュラの残党は既に大牙がない事に気付き、リンダ達と行動を共にする現ソキュラを狙っていると思っていた。実際は、もっと前の段階でしかなかったのだ。そして、この瞬間も彼は、それに気付いていない。故に、敵の狙いが分からなかったのだ。


「とにかく、敵を叩いてバスを司令部に逃がすのが先決だ」


 数拍の迷いと逡巡の末、ミュルコ・モースは稲光をまとって飛び出した。眼下のゲルハルト隊の無事を見届けると、対空射撃が来ないうちに彼らを狙う者へと向かう。倍の速度で迫る水竜達を見つけたのは、それから間もなくの事だった。


「通りを堂々と突っ走ってやがる。舐めてるのか戦を知らんのか……少し教えてやろう」


 ゲルハルトの後退は非常に巧妙だった。ニプモスの街路図を完全に頭に叩き込んでいたらしく、ホテルから司令部までのルートを幾つか用意してあったのだ。そのうちの一つは、バスが通れる道を軸に、幾つかの小道や曲がり角を利用して敵の追撃を遅延させる事が出来るものだった。恐らく、マンスィス達の中には撃たれて落伍した者が後方に転がっているだろう。竜王はその手際に舌を巻くと、大きい通りに展開した敵に向けて、急角度で降下していった。


「雨はお前達だけの味方じゃないんだな!」


 マンスィスの頭上を一直線に突き抜けたミュルコ・モースから打ち下ろされたのは、幾筋もの雷だった。人間や亜人の魔術師が行使するには、術式陣や上質な魔晶石を用いなければならないほどの上位術式を、単独で飛行しながら行使する。竜王の座に就いて七百余年、竜から見ても非常に高齢ながら、未熟な水竜に率いられた魔物を相手するには十分過ぎる威力であった。


「お前が隊長か?」

「いかにも。亡き竜王ソキュラが次男、ルミチャス。よもや、風の竜王がお出ましとは……」


 ルミチャスと名乗った水竜は、細身できめの細かい、整った鱗が見ようによっては美しいとさえ見えた。しかし、体躯と同様に細く吊り上がった目は、美しさとは無縁の光を放っている。


「お前達の目的は何だ? 答えなければ、今この場でお前を殺す」

「黙秘を通して死ぬべき時ではない、いいだろう。我々の目的は、父王の亡骸の回収である」

「そうか。まだそんな段階だったか。思った以上に動きが遅いんだな」

「ほう、どういう事だ」

「ソキュラの証たる大牙は、既にこちらの手の内にあるという事だ」


 ミュルコ・モースの言葉に、ルミチャスの細い目が見開かれた。驚きつつも、冷静に次の一手を見据えている。冷静というより、冷酷という印象だった。


「ふむ……ならば、私がこれ以上の被害を出してまで前に出る必要はあるまい。だが、他の者はまだ戦っているぞ? 風の竜王よ、私の相手をしている暇はないぞ?」

「そのようだな。お前の首はもう少し預けておこう」


 少なくない損害を出しながらも、貴重な情報を得たルミチャスと、敵軍の攻撃を一つ退けたミュルコ・モース。両者はある種の取引によって同時に引いた。ソキュラの子供達は、まだ別の市街地で暴れている。竜王は稲光を納め、ゴードン達と合流するために司令部へと向かって飛んでいった。

サバシ26型

ハーム王国の古都ボートミールに本社を置く自動車メーカー、サバシモーターズ製の二階建てバス。

主に首都ジリボンをはじめ、シオンタ、ルーテ、アギラといった大都市で多く用いられており、ギムココ連邦やモノゲア共和国等にも輸出された。

新型のサバシ52型の普及に伴い、キュリール王国には払い下げという形で数百両が輸出された。

王都ジョーギンほか、ニプモスやアーカルでも運用され、元の赤を基調とした配色から、縁起の良い黒と金の配色に変更されている。

観光や路線バスとして使われ、前者は幌が開閉出来るオープントップ、後者は屋根付きとなっている。

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