第三十五話『知らせ』
大陸暦一三五八年、八月十九日――
傭兵や義勇兵には、正規軍とは別の射撃場が割り当てられる。保有している銃器の数と種類の都合上、正規軍とそれ以外で使用する弾薬が異なるため、混在するとややこしい事になるというのが主な理由だった。
傭兵や義勇兵に支給される小銃は、一昔前の物が多い。陸軍では使わなくなったため、海軍の水兵や空軍の基地警備に使われている物の部品取りに保管されていたり、警察や民間への払い下げも視野に入れた在庫品を引っ張り出してきた形だった。
「だいぶ、様になってきたわね」
「ありがとうございます」
「後は命中精度の向上だけど、こればかりは銃の性能もあるしね」
小休止中、慣れない銃器の扱いに四苦八苦しながらも、なんとか狙って撃てるレベルにまで上達したティットルに、指導に当たっていた義勇兵の女性が声を掛けた。
「元が妖精騎士なんだっけ、竜って事もあるけど、体作りが出来てるから、飲み込みが早いわ」
「そういうものでしょうか」
「あなたと一緒に来たカーンって鶏冠頭、あいつは元から慣れてるからよ。気にしないで」
ティットルは通路を挟んで隣の訓練場で、市街地戦闘を想定した訓練に入ったカーンの方を見た。義勇兵になる事が本来の目的ではないが、魔王軍と戦う事で道が開けるなら、力になった方が良い。ルビィ隊一同はそう考えていた。
「先輩もそのうち、あちらで訓練するのですか」
「メリッサでいいわ。私も一日の訓練の半分はあっち側ね」
「ではメリッサ殿、私の指導で貴女の訓練に影響は……」
「大丈夫、今は少しでも頭数を増やさないと。ほら、訓練再開よ」
ティットルの懸念を、メリッサは明るく笑い飛ばす。メリッサの緋色の長い三編みが揺れる。人間に換算すれば同じくらいの歳だが、いささか彼女の方が大人びて見えた。ティットルは訓練用の標的に向けて小銃を構える。人間や鼻の低い亜人の顔の形に最適化された銃は、鼻の高い竜にとっては使いにくい。それでも、この先の為には腕を上げるしかなかった。
食堂の厨房では、昼飯時の混雑に備えて、十刻半の小休止の時点で軽食を摂る。この生活が十日近く続けば、人は嫌でも慣れるというものだった。サンドイッチを頬張りながら、リンダは少し萎びたレタスの食感に、エール村での日々を思い返していた。
「そういえば、新入りはエール村の生まれだったな」
「そうですよ」
厨房の主とも言うべき料理長が、まだ鋭くない視線をリンダに向ける。
「エール村からなら、ニプモスで義勇兵の募集をしていたはずだ。何だってツアンカに?」
「それ、私も気になる。教えてよリンダちゃん」
料理長との間に若い娘、というよりも少女が割って入る。食堂と厨房のスタッフで最年少の十五歳、名をローザと言った。魔王軍の侵攻を受け、兄姉と共に義勇兵に志願したのだという。
「うなく言えないんだけど、色々あって島巡りしてたら、魔王軍に襲われたりもして、それでツアンカに来たところで義勇兵の募集してるって知ったから、かな」
「島巡りなぁ。しかし、お前さんの歳だと、普通に働いてるか学校に行ってるかだろう。言っちゃ悪いが、そんなに裕福にも見えんしな」
リンダはこういう時の上手い躱し方を心得ていない。料理長は訝しんで目を細めた。
「良いじゃない、別にリンダちゃんが魔王軍のスパイってわけでもないんだし」
「えっ、私そう思われてるの?」
「というか、この時勢に避難民でもなく、書状も何もなしにうろついてる人がいたら、だいたい疑われてるよ」
ローザの言葉に、リンダは微妙な表情で返すしかなかった。スパイであるはずが無いものの、言われてみれば疑われる余地はある。出自不明の異邦人に英雄を名乗る甲冑、竜を二頭も連れている集団が怪しくないはずがない。
「まぁ見た感じ、お前さんは嘘が苦手と見える。敵もスパイには使わんだろう。さて、昼飯時の準備に掛かる、今日も気合入れるぞ!」
「がんばろう!」
料理長が腰と共に声を上げると、ローザが元気よく倣ってついて行く。リンダも遅れないように食器を片付けると、腹に力を込めて拳を握りしめた。
この夜、全員が揃う時間が出来たのは、二十一の刻限に差し掛かった頃だった。昼過ぎに敵との散発的な戦闘が発生し、負傷者が多数出たためだった。エリックとソキュラは言うまでもなく、衛生兵の遅くなった夕食を準備するためにも、厨房は稼働し続けていた。
「皆、今日もお疲れ様だな。ソキュラは流石に疲れ果ててるから寝かせてきた。護衛にサイクスも付けてある。リンダ、お前は大丈夫か?」
「うん、なんとか大丈夫。それに、皆に話しておきたい事もあるし」
リンダの言葉に、エリック以下全員が彼女を見た。普段から会議や話合いの類は得意とせず、概ねの結論が出てからそれに同意する、という事が多かった為である。彼女が話したのは、昼前の小休止でローザに言われたスパイの事だった。この時勢、流れ者であり続ける事の危険性を、改めて思い知る。
「なるほどな……確かに、俺とサイクスは特に怪しまれる。ティットルはどうだった?」
「こちらではそういった話は聞いていない。少しでも早く、戦力を増やす事で頭が一杯だ」
カーンとティットルは兵士としての訓練が忙しく、また流言飛語は全体の士気に関わる。時代や技術が変わろうとも、兵の士気が低ければ勝てる戦も勝てなくなる。特に、民間人の寄せ集めである義勇兵の管理は一層に気を配らなければならない。
「それにしても、一つ気になる事がある。魔王軍に属しているのはどんな奴か、だ」
「魔物やオルウークの類ではないのか?」
「俺達がニプモスで先代ソキュラと戦った時は、マンスィスを連れていた。しかしあれは銃の扱いも未熟で、魚の亜人と違ってエラ呼吸だから、呼吸の関係で山にまでは攻めて来れない。となると、どんな奴がいるのか気になってな。ティットルの言うように、オルウークの可能性もある」
言われてみれば、魔王軍の侵攻が本格的に行われている島西部に来てから、まだ敵と遭遇していない。東部ではマンスィスやオルウーク、精霊の森の魔物と戦ってきた。しかし、カーンの言うように、火山の麓にまでマンスィスが攻めてくるとは考えにくかった。
「お兄ちゃん、何か分からない?」
「……今日の戦闘で、敵の負傷兵を捕虜として捕らえたと聞いて、手当てに立ち会った」
エリックが重苦しい表情で、ゆっくりと語り出す。その黒々とした瞳の淀みに、リンダは思わず後ずさった。カーンとティットルにも緊張が走る。
「人間だよ。事情は分からないけど、魔王に与する人間の組織がある。うめき声ばかりで何語を話しているかは分からなかった」
「外国人の可能性がある……という事か?」
カーンの問い掛けに、エリックは黙って頷いた。キュリール王国の治安や内情は比較的安定しており、近隣諸国と政治的対立を抱えているという話も聞かない。犯罪組織の類が無いわけではないが、わざわざ内戦を起こそうとする者はいない。
「可能性として挙げられるのは、カレド帝国だ。四十年前のレンストラ大陸戦争で実質的な敗戦国になって以降、外貨の獲得のために武器を売りさばいていると聞く」
「レンストラ大陸のカレド帝国……大陸暦一三五〇年代……待ってくれ、その位置関係だと、間にワーグリンが入る。その戦争では実質的な戦勝国のはずだ。睨みを効かせてるんじゃないのか?」
エリックが挙げた可能性に、カーンが疑問を呈した。リンダは既に頭が追いついておらず、ティットルも精霊の森付近が世界のような人生を送ってきたため、今ひとつピンときていない。カーンはペン状の端末を起動させた。いつ見ても、中空に映像が浮かび上がり、それに接触して情報を引き出す事の出来るこの装置は、他の面々から見れば不可思議としか言いようがない。
「こいつは大陸暦一三五〇年の世界地図なんだが、これがメーシア大陸でこっちがヤノミ大陸。キュリール島はここだな」
カーンはリンダ達にとっての未来を見せないよう、慎重に年代と情報を選びながら地図を見せる。努めて平静を装っているが、どこで口を滑らせるか分からないという不安は、常に付きまとっていた。カーンが端末をあまり使わないのは、バッテリーの問題というよりも、この不安によるものが大きい。
「レンストラ大陸はメーシア大陸の北西、ヤノミ大陸の真北にある。キュリール島から見れば北北西だな。で、カレド帝国はそのレンストラ大陸の北部に位置する中規模の帝国だ。その南にはワーグリン王国がある。カレドと同等の軍事力を有する国だから、何か動きがあれば察知するはずだ」
カーンの説明に、リンダは分かったような分からなかったような表情を返す。少なくとも、わざわざ武器はともかく人を送り込んで事を起こすには遠過ぎるという事と、隣国に見つかる可能性が高いという事だけは理解出来たようだった。
「うーん……でも、今の段階だと何も分からないし、変に決め付けて動くのも危ないと思うんだよね」
「それもそうだな。ましてや、俺達は下っ端として動いてる。下手な勘繰りは避けた方が……ティットル、どうした?」
リンダの言葉に一理ありとしたカーンが、ティットルの視線が余所に向いている事に気付いた。窓の外、階下に向けられている。
「あれは……メリッサ? となりの女の子と、兵士は一体……」
「んー、あの隣の子、ローザに似てる……?」
ティットルの後ろから、同じように窓の外を覗き込んだリンダが言った。兵士が一緒という事は、連行されているのか、だとすれば、どのような事情なのか。ふと、一同の脳裏をスパイという言葉が過ぎる。ローザの昼間の態度は、自分に疑いが向くのを避けるためだったのか、リンダは訝しんだ。すると、今度はカーンが声を上げる。彼は窓の外、上の方を見ていた。
「何かが飛んできてる、まっすぐこっちに来るぞ」
「敵の攻撃か?」
エリックの返しに、カーンはまさか、と内心に叫んだ。長距離ロケット弾や弾道ミサイルの類が開発されるのは先の話である。同時に、迫る飛翔体への違和感にも気が付いた。
「なんで、こんな夜中に飛んでくるものが見えるんだ?」
「そういえば……」
「というか、お爺様だぞ」
えっ、という答えが返ってくるよりも早く、飛翔体は窓に当たる直前で鈍い黄金色の光となり、すり抜けるようにして入ってきた。ティットルの言うように、飛び込んできたのは風の竜王ミュルコ・モースそのものであった。
「よう、お前達。元気だったか? ソキュラと黒い鎧のがいないけど、こんな時間だ、もう休んでるんだろ」
「お爺様、一体どのような用件で?」
「おう、悪くない知らせと良くない知らせがある」
老いてなお意気盛んな竜王は、戸惑う孫娘にさえ遠慮しない。勝手に部屋の備え付けの水差しを手にしては、軽い調子で言った。
「こういう時は、悪くない知らせから聞くものよね」
「分かってるな、お嬢ちゃん。まぁ、なんて事はない。先代ソキュラの子供達は、まだ親父の大牙が無い事に気が付いて間もないって事だ」
精霊の森にいた頃は、既に気付かれていると思っていたが、情報の速さにズレがある事を忘れていたようで、思った以上に水竜の動きが遅い、との事だった。拍子抜けしたように苦笑いを浮かべるリンダと対象的に、エリックは良くない知らせの内容に勘付いていた。
「では、良くない知らせとは」
「……連中が、ニプモスを襲撃した」
竜王の眼差しが、突如として鋭くなった。
イヴォールハ32年式小銃
キュリール王国にて制式採用されている小銃。
海軍や空軍の基地警備、警察の非常用装備として多くが配備、または部品取りのために保管されている。火山都市ツアンカでは山岳警備隊と警察にこの銃が多数保管されていたため、義勇兵のために吐き出した。
重量はあるが反動も軽く弾道のブレが少ない、新兵から熟練者、狙撃手にまで広く使われている。陸軍は同シリーズの55年式に更新されているが、今でもこの古い銃に慣れた兵士は多い。




