第三十三話『義勇兵志願』
大陸暦一三五八年、八月十二日――
リンダ達はドワーフの隠れ道のツアンカ側に到着していた。
マニティ発のトロッコ列車は、ツアンカ方面行きのみが通常運転で、ツアンカやアーカルからマニティを経由し、ジョーギン方面に向かう路線は急激に人の流れが活発化、臨時列車まで運行していた。マニティ中央駅のホームは方々からの避難民でごった返し、ジョーギン行きのトロッコ列車は客車が満席になり、貨物車にまで人が押し寄せたほどだ。リンダ達は避難民とすれ違うようにツアンカへと向かったのだ。
「それにしても、この行列はずっと続いてるのかな」
「どこかで途切れるだろうけど、中々に辛い光景だな」
ツアンカ側のプラットホームで列をなす避難民の集団を横目に、リンダとカーンがつぶやく。聞くところによると、既に数万人規模の避難民が移動しているとの事だった。ジョーギンは人で溢れるのではないか、とまで囁かれている。
「エリック、中央の首都から人が溢れた場合、どこに行くんだ?」
「現状だと南だけど、目立って大きな町もない。リマーブやエールをはじめとした農村が点々としてるくらいだ」
「最悪、大きくない村のあちこちで、食糧の奪い合いが起きるか……考えたくないが、起こりうるんだよな」
カーンがエリックに尋ねる。自分の元いた時代では散々に見られた光景だった。それだけに、この時代でも同じものを見るのかという思いに、カーンの表情が曇り、心に影が差す。しかし、不思議とグリンクパース方面には人が流れない。恐らく、妖精や竜王の魔力が人を寄せ付けないのだろう。バスでドワーフの隠れ道に来た時も、グリンクパースに来る人の数は少なかった。
「ところで、ツアンカ側までやって来たのはいいけど、どうやって町に入るの?」
「状況が状況ですし、封鎖されているのでは……」
リンダとソキュラが口を揃える。エリックもどうしていいか分からず、隠れ道の出入口付近で額を合わせていた。ツアンカはヌンカル火山とマニティ山地の合間に広がる中規模都市で、隠れ道から中心街へ続く道が繋がっている。しかし、避難民の列を誘導する軍の兵士は、出入りする者全てに目を光らせている。軍でも警察でも、傭兵や義勇兵でもないリンダ達が立ち入る事は困難だった。
「ティットル、空を飛んで入れないかな」
「それは無理ね……機関銃を載せた櫓が幾つも見えるわ」
遠方を見渡すため、鷹眼の術式陣が施されたモノクルで、ツアンカ市街地の様子を見たティットルが答えた。最初の襲撃事件で、空からも襲われたのだろう。
「見た感じ、あの市街地を迂回して火山に入る方法は無さそうだな。となると、有力者の口利きが必要になるか」
ツアンカの市街地がヌンカル火山を囲うように伸びているのを見て、カーンが言った。また一つ、しばしの沈黙が訪れる。ここで、リンダは違和感に気付いた。
「そういえば、サイクスはどうしたの?」
「さっきから何も話してないと思ったが、いなくなってるな」
「え、これ探さなきゃいけない流れじゃないの?」
リンダとエリックが辺りを見回す。あの黒い鎧姿が人の波に隠れて見えなくなる事など考えられない。市街地に入る方法を探る上に、サイクスの捜索までする事になるとは、リンダはげんなりした様子でエリックを見た。露骨に顔をしかめる妹を見て、兄も釣られて辟易する。その時だった。
「みんな、何を立ち止まっているんだ。誰か、この書類にサインしてくれ」
「サイン? なんだよその書類」
どこからともなく戻ってきたサイクスが持ってきたのは、民間人向けの義勇兵志願書だった。代表者一名と補佐一名、その下に八名分の記入欄がある。
「義勇兵の志願って事は、それにサインすれば市街地に入れるのか。しかし、これをどこで?」
「避難民の誘導をしている兵士らしき者に話を訊いたところ、義勇兵になれば入れると言われてな」
エリックはサイクスから書類を受け取ると、代表者の欄に名前を書き入れた。続いて、リンダが補佐の欄に記入する。残りはサイクス、カーン、ティットル、ソキュラの順で書き入れた。サイクスとカーンは時代の違いから書体や表記が異なるためにエリックが代筆した。
「これで全員書いたね。あとは荷役等に用いる機材及び家畜の欄にフィズの事を書き添えて……ん、ヴァイス?」
「僕の元の名前です。ソキュラと名乗るのはまずいでしょう」
水の竜王ソキュラがニプモスを襲撃した事件は、警察や軍を通じて広く知られている。その事は精霊の森に滞在した時に教えられているため、ソキュラは名を継ぐ前のヴァイスを名乗ったのだ。この情報の早さは、魔王の配下や他の水竜の一族にはない。
「こちらでよいでしょうか」
「ふむ、若い兄妹が率いているのか。しかし、随分と風変わりな集団だな」
エリックが義勇兵志願書を提出すると、対応したガラの悪い男が目を細めた。国家認定考古学者の男が代表で、その妹と思わしき娘が補佐、英雄と同じ名前の黒い鎧、見た事もない服に身を包んだ男、それに竜が二頭にニダモアが一羽。義勇兵として見るにはあまりにも異質である。
「まぁ、いいか。国家認定を受けられる人間がいるなら、大丈夫だろう。こいつを持って、中心街の事務所に行ってくれ。こんな状況下だから歩きだがな」
「分かりました」
エリックを代表とする、傍から見れば怪しげな一行は、ツアンカの市街地へと足を踏み入れた。魔王軍の攻撃はニプモス襲撃の時よりもさらに激しいらしく、目に入る建物に無傷のものは一つとして無かった。道という道は至るところにバリケードが置かれており、戦闘が発生すれば外周から最前線になる。
「それにしても、随分と焼け焦げた跡が目立つわね」
「四天王を名乗る奴らがいて、水と地と出くわしてるくらいだから、火と風もいるんじゃないか?」
黒く焦げた石壁や炭化した樹木、フレームだけを残して焼け溶けた乗用車が点在しており、リンダは息を呑んだ。ここまで激しい攻撃を加える目的は何なのか、魔王軍の狙いが掴めなかったのだ。カーンは自身でも驚くほどに冷静、というよりも、そういった光景を何度も目にして感覚が麻痺しているようだった。
「しかし、これだけの攻勢を受けて、よく持ちこたえているな」
「話を聞いてみたところ、攻撃が激しかったのは最初の十日ほどで、マニティからドワーフの警備隊が援軍として駆け付け、なんとか市民を脱出させる目処を立てたようだ」
「それにしても、正規軍が少ないのが気になるな」
「島西部のアーカル方面に主力を回したとの事だ。私の記憶では、開けてはいるが守りにくい地だが」
ティットルの疑問にサイクスが応じる。妖精の情報網とは異なる類で、人の情報網を構築しつつある。魔法文明時代も遠くに過ぎ去った大陸暦一三五八年という時代において、明らかに伊達や酔狂としか思えない甲冑姿の男を見て、まともな情報を渡すとは考えにくいが、どういうわけかサイクスは人から話を聞き出すのが妙に上手かった。
「アーカル地方は開けた広い土地を利用して、飛行場をはじめ軍の施設が多いんだ。マニティ山地付近の平野部は陸軍の司令部や演習場や工業地帯があって、ジョーギンからアーカルの港までは高速道路も通ってる。海にもう少し近付けば、飛行場や住宅地、観光スポットに商業エリアが増えてくるんだ」
「ふむ……いや、平野部での戦いには、いい思い出がなくてな」
エリックの説明を受けても、サイクスの声色は明るくならなかった。過去に嫌な記憶、苦い思い出があるような風だった。半刻ほど歩いて、中心街に辿り着く。相変わらず物々しい事に変わりはないが、軍の兵士や傭兵、義勇兵といった者達を相手にする商店や飯屋、酒場は幾つか機能しているようで、その分だけ活気が残っている。
「この中心街のどこかに、義勇兵の受付をしている事務所があるんだったな」
「何か目印でもあればいいんだけど」
一行は周囲を見回しながら歩く。事務所の特徴を聞いていなかった上、街中に案内板のような便利な物があるわけでもない。建物の壁を覆う無数の貼紙は、そのほとんどが行方不明者の情報提供を呼び掛けるものや、離れ離れになった家族や親類に行き先や連絡先を明記したものだった。しばらく歩いていると、それらと同じような貼紙を、剥がしたり貼ったりしている老人を見掛けた。
「お爺さん、ちょっと訊きたいんだけど……」
「見ない顔だね、義勇兵の志願者かい」
「そうよ、分かる?」
「そりゃあな。ここらの顔見知りは街を離れたか、既に武器を手に戦ってるか、あるいは……って所だ」
リンダの問い掛けに、老人は一行を一瞥して答えた。剥がされている貼紙は役目を終えたものだったが、それらがどのようにして果たされたのかは分からなかった。老人が言葉を濁した結果に至ったケースも少なくない。
「義勇兵の受付なら、この通りをまっすぐ行くと市役所が見えてくる。どこかの棟でやってるはずだ」
「ありがとう、お爺さん」
老人が指差した方向に、旗が立てられた大きな建物のシルエットが見える。リンダが一礼すると、老人はどこか物悲しげな視線を返した。物言わぬ訴えを込めたような視線に、一行は何も返す事が出来なかった。立ち去って少し経ってから、再び貼紙を剥がしては別の物を貼る音が聞こえ始める。その音が、リンダには言葉にならないメッセージに聞こえたような気がした。
「思ったよりも、手続きが早く終わったな」
「手持ちの武器と技能、それと各種規約の確認よね」
リンダ一行改めルビィ隊の登録手続きは、一刻ほどで終わった。一応同意はしたものの、規約に再度目を通し、分からない所を読み直す。時代の違いから字が読めないサイクスとカーン、改まった書式を苦手とするリンダ、人間の公用語でいくつか読めない部分のあるソキュラのため、ティットルが読み上げ、エリックが解説する。
「とにかく、戦う時は登録した武器を用いる事が原則で、落としたり拾ったりしたら申し出る事、でいいんだね」
「そうだな。弾薬などの消耗品も、可能な限りは支給されるようだ」
「あと、義勇兵は陸軍隷下の傭兵大隊の指揮下に加わるって事になるらしいな」
「ふむ、何とか折を見てヌンカル火山に向かえれば良いのだがな」
義勇兵になったのは、あくまでヌンカル火山に向かうため、ツアンカに入る必要があったからである。無論、魔王の配下が島中の主要都市を襲っている事は理解しているため、その対処もしなければならない。
「流石に、火山から敵が攻めてくるとか、何かしらの理由で竜王ツアンカ様が降りてくるとか、そんな都合のいい話はないですしね」
「竜王は基本的に、自身のテリトリーから動かないからな。お爺様が例外なのだ」
他の傭兵や義勇兵からの視線も気にする事なく、額を合わせて今後の作戦を練る。あくまでリンダ達の目的は、火の竜王ツアンカに会う事だ。どうしようかと相談していると、傭兵大隊を指揮すると思わしき男が、待合室として使われているホールの壇上に立った。
「一同、注目!」
威勢のいい声に、その場の誰もが振り返った。
火山都市ツアンカ
キュリール王国北西部を占めるマニティ山地と、その最高峰となるヌンカル活火山の合間を埋めるように発展した都市。
主な産業は観光と資源採掘で、需要こそほぼ無くなったものの、魔晶石や精霊石も多く産出される。
採掘された資源はアーカルの港から国外へ輸出されるか、マニティ山地付近の工業地帯で加工される。
また、火山帯のため、地熱を利用したエネルギー開発も研究されており、人々は恩恵を忘れぬよう、ヌンカル火山を聖なる場所と定め、守り続けている。




