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第三十二話『陸と海と』

 大陸暦一三五八年、八月十二日――

 港湾都市ニプモスに集っていたのは、予備役や退役軍人、民間の義勇兵に傭兵と、玉石混淆ともいうべき人の群れだった。国指定の推薦状を持参した者はまだしも、熱意と義憤を動力源にした素人や、軍組織に属していれば飢える事はないと踏んだ食い詰め者まで数に含まれている。もちろん、これらの集団をすぐに戦地に送るわけではなく、ニプモス付近で訓練と編成を行うのが目的である。


「うーん、見知った顔が少ないわね」

「俺達が村を守っていた頃、名の知れた連中は西の方で戦っていたんだろう」

「こりゃ、私達が引率するしかないわ」


 芋を洗うような人の波の中、マリーとゴードンは見知った顔、つまり同業者の影が少ない事を気にしていた。こういう時、義勇兵の指揮や統率は傭兵の仕事になる事が多い。軍の隷下になった傭兵が、義勇兵を束ねるといった具合だ。この時、傭兵が指揮する義勇兵の錬度があまりにも低い場合、兵の統率というより学生の引率であると陰で言われたり、自ら皮肉を込めて言ってしまう。


「あんたはライフルマンの育成になるかもね」

「煮炊きを教えておく方が有用かもしれんぞ」


 経験豊富な傭兵夫婦から見れば、ここに集っている市民を戦力と数えるのは、いささか厳しい状態であった。しばらくして、推薦状を持参した者が大公園に呼ばれる。そのほとんどが予備役と退役軍人で、五〇〇〇名に達していた。傭兵の数は少なく、せいぜい三〇〇名ほどしかいない。そして、付近で統率も取れないままごった返す、市民とも義勇兵とも分からない人の群れは、一万を超えていた。


「正規軍と合わせて概ね二万ってところね。とは言っても、半数は使いものにならないけど」

「そいつらを半人前でも仕立てるのに、また人数が割かれる。実質的な兵力は六〇〇〇と見ていいだろう」


 ゴードンは嘆息混じりに言った。小銃ひとつ扱えるようにするだけでも時間が掛かる。時間以上に、これだけの人数が増えた分の銃と弾を揃えられるのか、という疑問もあった。そんな中、マリーは集まった傭兵達の中に、見知った顔を見つけていた。揃いの制服に一式装備という出で立ちの、五〇名ほどの集団。錬度の高さが段違いで、周囲よりも明らかに目立っていた。


「あんた達がこっち側にいるなんて、初動が遅れたのかい?」

「そんな所だ。むしろ、半月でここまで動かせたんだ。早い方だと言って貰いたい」

「それもそうね。しかし、あんた達の耳に入るって事は、もう事態は海外にも知れてるのね」

「あぁ。少なくともモノゲアとタスパ、ギムココには情報が入ってる。カッサーナやハームも時間の問題だろう」


 マリーが声を掛けた相手は、メーシア大陸はハーム王国北東部に本拠地を置く傭兵隊、キヤスキー傭兵隊のモノゲア共和国支部から派遣されて来た指揮官だった。重装備の歩兵二個小隊と後方要員を連れており、下手な正規軍よりも熟練した戦闘集団としての気配を感じさせる。ゲルハルト・フォン・ケロッコ、左の目元から頬に掛けての裂傷の痕が目を引く、長身の猫亜人の男だった。


「おう、ゲイリー。お前が来たのか」

「ゴードンか。即応で動けるのが俺の取り得だ。カッサーナの言葉にも、兵は拙速を尊ぶという言葉がある。とはいえ、流石に西側への対応は無理だった。しかし、東側でも何か不穏な動きがありそうでな」

「お前達は何を察したんだ?」

「一月近く前、定期航路の貨物船で荷崩れのトラブルがあった。たまたま、海軍の潜水艦が訓練中に水中の音を拾ったようでな。裏のルートで情報を流してもらった」


 ゲルハルトの言葉に、マリーとゴードンは思い出した事があった。メーシア大陸での仕事を終え、キュリール王国に戻った日の夜、マークスの店で帰還祝いの宴会をした時の事だった。


『半日前の貨物船で、荷の一部がダメになるほどのトラブルがあったらしいの。この時期は波も穏やかだし、この近辺で海賊が出たって話も聞かないから、何かあったのかなって』


 リンダの言っていた、貨物船の荷が崩れたトラブルの話である。これが原因でリンダはリュークスの店にビール運びの使いに走り、自分達をニプモスで拾って帰って来れたのである。二人は真剣な目付きになって次の言葉を待った。


「大型の海洋生物との衝突音だ。しかも、その瞬間まで潜水艦のソナーでも拾えないほどの無音。わずかな衝突音の後には、すぐさま海中へと引っ込んで行った。恐らく、貨物船側も衝突には気付けなかっただろう。そんな芸当が出来る海洋生物など、水竜しかいない」

「水竜……もしかして、この前ニプモスが襲われた一件と、関係があるのかしら」

「恐らくな。さて、今度はこちらが情報を求めてもいいかな。君達は現時点で、何を知っている?」


 ゲルハルトの琥珀色の瞳が満月のように光り、鋭く細められた瞳孔が二人を意抜く。威圧しているというより、興味深い話になると出てしまう癖のようなものだった。


「とは言っても、私達は半月ほど、エール村の警備で雇われてたからねぇ。魔王の配下と各主要都市の現状くらいかしら」

「マリー、お前いつの間にそんな情報を?」

「何言ってんの。傭兵は腕っ節を売る商人よ、情報が命なのは変わらないわ」

「そうだな。そして儲け話があれば動く、ただそれだけだ」


 マリーはエール村で起きたリンダの襲撃事件から、無線の傍受や同業者、避難民の話から整頓した情報をゲルハルトに伝えた。大半の情報は既に知られているものだったが、精度を上げるに充分な内容だという。しばらく話していると、ゲルハルトはマリーの拳銃が一丁減っている事に気付いた。


「マリー、拳銃が一丁足りないようだが、壊れたのか? 空のホルスターを下げておくなど、君らしくもない」

「あぁ、これね。貸してるのよ、知り合いの子に。生きて再会して、その時に返して貰うため、わざと空けてあるの」


 そう言うと、マリーは西の空を仰ぎ見た。あれからどこまで行っているか知らないが、恐らく西だろうと直感していたのだった。



 同時刻――

 ラキーテ砂丘の地下遺跡は、物々しい空気に包まれていた。中空に浮かび、円形のスクリーン状に張られた水には、遠く離れた水竜の郷の一室が映し出されている。色とりどりの珊瑚に大小さまざまな真珠のオブジェ、人間から見れば品性に欠ける華美な設えは、亡き先代ソキュラの趣味を如実に表していた。


「……して、次期竜王の座を狙うのはお前達か」


 人型の実体にまで肉体を再生させたイミノッキが、水のスクリーンに向かって言った。少し経ってから、ソキュラの部屋に集まっていた水竜の一族が数名、前に出る。ソキュラの腹違いの実子は九頭だが、そのうちの四頭が名乗りを上げたのだ。


『おう、長男シェパーナ、父の後を継ぐのは我こそが相応しいと考えている』

『次男ルミチャス、兄に賛同しないわけではないが、私にも私なりのやり方がある』

『四男ピコーダと……』

『次女ラニャ。私達は二頭一組でお父様の大牙を頂きますわ』


 イミノッキは黙ってうなずくと、前に出なかった長女、三男、三女、末っ子の六男に目をやった。この王位継承のレースから身を引いたのではあるが、水竜の一族の未来を考えていないわけではない。各々が次の王に相応しいと思う候補者に、後の家臣として支えるという意思表明だった。また、三女と六男はまだ幼いため、王位継承には適さないとして外された。そして、この場には五男の姿がない。


「一頭、足りぬようだが」

『元より、あれの母御は父のやり方に反感を抱いていた。今頃は揃って海獣の血肉にでもなっていよう』


 シェパーナが返す。これに関しては、ルミチャス、ラニャ、ピコーダも同様にしてうなずいた。少なくとも、この三組四人の水竜は、父と同じく人間に敵対的で、力をもって排除するという考えでは共通していた。


「さて、お前達の父ソキュラの亡骸は、未だニプモスの然るべき場所……大方、警察署の死体安置室に置かれている。そして、人間達はかの港町に兵を集めているという情報が入った」

『それは困るな、連中の足並みが揃わぬうちに、こちらから仕掛けるのがよいだろう。大牙も大事だが、先代を懇ろに葬ってこその次代であろう』


 ルミチャスの横柄な物言いは、水竜でなくとも微妙な反感を抱かせる。すぐ近くで聞かされる兄弟はたまったものではないだろう。言う事が的確なので、余計に腹が立つかもしれない。イミノッキは内心そう思っていた。


『それでは、イミノッキ殿。僕達は今後の事で話し合いがあるので……』

『これにて失礼させていただきますわね』

「うむ、健闘を祈るぞ」


 ラニャとピコーダの双子の姉弟は、一見すると姉が一切を取り仕切っているように見えるが、ここぞという時の判断は弟が下している。スクリーンを形成していた水が単なる液体に戻ると、イミノッキも回復用の壷に身を溶かした。わずかな蝋燭の火がチリチリと音を立てる以外、何も聞こえてこない静寂。主のために出来る事を、未だ本調子でない自身の回復を待ちながら、水の四天王は意識を闇に溶かしていった。



「さて、まずは大牙を取り合う前に、父の亡骸を回収する必要がある」

「いかにも、先代の意を正しく継ぐためにも、然るべき葬儀を執り行わねば」

「そうだね、当面の目的は……」

「決まりですわね。早速、事を進めましょう」


 天板を水硝子で均された巨大珊瑚の長机に、四頭の水竜が顔を合わせる。広げられた地図と海底図は、ニプモス近海の地形が書き込まれている。


「人間の地図を持ってくるのは、中々に難義したが、こちらの手の者がやってくれた」


 ルミチャスが言った。先代ソキュラの子の中に、亜人に近い姿の娘がいる。第八子で三女のリッコマーだった。

 彼女はまだ六十歳にもなっていない子供のため、候補にはなれなかった。しかし、ルミチャスが色々と教え込んでいるため、サポート要員としては十分な実力を有している。また、候補者も兄弟の誰が誰を支援しているのかは知らない。候補者でない者達の間にも、暗闘はあるのだ。代々、水の竜王ソキュラは、そうした血生臭く闇の深い生存競争の果に受け継がれる。


「ふん、さて……ニプモスはどう攻める。集まった人間の数が分からぬ以上、下手を打てば父の二の舞いとなる」

「こちらで今すぐ動かせるのは二五〇〇。でも、船がない……」

「全員が船に乗る必要はありませんわ。雑兵は船に掴まらせておけばよいでしょう」


 ピコーダの懸念に対し、ラニャが大胆な策を思い付く。先のニプモス襲撃で用いたトゥンマ級潜水兵員輸送艇は残り四隻、詰めても二〇〇名が精一杯である。しかし、外側に捕まらせれば、軽く五、六倍を運ぶ事が出来る。


「それだと、万一迎撃されたら、被害が大きいよ……」

「奴らの目に映らんよう、奇襲を仕掛けた方が良さそうだな。船から常に出しておけば、状況に応じた遊撃もしやすい」


 ラニャの策を肯定的に捉えたのはルミチャスだった。ピコーダは不安が拭えず、シェパーナはとにかく前に出る事を優先して考えている。


「よし、では、人間の数を探ろう。ルミチャス、お前の手の者とやらに探らせられるか? こっちではその間に武器の調達とマンスィス兵の編成をしておく」

「承知した。長くても四日以内に答えを出そう」

「任せたぞ」


 水竜の一族が動き出す。海の底から、新たな脅威が浮かび上がろうとしていた。

水竜王ソキュラの子供達

大陸暦一三五八年、六月の時点では、竜王ソキュラには九頭の子がいたとされる。

第一子、長男シェパーナ。武を重んずる暴虐の子。

第二子、次男ルミチャス。智を重んずる策謀の子。

第三子、長女ロゼ。母譲りの優しさが枷となる懊悩の子。

第四子、三男ウォカート。長兄に心酔せし無謀の子。

第五子、次女ラニャ。双子の弟を手繰り利用する狡猾の子。

第六子、四男ピコーダ。双子の姉に使われながらも刃を磨く残虐の子。

第七子、五男ヴァイス。王に異を唱えた母によって遠ざけられた流転の子。

第八子、三女リッコマー。次兄に付従う共謀の子。

第九子、六男ラーム。幼いゆえに何も決められず流される悲運の子。

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