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第三十一話『歌い紡ぐ』

 大陸暦一三五八年、八月十一日――

 リンダがサイクスを魔道具店に連れて来たのは、およそ半刻後の事だった。魔道具と聞いて、エリックも同席している。カーンは思う事があるらしく別行動となり、ソキュラを伴って職人街へと歩いて行った。ドワーフの店主はサイクスの鎧を見るなり目を丸くして、改めてリンダを見た。


「こりゃまた、本当に黒い鎧の……」

「私の鎧が、本物だと分かるのか?」


 サイクスは思わず、店主に尋ねた。魔王ルハーラによる忘却の呪いによって、本来の黒い鎧の英雄に関する記憶と記録は消されており、黒い鎧と言えば初代国王サイクス・キュリールの物を指すからである。その初代国王の鎧は、ジョーギンの王立博物館に安置されている。


「あぁ、我が家に代々伝わる、黒い鎧の英雄の物だ」

「待って下さい、黒い鎧の英雄に関する記憶と記録は存在しないはず、ドワーフは基本的に口伝なので尚更……」

「記憶と記録に残せなくても、二つの方法がある」


 エリックの意見は尤もだった。口伝は記憶を受け継ぐものなので、魔王の呪いで記憶ごと消され、残るはずのないものだった。しかし、店主は二つの方法を示したのだ。その時、リンダが思い出したように声を上げた。


「そうだ、サイクスが入ってた棺の部屋、壁画があったよね。それじゃないかな」

「ご名答、お嬢さん。一つは絵だ。これは曾爺さんの代に描かれた絵を撮ったものなんだがね」


 店主は古い写真を引き出しの中から取り出し、テーブルに並べて見せた。映っていたのは、エール村の遺跡の石棺部屋の壁画と同じ人物であった。金縁の黒い鎧、腰に金細工の柄の短剣を下げ、兜を左の小脇に抱えた戦士の姿。髪色は分からなかったが、少なくとも初代国王サイクスのような金色でない事は伺える。つまり、初代国王とは違う、黒い鎧の英雄の絵であった。


「ドワーフは文字の文化こそ遅れたものの、歌と口伝、絵や石細工で後世に語り継ぐ文化がある。恐らく、呪いの類に強い抵抗力のある者が関わり、この絵に英雄の姿を残したのだろう」

「なるほど……しかし、例え絵が残っていても、それが誰かが分からなければ、意味がないのでは?」


 店主の言葉に、エリックは浮かんだ疑問を投げ掛けた。細かい指摘をしているというより、不安要素を取り除いて核心に迫りたいという気持ちがある。店主も人との寿命差を加味しても、人生の熟練者である。店に立て掛けてあった手持ちのハープを手に取ると、厳かな声で歌い出した。


 東の海より 来たれり勇者

 黒い鎧を 身にまとい 黄金(こがね)の短剣 携えて

 剣の男 茨の魔女を 従えて

 闇を払うは (みどり)の風よ (あお)き光よ


 東の海より 来たれり勇者

 南の荒地を 制すれば 民に施し 村を成す

 風の竜王 森の妖精 分かり合い

 敵を征すは 翠の風よ 蒼き光よ


 東の海より 来たれり勇者

 西の山々 制すれば 火の竜王も 頭を垂れる

 我らドワーフ 地の竜王 共にして

 魔を打ち払うは 翠の風よ 蒼き光よ


「……あれ、もうひとつ続きがあったんだが、いかんな。歳のせいか忘れてしまった。まぁ、つまり……歌で残したのだ。この歌は、絵に描かれた人物のものである、という教えの元に受け継がれて来た。文字にしてはならぬと、厳しく言われたものよ」


 店主の歌にエリックは理解し、納得した。記録と記憶を封じられても、絵と歌に残すという手があった。その絵と歌を、黒い鎧の英雄に直接の紐付けをしなければいい。


「剣の男と茨の魔女……いや、これを認識してしまうと、この歌も消えてしまう。あくまで、この歌は絵のためのものだ。私の正体に関するものではない……リンダ?」


 サイクスはエリックに先手を打つ形で、思考の深追いを制した。興味のあまり突き進む可能性のある、若い考古学者の卵ゆえ、そういった落とし穴に嵌る危険性もある。そう思っていたところに、呆けたような表情で黙っているリンダの姿が目に入った。目に光がなく、ある種のトランス状態に見えた。


「リンダ、どうしたんだ?」


 エリックの呼び掛けにも答えず、虚空を見るかのような目で、口を動かすばかりのリンダだったが、やがてか細い声を発しはじめた。


「……海……来た……」

「リンダ、どうしたの!?」


 ティットルが慌ててリンダの顔の前で手を振るなどして、意識を確かめる。反応はない。肩を揺さぶっても、軽く背中を叩いてみても効果は無かった。


「翠……よ ……光よ」

「これは……まさか!?」


 サイクスは聞き覚えのあるフレーズ、それも先ほど聞いたばかりのものが、リンダの口から洩れている事に気付いた。店主も戸惑っている。そして、声に明瞭さの宿ったリンダの歌が、聞こえ始めた。


 東の海より 来たれり勇者

 島の四方を 制すれば 永久(とこしえ)の闇に 光が差し込む

 月の満ち欠け 命散らせて 敵を討ち

 国を興すは 翠の風よ 蒼き光よ


「お嬢さん、これはどういう事だい。この歌は我が家の秘伝……」

「店主殿、言ったでしょう。彼女は化けると。もっとも、私もこれを見るのは初めてだが」


 リンダのこの能力を直接見た事があるのは、カーンとカリエだけである。ソキュラもトロッコ列車で垣間見たが、それは意識を失わないよう調節されたもので、完全に意識を失うほどのものは見ていない。歌い終えて少し経った頃、リンダは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。ティットルとエリックが慌てて支え、肩を貸す。その様子を見て、店主はひどく真剣な顔付きになった。


「そのお嬢さんの能力はかなり特殊なものだね」

「僕も、この能力を直接見たのは初めてです。この子は妹なんです、何か助けになる物はありますか?」

「助けになる物とな……これかな」


 店主はエリックの慌てた様子に少し考え込むと、奥の棚から首飾りと一振りの短剣を取り出した。


「古い時代、南方のシージョ大陸から来たと言われる、金とルビーの首飾りだ。空っぽになった心に闇が入り込むのを阻止してくれる。もう一つは、イカヤジウム鋼……イカヤザ銀の短剣だな。魔法金属というだけあって、身を守ってくれるだろう」

「ありがとうございます……」

「流石にわしも商売でな、タダというわけにはいかん。まぁ、一〇〇〇ヒネリオでどうだ?」


 エリックは店主の告げた金額に驚いた。ゼロが一つ足りない位である。流石に独断で即決は出来なかったため、サイクスやティットルの了承は得ておく。カーンとソキュラには後で言っておく事にして、財布から一〇〇ヒネリオ札十枚を出して支払った。店主としても、秘伝としていながら忘れていた歌の続きを思い出す事が出来たため、このくらいの割引は当然とさえ思っていた。


「ありがとうございます」

「いや、いい。色々と良い物を見せて貰ったのでな。君達も気を付けるんだぞ」


 何度も礼を言うエリックを制しながら、店主も頭を下げる。お礼合戦が一段落して、ようやく一行は店を後にする事が出来た。ひとまず、リンダを休ませるために、宿に戻る事となった。



 同時刻――

 職人街で新たな拳銃を入手したカーンは、その造りの古さに時代を感じつつも、こうする事が最善であると分かっていた。リンダの持っている銃と使用する弾丸が共通しているからである。ソキュラにも何か持たせようとは思ったが、護身用の短剣があるからいいと断られた。


「ドワーフが作る銃と聞いて、ゴツくて重いのを想像してたが、思ったよりもスマートだな。ゼルーディ56、五六年式って事だな」

「最新モデルですね。銃火器は人間の得意分野と聞きますが、ドワーフも優れているのですね」


 殊のほか手に馴染む拳銃をカウボーイスタイルで回すと、腰のホルスターに滑り込ませた。町中なので安全を考慮し、弾は込めていない。ほのかに煌めく重い金色は、ドワーフの得意とする妖精金属、バリカティウム合金特有のものだった。妖精が自分達のテリトリーに入ってきた人間に危害を加えるのは、人間が概ね妖精の嫌う金属を保有している事が多いためだ。バリカティウム合金は妖精にも馴染む魔法金属の一種で、妖精金属とも言われていた。


「銃火器もそうだが、過去の文明を牽引してきたのも人間が多い。何でだと思う?」

「うーん、どうしてでしょう。知性も魔力も、人より妖精や竜の方が優れていると聞きます。しかし、水竜の一族が世界の海を征した記録はありません」

「人間は妖精や竜と比べて寿命が短いんだ。短い時間の中で、知識や技術を受け継ぎ、磨き、引き継がせる。それを繰り返す事で思いもよらぬ発見や発明が産まれる。もちろん、その逆もあるけどな」

「なるほど……限りある時間が、進歩と革新を促すんですね……」


 ソキュラはただ感心していた。彼の年齢はおおよそカーンの三倍だが、竜の寿命からすると、まだ幼子である。カーンから見れば、そんなソキュラに竜王の重荷を背負わせる事への後ろめたさもあった。


「カーンさん、一つ訊いてもいいですか?」

「別に構わんけど、どうした?」

「僕の父……前の水竜ソキュラは、強く勇ましい戦士として、往生しましたか?」


 ソキュラの言葉に、カーンは縫い付けられたように固まった。顔は緊張色に染まり、次に繰り出すべき言葉に迷っている。言葉というより、表情に迷っている。あのニプモスでの戦いを、軽々しく想い返すわけにはいかず、かと言って重苦しい雰囲気にする事は、幼いソキュラの心にどのような傷を負わせるか分からない。目を閉じて深く長い息を吐き出し、カーンは意を決した。


「お前の親父さんは、強かった。俺とリンダとカリエの婆さんで掛かっても勝てなかった。ニール先生が来てくれなかったら、サイクスが引き受けてくれなかったら、俺達は負けていた」

「そうですか……」


 カーンの言葉に、ソキュラは安堵とも落胆とも、不安とも取れない声を返した。確かに強く勇ましい戦士であったが、同時に人間を敵視する暴虐の王であった。カーンからしても複雑である。かの王が兵を率いてニプモスの街を襲い、港から大通りを破壊して多くの死傷者を出した。今、目の前にいる幼いソキュラは、その息子だ。


「ニプモスでは多くの人が死んだ。穏やかな港も壊された。お前を連れていると、俺はどうしていいか分からなくなる時がある」

「水竜の一族は、父祖の代より魔王の配下にありました。父もその思想を色濃く受け継いでいたと思います。そして、腹の違う兄や姉も」

「そうだ。だから、お前が水竜ソキュラを正しく継ぐ必要がある。魔王の残党を倒し、お前が水竜の一族を束ねる。そうすれば、この島は平和になるんだ。だが……」

「カーンさん?」


 言葉に詰まったカーンの顔を、ソキュラが覗き込む。無頼漢を思わせる風貌に似つかわしくないほど、その顔には悲壮さを湛えていた。


「そのために、兄弟が争わなきゃならないのは間違ってると思う。時代の違う、人間の物差しだ。でも、幼いお前に必要なのは、力になってくれる兄弟だ。出来れば、戦わずに済ませたい」

「僕も、同じ気持ちです。仮に水竜を統率出来ても、気性の荒いマンスィスや海獣を従えるには、力のある者が必要です。そのために、力を貸して下さい」


 ソキュラの頼みに、カーンは黙って頷いた。人気のない路地裏で手を取り合う二人は、ただ状況に流される者ではなく、理想と目的のために立ち上がった有志となっていた。

イカヤジウム鋼

通称、イカヤザ銀。

マギウムとマザリウムの合金で、魔術神イカヤザの名を冠して魔法金属と呼ばれる。銀とは組成が全く異なるが、銀色の輝きを放つ事からイカヤザ銀とも称される。

素材となる二つの鉱石はヤノミ大陸域でのみ産出されるため、他の大陸域の者からすれば、黄金にと並ぶほどの希少金属だったと言われている。

しかし、肝心のヤノミ大陸域では魔法使いの少なさからさほどの需要がなく、蒸気機関文明に移行してからは、輸出以外の用途はなくなっていた。

魔法金属と呼ばれる所以は、魔力の伝導率が高い上に変質させないという性質を有していたため。また、マギウムは単独では柔らかく単体では使い物にならなかったが、触媒金属の異名を持つマザリウムとの合金になる事で、硬く軽く加工しやすい魔法金属になった。

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