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第三十話『時の罪業』

 大陸暦一三五八年、八月十一日――

 マニティ山地は随所に小さなトンネルが掘られている。人や物の出入りのためではなく、光と空気を取り入れるためだ。光を集束させるレンズのような性質を持った輝石を幾つも用いて、中央駅の駅舎から伸びる尖塔まで太陽の光を集め、輝石細工の大鐘が鐘楼から光を発散する事で、自然の光を取り入れる事が出来る。


「昔はあの中央駅があった所に、ドワーフの王マニティが居城を構えていたらしいね。残念ながら、ドワーフの歴史は多くが口伝で、文書が残っていない」

「ミュルコ・モース様から聞いた事があります。数回ほどしか見た事がなかったが、非常に立派な城だったと。中央駅のあの尖塔はマニティ王の城のものを流用しているそうです」


 朝は八の刻限を回った辺り、宿のある上階層の回廊をゆっくりと歩きながら、エリックとソキュラは半ば物見遊山で滅多に見られないドワーフの町を眺めていた。マニティの町は、中央駅の尖塔からの光が満遍なく届くように放射状に発達している。そのため、外周側の建物は折り重なるように建てられており、下の建物の屋上は上の建物の土台や道になっている。一行が泊まった宿は上層にあり、その高さは中央駅を上回っていた。


「ドワーフの町なんて、よほどの事がないと来られないからね、しっかり記憶しておかなければ」

「そうですね。竜でも他の妖精でも、なかなか来られませんし……エリックさん、あれは」


 ソキュラが示した先に佇んでいたのはサイクスだった。柵に身を預け、呆然と町を眺めているように見える。その傍らにはカーンの姿もあった。この場にいないのはリンダとティットル、片や踊り疲れ、片や乗り物疲れで未だ夢見心地である。


「二人とも、早くからどうしたんだい」

「お前達も同じだろ。サイクスの奴が、中央駅の辺りを眺めててな」


 カーンに言われて、エリック達も中央駅に目をやった。放射状に伸びる通りを、回廊のような路地が結んでいる。駅の周辺は役場や倉庫、事務所といった低めの建物が建ち並んでいる。その分、中央駅の尖塔は際立って見える。鐘楼から放たれる光は、かつてマニティ王が治めていた時代のそれと変わらないものだった。


「なんだろう……懐かしいような、落ち着かないような、不思議な気分だ」

「見覚えがあるのかい?」

「恐らくは。私の閉ざされた記憶の中に、あのような形の町があるんだと思う」


 サイクスの表情を窺い知る事は出来ない。しかし、その仕草と声色から、思い出せない事へのもどかしさと、思い出す事への不安感が感じられた。


「中央に交通機関の拠点や役場を置き、放射状の道と回廊状の道で構成された都市と言えば……僕の知る所だと、メーシア大陸のハーム王国首都、ジリボンかな」

「ジリボン? ハーム王国の王都はボートミールのはずだが……」


 エリックの言葉に、サイクスは顔を上げた。ハーム王国首都ジリボンは七〇〇年の歴史を有し、その城下町の構成はマニティのそれとよく似ている。中央に置かれているのが鉄道駅か豪奢な宮殿かの違いである。サイクスの言うボートミールは、ハーム王国の海の要衝で、港は商船より軍艦が目立つ。海軍兵学校や士官学校もある。


「ボートミールが王都だったのって、そうとう昔の話じゃないか……?」

「待ってくれ、ちょっと見てみる」


 小首を傾げたエリックに対し、カーンは腰のポーチから小型端末を取り出した。エール村で刑事達を相手に使ってみせた、あの情報端末である。ペンほどの大きさの端末を数回捻り、レンズを開いては幾つかのキーを叩く仕草をした。


「ハーム王国のボートミールだな。建国から百年以上、都だったようだ。当時のジリボンは既に町並みが出来上がっていて、城を建てる場所がなかったようだな。そこで、ビルカ地方都市のボートミールに建っていた砦を改築して、王宮にしていたようだな」

「そうなのか、では、ジリボンに遷都したのはいつ頃なんだ?」

「大陸暦六二三年……今から七〇〇年以上前だな。六一五年から翌年に掛けて、ジリボンを拠点に所領を持つ大貴族が反乱を起こした。その対処が後手に回った事への反省と、半壊した都市部への再開発も兼ねて王宮を建てたようだ」

「六一五年……貴族の反乱……覚えがあるような、ないような……」


 サイクスは再び考え込むような仕草を見せ、黙り込んだ。未だ封印されている彼の記憶の中に、関連があるらしかった。エリックはカーンの端末を注視していた。


「カーン、その小さな映写機が映し出せる情報は、君のいた時代までのものが入っているのか?」

「あぁ、入ってる」

「君は歴史に明るいようだし、もしかしたらだけど、僕達の未来も知っている……あるいは、知る事が出来るのか?」


 カーンの目つきが鋭くなった。彼があまり情報端末を人前で使わなかったのは、エリックのような人物に悟られたくなかったからである。事実、ニールが一緒にいた頃は、決して情報関係の物品を表に出す事が無かった。本来ならば破壊してしまうのが筋ではあるが、元の時代での再入手も困難な以上、それに踏み込む度胸もなかったのである。


「出来ないと言えば嘘になる。だが、知ってしまう事で変わってしまう未来もある」

「未来が変わるとは、どういう事なんだい?」

「例えば、今からまた少し前の時間に飛んで、あの尖塔の鐘を壊したとする。そうすると、どうなる? ここら一帯はその時から真っ暗さ。あるいは、ドワーフ達によって修理されてる最中かもしれない」

「過去から今が書き換わるのか……もし、僕達の未来に予期せぬ不幸があったとして、それを事前に回避する事は?」


 エリックの質問は、至極まっとうなものであった。未来の危険を前もって知る事が出来、回避出来るのならしておきたいというのが人の常である。カーンは答えられなかった。同時に、その沈黙こそが答えだった。


「大きな流れを変える事になったら、最悪の場合、俺がここにいる事さえ出来なくなる」

「……そうなっていたら、僕達はあの遺跡の石室で死んでいたかもしれない、か」

「そうだ。そして、俺はこの時代で何をするにも、後の世に影響を与えている可能性がある。俺は皆の未来に干渉してしまっているんだ。これは……罪だと思う」


 辺りを重苦しい沈黙が包む。少なくとも、エリックがカーンの端末から情報を見るという事だけはしてはならない、それが分かった。


「もしかすると、本当に過去から書き換わってしまったら、その事さえ認識出来ないのかもしれないな」


 エリックの言葉に、カーンの表情はさらに曇った。彼は、この瞬間にも罪を重ねている。




「朝早くから失礼、ここは魔道具の店で間違いないかな?」

「あぁ、古い時代の掘り出し物から最近の芸術家が作った代物まで、幅広く扱ってるよ」


 九の刻限を回った頃、リンダとティットルは宿のある階層より下の路地裏で営まれている魔道具店を訪れていた。太陽の光は射さないが、店内で妖しく輝く色とりどりのランプの灯で、思った以上に明るい。リンだは初めて見る光景に、しばし嘆息のあまり声が出せずにいると、ふと気になった飾りを手に取った。蔦を模した金細工の縁に包まれる形の翡翠の珠が、その中心核により深い緑を湛えている。


「人間のお嬢さん、随分とお目が高いね。それは風竜の瞳さ」

「風竜……ミュルコ・モースのお爺さんの事?」

「お爺さん、か。これはまた、よほどの命知らずか肝っ玉が据わってるか……」

「彼女達は祖父に会ったのです。ゆえに、本物を知っているのですよ」


 ティットルの言葉に、半笑いだったドワーフの店主が真顔になった。真剣な表情になってくれれば話がしやすいと踏んだ彼女は、テーブルに一つの魔道具を置いた。錆びたように朽ちた鋳鉄の枠に、くすんで輝きを失い、色さえ分からなくなった宝玉がはめ込まれている。


「ティットル、それどうしたの?」

「前に私が妖精の郷の入り口で暴れたでしょう。その時、私が着ていた偽物の鎧に付いていたの。鎧は解呪の術式で砂みたいに散ったけど、幸いこれだけは回収出来たわ」

「なんか、汚いというか……粗末ね」


 差し出された魔道具を手に取り、見回していた店主が、リンダの言葉に反応して手を止めた。


「粗末……いや、違うぞお嬢さん。こいつはただの魔道具じゃない。この宝玉には、恐らく狂乱の術式が込められていた。しかし、かなり強力な魔力で強引に解除された事で、枠が曲がるほど壊れたんだ。あんた、解呪の術式を受けたと言ってたな。相当な使い手がいたと見える」

「サイクスって魔術の腕もいいんだ……昔、魔王を倒したってのは伊達じゃないのね」


 リンダの何気ない、呟くような返事に、店主の片眉が吊り上がった。


「お嬢さんが言ってるのは、初代国王サイクス・キュリールの事かな」

「そうよ。今、私達と一緒に行動してるの」


 ドワーフの老店主はふむ、とうなずくと、考え込むような仕草を見せた。


「ちょっと気になるな……お嬢さん、そのサイクスを連れて来る事は出来るかね」

「大丈夫よ。私達が出る頃にはいなかったけど、散歩か何かでしょうし。ティットル、ちょっと連れて来るから待ってて」

「分かったわ」


 リンダは足早に店を出て行くと、路地裏に軽やかな足音を響かせていた。彼女の足音が聞こえなくなる頃、ティットルと店主はテーブル越しに顔を近付けて密やかに話し始めた。


「……若い娘の夢物語、とは思わなんだか」

「若い竜を連れた人間の娘が、只者であるはずがない。しかも、竜王の一人ミュルコ・モースをお爺さんなどと、相当な使い手か、相当な変わり者だろう」

「今は後者だ。しかし、前者に化ける可能性もある」

「何か、思う事でも?」

「魔王配下の四天王に目を付けられている。既に水と地の四天王、水の竜王に襲われているそうだ」


 店主は思わず口元を吊り上げた。並の人間の娘であれば、まず助からない。それらと遭遇しても生き残って来た実力と、それを支えて来た仲間に恵まれるだけの運がある。


「運の良い娘だな。仲間に恵まれている。あんたも含めてな」

「私など、彼女を支える者達には及ばんさ。妖精騎士などとご大層な身分だったが、実際はこんな宝玉一つで心を狂わされ、前々からよく思っていなかった者に、憎しみのような感情をぶつけてしまった」


 ティットルにとって、あの乱痴気騒ぎは痛恨の極みであった。確かにニールのしでかした事は重大だったが、元々は妖精が人間に過剰な悪戯を仕掛けたがゆえの事である。彼女を動かしたのは義憤だったのかもしれない。その小さなわだかまりが、狂乱の術式でもって増幅されたのだろう。


「……いや、さっきも言ったが、この宝玉は決して質の低いものではないぞ。というか、この微かに残る魔力の流れからして……これは竜の魔力に近い気配がするな」

「……お爺様が……?」


 店主の鑑定眼は確かであった。ティットルは目を白黒させる。あの地域で竜は決して多くなく、ましてや宝玉一つに術式を込めて偽の鎧を用意出来る技術を有している物など、ほとんど特定しているようなものだ。

 一体、何のために――ただただ、疑問符が浮かぶばかりであった。

王都ジリボン

メーシア大陸南東部のハーム王国中央部に位置する首都。

大陸暦六二三年、グレン一世の時代にボートミールから遷都して以降、ジリボン宮殿は王国の象徴となっている。

元々は王国随一の商業都市で、国内の主要道路は全てジリボンに通じていたとも言われている。

南側はビアイキ湾に臨む港湾部で、軍港から貿易港、客船や貨物船のための商業港も備える。

中央に都市の中枢を置き、放射状に伸びる道路とそれらを結ぶ回廊による構成は、キュリール王国山中都市マニティが

非常によく似ている。同都市は黒い鎧の英雄の時代に作られたという説もあり、関連性が噂されている。

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