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第二十九話『トロッコ列車』

 大陸暦一三五八年、八月十日――

 ドワーフの隠れ道はキュリール王国建国以前、魔王ルハーラの時代に掘られたと言われている。

 当時のキュリール島はヌンカル火山の活動が活発で、北岸の細い道はたびたび溶岩の通り道となっていた。魔王に従順ではなかったドワーフ達は、マニティ山地を縦横に走る洞窟を掘り、採掘された資源を売っては金に換えていたという。魔王でさえも彼らの隠れ道を把握する事は出来ず、黒い鎧の英雄はこれを利用して魔王の居城を奇襲したという。


「ここは……」

「隠れ道で運行されている、トロッコ列車の発着駅だ」


 照明のおかげで、思ったよりも明るい隠れ道を少し歩いた先に広がっていたのは、三本の線路と留められているトロッコ列車、そしてプラットフォームだった。キュリール王国に鉄道が通っているのは主に島の西半分で、東側にはニプモスに貨物線を主目的とした路線が通っているだけだった。つまり、リンダは鉄道に馴染みがない。見慣れない光景に、面食らっているようだった。


「すげぇ、本物の鉄道だ!」

「君は初めてかい」

「あぁ、俺達の時代では鉄道は既に廃れていて、復刻も難儀してる。歴史の教科書でしか見た事なかったんだ……」


 興奮するカーンに、今度はドワーフ達が面食らった。エリックがサイクスを交えて簡単に説明する。時間を超えるという現象は稀に見られるが、六五〇年もの未来から来た人間など、初めての存在であった。


「しかし、この鉄道の動力は何だ? こんな山の中を延々と突っ切るのなら、石炭なんか使ってたら煤で真っ黒だし、まだ電気はそこまで普及してないはずだ」


 カーンはトロッコ列車の動力車を眺めていた。全体的なシルエットはメーシア大陸製に広く普及している型の蒸気機関車とよく似ているが、炭水車が接続されていない。つまり、この列車は石炭以外の燃料で動いている。また、電気式の機関車が普及するのは、カーンの記憶が正しければもう少し後の時代だ。


「こいつの動力源は魔晶石だな。魔法文明時代の末期、魔法エネルギーを回転動力に変換する技術が開発されて、その安定化と汎用化に蒸気機関が広く用いられた。皮肉にも、それが魔法の時代を終わらせたんだ」

「魔法で動くエンジンって事か」

「あぁ。蒸気機関が文明の主流を魔法から奪った大きな要因は、その技術の汎用化だ。魔法使いや魔術の素養のある者から、誰でも使える技術になったんだ」


 ほとんど二人の世界に入り浸っているエリックとカーンを尻目に、リンダとサイクスは呆然と立ち尽くしていた。ドワーフへの諸々の手続きは、ティットルとソキュラが引き受けている。


「サイクス、この道についてどのくらい覚えてる?」

「少なくとも、こんなに広くも明るくもなかった事だけは確かだ」

「そうだよね……私も、鉄道に乗るのは初めてだし、なんか緊張しちゃう」


 未知との遭遇に対する気持ちは、高揚感よりも不安感の方が大きかった。とは言え、ツアンカに抜けるにはこのドワーフの隠れ道を抜けるほかない。外の道路は封鎖されているか、渋滞で身動きが取れないかのどちらかだった。しばらくして、乗車に関する手続きを終えたティットル達が戻って来た。エリックとカーンはしばらく話し込んでいたが、リンダに耳を引っ張られて連れ戻された。


「次の発車は半刻後の予定だ。フィズの事もあるから、もう乗って欲しいとの事だ」

「フィズは貨物車、僕達は客車になりますね、行きましょう」

「分かったわ、フィズは私が繋いでおくから、案内して」


 フィズの手綱を引いたリンダが、駅員のドワーフに連れられて貨物車に向かう。残りはティットルに続いて客車へと入っていった。発車が近付くにつれ、どこからとも無くドワーフやゴブリンの作業者がやって来る。カーンが身構えたが、ゴブリンは本当に同行する者によって性質が変わる。見た目は似ないが、彼らも妖精の亜種なのだ。オルウークと共に魔族に並べられていたのは、昔の話だ。


「トロッコって聞いてたけど、ちゃんと窓や天井があるのね」

「人を石炭みたいに運ぶわけにはいかないのよ」


 フィズを貨物車に繋ぎ、客車に入って来たリンダが言った。とはいえ、トンネル内での事故に備えて丈夫に作られた客車は無骨な作りになっており、窓と天井のあるトロッコと言っても差し支えなかった。車内は僅かな空席を残して埋まり、発車のベルが鳴った。列車が一際大きく揺れ、ゆっくりと動き出す。魔力エンジンの回転が複数の歯車やトランスミッションを通じて軸に伝わり、膨大な質量を動かす力になっているのだ。


「すごい……これが鉄道なのね」

「この、等間隔で来る細かな揺れは何だ?」

「そいつは線路の繋ぎ目だな」

「ふむ、路面の敷石に馬車の車輪が当たるようなものか」


 リンダ達にとって、鉄道は初めての経験だった。カーンも知識として知っているだけで、実際に乗った事はなかった。ティットルとソキュラは殊の外落ち着いている、ように見えた。ソキュラは本当に大人しくしているだけだったが、ティットルは目を閉じて口元を高速で動かし、細かく言葉を刻んでいる。竜か妖精の言葉で呪文のようなものを早口で呟いていたのだ。


「ティットル、もしかして乗り物苦手?」

「そんなことはない」


 不気味なほど滑らかな早口が返って来た。そういえば、バスに乗っていた時も無言であった。人よりゼロ一つ違うほどの寿命を有する竜と言えど、苦手なものはあるようだった。

 しばらくして、一人のドワーフが荷物袋の中からギターを取り出した。それを見た他の者がベースを、ゴブリンが片手持ちのラッパを取り出す。さらに複数のドワーフや亜人達が喉に手を当て、発生練習まで始めた。


「何だ? いきなり楽器が出てきたぞ」

「ドワーフは音楽好きな妖精だからな。あれほどの準備が出来るという事は、この列車は結構な時間、暇になるようだな」

「一体どこまで行くんだよ……」

「路線図によると、マニティ山地のど真ん中みたいだね」


 カーンが訝しげにドワーフ達を見た。彼の時代の時間と距離の感覚からすれば、楽器を取り出してちょっとした音楽会を開ける程度の時間があれば、大陸一つまたぐ可能性さえあった。メーシア大陸の東端からヤノミ大陸の西端まで航行する極超音速旅客機が、見上げた空の遥か彼方を突き抜けるように飛ぶ姿も、既に失われて久しかった。知識で分かっていても、微妙な感覚は体験してみないと分からない。


「ドワーフが音楽好きって聞くと、グリンクパースのあのお店の女将さんも色々と持ってたよね」

「そういえばそうですね。真新しい、不思議な機械の箱も置いてありましたし」

「ジュークボックスね。あれにレコードを何枚も入れて、お金を入れて自動で音楽を流して貰うのよ」


 リンダとソキュラが話しているうちに、ドワーフ達のチューニングが終わったようだった。ギターの音に合わせて語るように歌い始める。古い歌、ドワーフの英雄を讃える歌であった。


 マニティ 誇り高き我らの王

 マニティ 誉れ高きドワーフの戦士

 (まなこ)は太陽 声は雷 振るう(かいな)は嵐を呼ぶ


「マニティって、この山の名前よね。ドワーフの古い王様から取ったのかしら」

「一説には、そう聞いています。でも、詳しい事はオーヴェル様にも分からないそうで」

「そうなの。でも、楽しそうね」


 仕事帰りである事さえ忘れさせそうな、威勢のいい歌声が客車に響き渡る。客車は三輌だが、どこも大して変わりなく、陽気な歌声と楽器の音色、パイプから漂う香り付きの紫煙に包まれていた。カーンとエリックは互いの知識の風呂敷を広げる形で話し込み、サイクスは快癒の術式でティットルの酔いを軽減している。リンダとソキュラは音楽会とも宴会ともつかない光景をなにとなく眺めていた。


「おや、人間や竜が乗ってくるとは、珍しい事もあるもんだ」

「そうなの?」

「あぁ。隠れ道の入り口から駅くらいまでなら、人間の荷車も入ってくるがね、この列車に乗る者はおらんよ」


 年季の入った口調のドワーフが話しかけて来た。リンダは思わず肌を見る。髪も髭も長く、煤けた灰白色なので年齢の見分けが付かず、顔の皺で判断するしかなかったためだ。灼けた赤銅色の肌と、目元から鼻筋にかけて刻まれた皺の数と深さから、おおよそ五十代の見た目と判断する。実際の年齢を推し量る事は出来ないが、少なくとも、この中年ドワーフを何と呼んでいいかは分かった。


「お爺さん、ドワーフはいつもこうやって歌ったりしているの?」

「誰が来ているかにもよるが、大体はこんな感じだな。お嬢ちゃんも加わるかね」

「そうね、やってみようかな」


 少しの沈黙を置いて、リンダは歌の輪の中へと入っていった。彼女に考えがないわけではない。兎の耳を思わせるリボンに軽く手を添える。その背を見送るソキュラの目付きが鋭くなった。大男達の胴間声が奏でる歌声の中に、人間の娘による、しなやかで愛らしさを帯びた声が混ざる。


「ほう、あのお嬢ちゃん、ドワーフの歌を知っているのか」

「え、えぇ。興味はあったみたいです」


 中年ドワーフの感心に、ソキュラが相槌を打った。もちろん、リンダがドワーフの歌を知っているはずがない。カリエが話していた件の能力で、付近のドワーフの歌を真似ているのだ。それでいて、リンダの意識は保たれている。訓練したわけではない。妖精の郷にてタニアから制御の手段を伝授されたのだ。


「タニア様がリンダさんのリボンに仕込んだ術式陣と、あのエルフの装束……綱渡りだよ、これは」


 タンバリンのリズムに合わせて踊る――踊りはリンダの自前である――姿を遠巻きに眺めながら、ソキュラは彼女の能力の不確かさに一抹の不安感を覚えながらも、魔王の配下に危険視されるほどの可能性を信じるしかないこの状況の危うさを、ひしひしと感じていた。



 列車は一刻ほどトンネルを走り、終着駅に辿り着いた。山塞都市マニティの中央駅である。


「路線図によると、この中央駅からジョーギン、ツアンカ、アーカルの各方面に列車が出ているようだね。しかし……」


 エリックが一行を見渡すと、まともに動けるのは半分だった。サイクスは術式の使い過ぎで疲れ、ティットルは乗り物酔いがひどく、リンダはドワーフの歌を真似て踊りまで交えて付き合ったため、疲れ果てている。


「これは、今夜の宿を探す方が先だね」

「そうだな。家畜も一緒に泊まれる宿がいる」


 リンダに肩を貸したカーンが返した。ティットルはフィズに乗せられ、その分の荷物をソキュラが背負っている。サイクスは立って歩けるが、それが精一杯といった風情であった。エリックは駅前に掲示された周辺地図で宿を探す。幸い、作業者の多い交通の要衝という事もあって、宿の類は少なくなかった。しかし、数が多いだけに、自分達に合った宿を探すのは逆に難儀する。


「おや、さっきの人間のお嬢ちゃんじゃないか、随分とお疲れのようだね」

「先ほどのお爺さんですね」


 声を掛けてきたのは、列車の中でリンダとソキュラに話し掛けてきた中年ドワーフだった。咥えパイプから煙をぷかぷかさせながら、カーンの肩に体を預けるリンダの姿を見ている。


「どうだい、大人数でも泊まれる宿を知ってるんだ」


 エリックとカーンが目を見合わせる。信用し切れるわけではないが、状況が状況なので乗らないわけにはいかなかった。

ドワーフのトロッコ列車

島北西部のマニティ山地の中に通ったトンネル、ドワーフの隠れ道に敷設された鉄道網は、キュリール王国の重要なインフラの一つである。

中央駅から北西のツアンカ方面、西のアーカル方面、中央のジョーギン方面に伸びた路線は、多くのドワーフやゴブリン、亜人に利用される。

線路が敷設されたのは大陸暦一〇〇〇年代とされており、蒸気機関車の導入も検討されたが、煙や煤の問題を解消出来ないとされ、魔力エンジン車が開発された。

魔力エンジン車は魔晶石を燃料とし、歯車の回転とトランスミッションによって駆動するため、機関車というより自動車に近い。

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