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第二十八話『ドワーフの隠れ道』

 大陸暦一三五八年、八月十日――

 港湾都市ニプモスの襲撃事件以降、キュリール王国全域に厳戒体制が敷かれ、夜間の外出は自粛から原則禁止と強まる一方だった。それは大都市だけではなく、地方の町村も同様で、南東部のエール村もまた例外ではなかった。


「半月に渡る村の警備、ご苦労だった」


 エール村役場、最奥の執務室でデスクに就くのは、村長のグレッグ・エールだった。若い頃はマークスと共に名を馳せたと豪語するが、大抵が酒の席での話のため、真に受ける人は少ない。とはいえ、村一つを束ねる長としては充分過ぎる資質を示している。今回の一件も、早くから傭兵による村の警備を依頼していた。


「いや、村に大事がなくて良かった。しかし、本当に良いのか?」

「あぁ。これはお前達に頼んでやってもらった事じゃない。エール村の長として、レイアッド夫妻に依頼した仕事だ」


 デスクの上には金一封が置かれており、その中身は半月分の報酬四〇〇〇ヒネリオだった。一般的な会社員の月収が概ね三五〇〇ヒネリオなので、二人とはいえ半月でこの額は決して少なくない。もっとも、レイアッド夫妻の実績と実力、依頼の内容を鑑みれば、妥当とも多くないとも取れた。


「そういう事なら、ありがたく頂戴するわ」

「話が早くて助かる」


 ゴードンが複雑な表情でマリーを横目で見るも、彼女はいつもと変わらぬ仕草で報酬を受け取った。それが、仕事の依頼者に対する礼儀であり、報酬を受け取るべき対価としての仕事の完了を意味していた。こういう時、侠気や義理を挟みがちなゴードンに対して、マリーはひどくさっぱりと話を進める。


「ところで、これからどうするんだ?」

「ニプモスに行く事を考えている。昨今の状況から考えると、一仕事出来そうなんでな」

「なるほどな。それならこいつを持って行くといい」


 グレッグはデスクの引き出しから一枚の紙を取り出すと、村長の印を押して差し出した。ゴードンが手に取り、マリーが覗き込む。書かれていたのは、国認定の斡旋書だった。災害や戦争などの有事の際、正規の軍人や救助隊員でない人間に、一時的に同等の権限を各自治体の長の一存で与えるという書類である。あらかじめゴードンとマリーの名前が記載されており、いつでも出せるようにしていたのだ。


「こいつを、俺達のために?」

「あぁ。この書類の効果は絶大だ。こいつがあれば、今回の一件が終わるまで、お前達は正規兵と同じレベルの待遇で迎えられ、同等の存在として扱われる。その代わり、責任も重大だぞ」

「分かっている」


 ゴードンは斡旋書を受け取った。言ってしまえば、誰にでも軍人並の権限を与えてしまう力がある。それだけに、発行する側の責任は大きい。過去に、災害時にこの斡旋書で救助隊員と同等の権限を得た者が、被災地で盗みを働き、斡旋した町長ともども刑に処されたという記録も残っている。


「何から何までありがとう、村長さん」

「ゴードン、マリー。これだけは約束してくれ」

「何だ?」

「生きて帰って来てくれ」


 グレッグの頼みに、二人とも答えなかった。声に出さず、頷きもせず、ただ黙って帽子のつばを摘まんで目線を隠すように下ろす。そして、踵を返してジャケットをひるがえし、執務室を後にした。傭兵という職業柄、命の安全は約束出来ない。努力はするが、何かあっても恨まないでくれという意思表示であった。グレッグも、そんな二人をよく知っているので、深追いはしなかった。



「……で、出発は明朝か」

「あぁ。バスも通ってないだろうし、歩きになるだろうがな」


 その日の夕暮れ前、ゴードンとマリーはマークスの店にいた。民間人の夜間外出が禁止になる以上、夜の席で盛り上がる酒場は大きな打撃を受けていた。マークスの店は昼のランチと夕暮れまでの酒場を一本化させ、少しでも客足を確保していたのだ。リンダが抜けた穴は、シルビアが埋めている。


「道の状況にもよるけど、あたしがニプモスまで送ろうか?」

「遠慮するわ。あなたの運転おっかないし。それに、本当はまだ安静にしてるんでしょ?」

「本当はね。でも、ウチの店はなんだかんだでお客さん入るし、リンダちゃんもいないし……」


 シルビアはそこまで言って、ウィノアに呼ばれて駆け去ってゆく。店はそれなりに繁盛しており、シルビアも相応に動き回っている。リンダならばもう少し手際が良かった――マリーはそんな事を思い出しながら、半月近く会っていないリンダ達の身を案じていた。



 同時刻――

 ドワーフの隠れ道は、キュリール島北西部一帯を占める、マニティ山地に掘られた坑道で、かつては黒い鎧の英雄がこの隠れ道を抜けて魔王の居城に迫ったという。


「中央側の入口が、こんな事になっているとはな」

「キュリール王国建国前は、ジョーギンから北海岸に抜ける道は無かったからね。このトンネルが掘られたのは、今から二百年前と言われているよ」


 見慣れない光景に驚くサイクスに、エリックが説明する。かつてツアンカからグリンクパースに通じる北海岸沿いの道は細く、中央にも抜けられなかった事から人通りの少ない寂れた地が多かった。そこへ、ローディン岬から川沿いに南下すると、山による隔たりが短くなる場所が発見された。


「私が幼い頃、ちょっとした騒ぎになっていたな。ドワーフの隠れ道からトンネルを通じて岬に出て、そこから歩いてきたというドワーフが森に来て、オーヴェル様が目を丸くしていたそうだ」


 ティットルが当時の話を付け加える。人間からすれば歴史の一頁だが、彼女からすれば遠い日の思い出である。


「しかし、バスの混みようが酷かったな……」

「今は各地からジョーギンに避難する人でごった返してるからね」


 カーンが首を回して肩を揉む。背筋を伸ばしながらリンダが答えた。グリンクパースからジョーギン行きの路線バスが残っていたまでは良かったが、ローディン岬のバス停で状況が変わった。ツアンカから逃れてきた住民が一斉に乗り込んできて、バスが道路に沈むかと思われるほどの定員オーバーに見舞われたのだ。それから少し進み、トンネルを越えた辺りで降りた。


「でも、フィズにも楽をさせてあげられたし、良いんじゃないかな」

「なんか疲れた顔してるが、本当に楽だったのか分からんな」


 楽天的な笑顔を見せるリンダを横目に、カーンがフィズを撫でながらぼやく。路線バスと共に運行されていた大型貨物用のトラックの荷台にフィズを載せ、運んで来たのだ。相応の金は要したが、先日稼いだ分で十分に賄えた。それよりも、大きな収穫があったため、決して無駄ではなかった。


「フィズが元いた牧場が、アーカルの方だと分かったのは大きかったな」

「ツアンカから南下すればアーカルに着く。恐らく、我々の行く先になるだろう」


 どこから逃げて来たかも分からなかったフィズが、本来の居場所に帰れる可能性が高まったのだ。荷物持ちとして優秀なニダモアではあるが、牧場で飼われていた以上、連れ回すわけにもいかない。リンダ達に懐いているが、元々ニダモアは馬のように人懐っこく、犬のように従順とされる大型鳥類である。飼い主の元に戻れば、また落ち着くだろうというのが一行の見解だった。


「さて、だいぶ体もほぐれた事だし、行くか。ティットル、案内を頼む」

「了解した」


 サイクスに促され、ティットルが前に立つ。相変わらず、リンダとソキュラ以外には無機質というか、事務的な言葉しか返さなかった。仲が悪いというより、異性慣れしていないと言った方が正しい。そのため、緊張をほぐす意味でも、リンダが並んで歩いていた。


「このペースなら、日暮れ前にはドワーフの隠れ道ね」

「ドワーフの隠れ道って、どんな所なの? 昔話に聞くような、薄暗くてすごく長い洞窟のようなもの?」

「そうだな、私が子供の頃まではそんな感じだったわ。ドワーフが掘っただけの、単なる長い穴。でも、それを変えたのがゴブリン達よ。ゴブリンはオルウークの小間使いにされがちだけど、ちゃんと能力を見てやれば立派な山師や工夫(こうふ)になる。中には商売の上手いゴブリンもいるからね。退屈しないはずよ」

「へぇ、面白そう」


 リンダとティットルが並んで談笑しながら歩く。仲の良い姉妹や友人に見える二人だが、種族の壁は果てしなく高い。少し後ろを歩くソキュラは、ティットルが相槌のたびに表情が陰る瞬間を見逃さなかった。

 山の日暮れは早い。海沿いならば夕焼けが水面を輝かせる光景が映えるのだろうが、山の合間では影となった峰々の向こうに、オレンジ色を溶かし込んだような空に、夜の帳の色が滲む。そして、夏でも山の夜は海のそれより冷える。


「ねぇティットル、日が暮れちゃったんだけど、まだ?」

「そろそろだけど……あった、あの看板だ」


 日暮れ前には着けると言ったティットルに対し、リンダが口を尖らせる。既に辺りは山道の冷涼な空気に包まれており、夏とは思えないほどの肌寒さを感じるほどだった。ちょうどその時、ティットルが道路脇の看板を指差した。照明付きの大きな看板に大きな字で、ドワーフの隠れ道と記されている。


「隠れてないけど」

「隠れ道というのは、昔の名前がそのまま使われているからよ」


 看板の矢印を目で追った先には、二階建てバスがそのまま入りそうなほどの高さの門扉があり、入り口は堅く閉ざされていた。リンダ達が門扉に近寄ると、その脇の詰め所から数名の男達が、のそりとした動作で現れた。一様に金具で縁取られた制帽に、髪とも髭とも付かない毛に覆われた顔はどれも年寄りに見える。眼光は手にした大斧の刃と同様に鋭く、得物は屈強な肉体に負けない存在感を放っている。


「何者だ」

「人間に竜に……黒い鎧?」


 ドワーフはエルフと同様、魂の宿る定命の肉体を持つ妖精の亜種で、その技術力は群を抜いている。単なる大斧と思っていた得物は、斧頭の軸に小銃のような仕掛けが施されていた。制服は制帽と同様に、重さを帯びた金具で補強されており、要所要所を守る鎧のような板金は、並大抵の事では壊れない強度を有する。


「我が祖父、風の竜王ミュルコ・モースの書簡です」

「なに、妖精の郷から来たのか」

「というか、お前はティットルじゃないか。暗くて分からなかったよ」


 二人のドワーフのうち、片方は見た目以上に若い声だった。髭と筋肉、岩のように硬い肌から、実際よりも老けて見えるのかもしれない。リンダがそんな事を考えてる間に、二人は詰め所に戻り、しばらくして戻ってきた。書簡の読み合わせや捺印の確認をしていたようだった。


「なるほど、火急の用でツアンカに、か」

「今は幹線道路も交通機関もほとんど麻痺に近い。この隠れ道を使わせてやるのが良いだろうな」


 ドワーフ達は書簡を受け取ると、リンダ達に付いてくるように言った。門扉は開けず、脇の詰め所を通って隠れ道の中に入る。どうやら、門扉は開け放つタイミングが別にあるらしい。かくして、リンダ達一行はドワーフの隠れ道に入り込んだのだった。

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