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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界トラック今夜零時発 秋葉原万世橋から

作者: 松島 雄二郎

 馬喰町駅から電車で30分の帰宅路とはいえ細々と用事を済ませるともう深夜の零時になっていた。会社を出たのが22時のはずなのにおかしい。腕時計が間違っているのか?


「いや、間違えたのは人生かもな」


 30代後半で平社員。週休二日のはずなのになぜか休みが必ず一日つぶれる会社で、月給27万でこきつかわれている。リクルートを夢見た事もあるが働きながら転職先を探せるほど器用じゃない。時間もない。

 とある高名な経営者は時間は作るものだと言っていたが彼には俺のような底辺の生活は理解できなかったのだろう。薄給で若さと体力を使いつぶされるだけの社会の歯車、それが俺だ。


 子供の頃はプロ野球選手なんて目標も掲げていた気がするが気のせいだ。負け続きの人生で、最初に俺を大した奴じゃないってわからせてくれたのは中二の時に部に入ってきた新入生の投球だ。遊びで投げてた馬鹿ピッチに才能のちがいを見せつけた新入生は瞬く間に中学のスターになり、二年の夏に肘を壊して部を去った。

 いやいやこんな話はどうでもいい。俺の人生の負けエピソード一回だ。すべてを語れば一晩では足りないし、何よりこんな話に興味のあるふりをしてくれるのはキャバ嬢だけだ。

 負け続きの俺だが居なくなっても誰も気づかないような社会の隅っこを飾る無意味な歯車に成りたかったわけじゃない。


 帰宅後はシャワーを浴びて洗濯機を回しコンビニで買ったウーロンハイと弁当を口に運ぶ。

 十時の出社まではハッピー自由時間だ。……疲れた。


 やること全部終えたらもう何もする気力がない。ベッドに転がってスマホを眺めながら寝落ちを待つ。もう五年もこんな日々が続いている。


 寝落ちまでの間はネットサーフィン……ってのはもう死語か。最近はネット小説を読んでいる。通勤中のヒマつぶしに始めたらドハマりした。金がかからない趣味だからってのも理由の一つだ。


 ブクマした小説の更新はなし。楽しみにしていた小説は書籍化からほどなく更新が途絶えた。理由は想像もつく。俺と同じで負けたんだろ。


 仕方ないので2chを専ブラで眺めていると妙なスレッドが目についた。


『異世界トラック今夜出発 零時に秋葉万世橋からPart11』


 小説のタイトルかと思ったが勢いが異常だ。56000、この勢いは書き込みの量を24時間単位で示すもので、56000ってのは1000回書き込めるスレッドを一日で56回使いつぶすという意味だ。

 まるで祭りだ。アニメ化タイトルだってここまでの勢いは出ない。


 興味本位でクリックする。



 私の名前はオケ=ツパパ

 こことはちがう世界を管理する者です。

 私の世界はいま危機に瀕しています。世界を救う勇者を募集しています。やってもよいという勇敢な方がいらっしゃいましたら、今夜零時に秋葉の万世橋にお越しください。私の世界に往くためのトラックを用意しました。



 というスレタイから続く書き込みは……


『記念パピコ』

『記念パピコ』

『大量殺人予告と聞いて』

『通報しました』

『24時間後に捕まるワニ』


 何のこっちゃかわからないな。面倒だが過去スレに移動していく。

 異世界トラック今夜出発 零時に秋葉万世橋からの最初のスレは祭りとはちがって戸惑いにみちていた。


『これ何?』

『なんだこれ?』

『クソスレ立てんな』

『⊂(^ω^)つブーン』


オケ=ツパパ『タイトルにある通りですが私の世界を救済する勇者を募るスレッドです』

『任せろ』

『お前じゃ無理だ。俺がやる』

『いやいや俺が犯る』


『管理するってあるけどスレ主さん神様なの?』

オケ=ツパパ『その通りです』


『日本語つかう神wwwww』

『こいつ神じゃねえヨ、神なら中国語つかう』

『国に帰れ』


オケ=ツパパ『日本で募集するために言語習得しました。私のちからを使えば簡単な事なのです』

『じゃあ英語で言って?』


『おい、神が黙ったぞ』

『神様をいじめた奴がいるらしいな』

『英語の使えない神様……』

『雑魚すぎる』

『悲しいなあ』


オケ=ツパパ『申し訳ありません。可能だと思ったのですができませんでした。英語難しいですね』

『まだ神様プレイするの?』

オケ=ツパパ『申し訳ありません。プレイとはどういう意味でしょうか?』


『知らないのか? 神は英語ができない』

『マジな話こんな神が管理する世界とか終わってるだろ』

『知識チートはできるな。チャンスだ、漢字読めればヒーローになれるぞ』


『異世界トラックは日本語か?』

オケ=ツパパ『異世界トラックは日本語だと思ったのですが』


『今夜零時って19日から20日になる零時でええんけ?』

オケ=ツパパ『はい、20日の零時になります』


『トラックは神様が運転すんの?』

オケ=ツパパ『いえ、こちらで雇った方に運転していただきます』


『そいつ運転するじゃん。集まった勇者をはねるの? そいつ捕まらね?』

オケ=ツパパ『彼も勇者になる事を希望してくれた方ですので私の世界に転生してもらいます』


『運転手が世界を救う勇者になるじゃん。このスレ要る?』

オケ=ツパパ『可能ならもう十人は欲しいと考えています』


『神様の世界って魔法ある?』

オケ=ツパパ『あります』


『俺ら異世界いくじゃん。言葉わからないけど大丈夫?』

オケ=ツパパ『大丈夫です。異世界言語理解というちからを用意しています』

『英語の使えない神が何を用意したって?』

『おまえら暇なんだな』


『ねーねー神様ぁ、これ殺人教唆とか幇助じゃね?』

オケ=ツパパ『この国の法律で言えばそうかもしれません』

『通報した』

『殺人予告か。馬鹿はなんで学習しない。こんなんでも逮捕されるって知らないのか?』

『神が捕まるわけないだろ』

『神なら当然ですね』



 こんな調子の問答が続いている。この頃は勢いもない。書き込みも二分くらいの間隔は空いている。

 変な奴が建てた変なスレなんてゴマンとある。これもそういうスレになるかと思いきや、この書き込みから勢いが爆発した。



『神様って男? 女?』

オケ=ツパパ『私は女です』


『女神降臨!』

『脱げよオラァ!』

『直撮り早くして。オラ風邪ひきそう』

『チート武器は要らない。女神様と冒険する』

『待てよ早まるな、アクア様かもしれないんだぞ』

『最高じゃねーか』

『何か問題があるのか?』

『俺は! 女神さまが脱ぐまで全裸を貫くからな! 早くあげろ!』



 しょうもない理由で火が点いたようだ。

 パート11まで続くスレを全部読む気にはならない。気が付けばパート16になっている。最新のスレを見れば女神さまのIPアドレスが特定されて秋葉のネカフェにいるのがバレていた。その後の書き込みはない。


 神雑魚すぎるだろ。こんなものはただの悪戯だ。変な奴が変なスレ建てて逃げただけだ。最近は悪ふざけでも警察に捕まるってのに馬鹿な事をしたもんだ。


 でも、もしも本当だったら異世界に行けるのか……

 変な夢見せるなよ。そう思いながら俺は寝付けない夜にスマホを置いた。



◆◆◆◆◆◆



 異世界トラックが出るという日、俺は定時で退社した。

 別にトラックに跳ねられようってわけじゃない。ただこの馬鹿騒ぎの結末をこの目で見届けたかっただけだ。

 仕事はまだ残っていたし明日の朝一の会議で使う資料も出来上がっちゃいなかったが、午後四時を過ぎた辺りから気持ちが落ち着かなくて仕事が手につかなかった。


 やってきた秋葉原。ここは店じまいの早い町だからこんなに人が出歩いているところを見るのは本当に久しぶりだ。気のせいかもしれないが少し混雑しすぎているような……


 今晩くらいは贅沢にいってもいいだろうと思ったが、俺がこの町で知っているのはラーメン屋と牛丼屋と駅前の王将くらいだ。学生時代はヒマはあっても金はなかった。今は金はあってもヒマがない。

 まったく負け犬らしい人生だ。常に何かしらに困っている。


 俺が最後の食事に選んだのは駅前の王将だ。餃子定食とビールを三瓶。しめて3000円にもなりはしない。


 11時半までダラダラ飲んで席を立つ。

 目指すは万世橋。歩いて三分もかからない。その間に口から出てくるのはいいわけだ。


「夢見る少年なら絵になってもおっさんじゃ格好もつかんか」

「俺はただ逮捕劇が見たいだけだ」


 いいわけが必要だった。三十を過ぎたオヤジが異世界トラックなんて馬鹿馬鹿しいものを見物に行くにはいいわけが必要だったんだ。


 しかし人が妙に多いような……

 深夜帯の秋葉原なんてゴーストタウンだ。だってのに人混みがぞろぞろと万世橋へと向けて流れている。


 万世橋の辺りには人ゴミができていた。歩行者天国でもないのに歩道に収まらなかった連中が道路まではみ出している。

 ユーチューバーのような奴が動画を撮っていたりもする。


 案外馬鹿が多いんだなって思うと笑えてきた。異世界トラックなんて馬鹿なネタを見物しに集まってきた馬鹿どもが堪らなく愛おしいね。ここに集まった連中、千人はくだるまい。まだ28分も先だってのにさらに続々増えてきている。


 ここに集まった連中みんなが社会に追い詰められ、異世界に逃げたがってると思うと最高だね。

 俺は自分の事をしょうもないおっさんだと見下げ果ててきたけど、案外そう思ってる奴も多そうだ。どうしようもない底辺暮らしだが他にもおんなじ奴がいると思えば、もう少しくらいは耐えられそうだ。


 スマホを見ればヤフーのトップニュースになっていた。名前も知らないライターの記事に舞い踊る疑念と希望。自称神は頭のイカレた殺人者か本物か。そう締めくくられた記事から目をあげれば、みんな似たような顔でスマホと道路を交互に見ている。


 警察だっている。六人の警察官が犯人を捜すような目つきでうろついてる。まぁ警察署の近くだし当然だな。


 午前零時。異世界トラックはまだ来ない。群衆からどよめきが漏れる。

「遅刻かよ」

「ビビったんじゃねえの。やっぱりデマだったんだよ」

「警察もいるしな。普通来ねえよ」

「俺仕事やめてきちゃったんだけど……」

「明日あやまりにいけよ」


 落胆とため息が漏れ出し、群衆から一人二人と離脱する者もいる。


 賢明な連中と呼んでいいかはわからないが、電車の時刻を調べだした連中もいる。


 俺もそろそろ帰ろう。そう思いながらも最後の未練が2chの専ブラを立ち上げた。

 ものすごい勢いの罵倒で流れていく異世界トラックスレに神の書き込みがあった。


『勇者に名乗りをあげる方は車道に出てください。チャンスはこの一回きりです』

「マジかよ……」


 スマホから目をあげる。群衆の中には書き込みに気づいた奴もいた。俺と同じ疑いと希望を秘めた顔つきで同じ者がいないかと探している。……最後の希望を見つけた顔だ。


 ハイビームで主張する軽トラが猛然と唸り声をあげてやってくる。殺意に溢れたエンジン音を発しながら明神通りを曲がり、万世橋めがけて走り抜けてくる。


 群衆から車道に出ていく奴らがいる。チャンスは一度きりだ。これを逃せばもう終わりだ。

 もう終わりだ。俺は、これまでと同じ日々になんか耐えられないから……


 俺も―――異世界へ――――


「あんた何してんだ! 死ぬぞ!」


 車道へと出ようとした俺に警察官がタックルをかましてきた。俺はその場で倒れこみ、異世界トラックが六人の男女を跳ね飛ばしていく光景をアスファルトに転がりながら見ている事しかできなかった。


「俺も……」


 血しぶきが舞う。人体が転がっていく重い音がする。


「俺も異世界に…連れて行ってくれよぉおおおおおお!」


 異世界トラックが走り去っていく。

 俺は大勢の悲鳴の中に、この息苦しい社会に残された。



◇◇◇◇◇◇



 20日の朝のニュース番組はどこもあのニュースを取り上げている。


 異世界トラックの犯人が逮捕されたニュースだ。犯人は小林健太、27才の自称会社員。掲示板サイトに自称神を名乗って犯行声明を出した容疑を大筋で認めているようだ。


 コメンテーターとテレビキャスターがあれやこれやと犯人の犯行動機に迫るふりをして視聴率の取れそうなあおり方をしている。


 いい年こいて警察から事情聴取された挙句ついさっき解放されて家に戻ってきた俺は、何とも言えない顔つきでテレビを消した。会社は仮病こいて休んだ。熱があるって言ったら一発だった。

 異世界トラックなんてあるわけがない。あるわけがなかったんだ。


 どうやら俺の底辺暮らしはまだ続くようだ。とりあえず40度の熱があるから有休を五日ほど取ったから、まずは転職サイト探しから始めようと思う。



◇◇◇◇◇◇



 無明の闇の中で六人の青白い男女が座り込んでいる。頭を抱え込む者、声なき声で嘆く者、どうしてあんな変な話を信じてしまったのかと後悔に暮れている。

 幽霊のような存在になり果てた彼らは冥界のような闇の中で、ただ悲嘆に暮れるしかなかった。


 そこに、輝く光が飛び込んできた。

 奇天烈な衣装をまとった、青く輝く乙女が彼らの頭上で笑っている。何とも無邪気で明るい笑い方なので、誰もが彼女の存在を無視できなかった。


「あはははは! 最低の死因だったね。普通あんなのに乗るかな? ボクもびっくりしたよ!」


 馬鹿にされたのに不思議と腹が立たない。

 幽霊になり果てた彼らに怒りのような強い情動がないのも理由だが、不思議と、ブルーライトの乙女がとても尊い存在に思えたからだ。


「あなたは……」

 幽霊の内の誰かがそう尋ねた。肉声ではない思念の声なんて誰にも聞き取れるはずがないのに、乙女にはきちんと聞こえたようだ。


「ボクが誰かなんてどうでもいいと思うけどさ、少しだけ楽しませてもらったからご褒美をあげるよ」


「「???」」

「君達六人まとめてボクの世界に招待しよう! 特別さ、転生でも転移でも好きなほうを選ぶといい」


 幽霊たちはこの状況をよく理解できなかった。

 まさかヒマつぶしに2chの実況見てた異世界の女神さまが助けを差し伸べてくれているなんて、欠片も想像できなかった。


 でも直感に理由は要らない。目の前の乙女が尊き存在だと感じる心と、差し伸べられた救いの手を信じるのに理由なんて要らなかった。


 異世界トラックは偽物だったけど、彼らはこの後望み通りに異世界に行くのであった。

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