鬨の声
小学生の頃の話。
うちの地元は田舎で、当時通っていた小学校は山の上にあり、生い茂った山道や畑、獣道や竹林などがあちこちに点在する自然あふれる通学路だった。
そんな環境だから、帰宅時などは遊び場の宝庫だった。
山道の迷路や神社の秘密基地。
ふかふかの積み藁の山があれば、平均台みたいな塀もあったり。
どれもが日常の風景に中にありながらも、なくてはならないものばかりだった。
そんな中でも、いわくのある禁足地というものがあった。
「痴漢が出るから一人で通るな」という山道。
「野良犬が出たから絶対に行くな」という森。
「はまったら出られない」とされるため池。
そうした場所に行くのは子ども達の世界では完全にルール違反の犯罪であり、仮に立ち入っても、仲の良くない連中に先生へ告げ口されて怒られるのが常だった。
そんな場所の一つに「城森」があった。
「城森」は中世の古い城があった場所だ。
城とはいうが、天守閣などは無く、むしろ砦の跡地であり、小さな堀の跡が残っているだけだった。
「城森」というのも正式な名称ではなく、地元に言い伝わる通称みたいなものだ。
その「城森」は、他の禁足地とはちょっと違ういわくがある場所だった。
そのいわくとは「城森に背中を向けて入るな」というものだ。
理由はいくつかある。
砦が攻め落とされた時、砦から敗走する兵達を攻め手が背後から追撃して討ったから、敗残兵の恨みをかってしまうから。
あるいは、背を向けると砦の主に対して不敬であるため。
地元の古老はそれぞれに口にしていた。
正直、真偽の程は定かではない。
しかし、何にせよ「城森」はあまり立ち入るべき場所ではなかった。
だが、ある夏の日。
お寺の境内にある広場で遊んでいた時のことだ。
お寺の裏山にある山道から、4~5人の男の子達が物凄い勢いで駆け下りて来たことがあった。
それを見て驚いた私達は、息を切らせる男の子達に、どうして慌てているのか事情を聞いた。
すると、驚くべき答えが返ってきた。
その男の子達は、カブトムシを捕るために「城森」にまで遠征したという。
あまつさえ、かくれんぼまでしたというではないか。
呆れ果てた私達に、その男の子達は自慢することも無く、ただ震えていた。
さらに理由を尋ねると、男の子達は顔に恐怖を張り付かせたまま、おずおずと語り出した。
わんぱくだった彼ら一団はカブトムシが来るという木を物色した後、度胸試しを兼ねてかくれんぼをを始めた。
しかし、聞いてみると実際はかくれんぼというよりはチキンレースに近かった。
ルールはこうだ。
各々別々のルートを通り(と言っても、城森は獣道しかなかったが)、森の深奥部を目指す。
そして、誰が一番森の奥に入っていけるかという内容だった。
恐怖に耐えかねて、一番先に引き返した者が負け、というわけだ。
そうした下らない度胸試しが始まった。
全員が一斉に異なるルートを歩き始め、程なくすると全員の姿が見えなくなる。
そんな中、全員の姿が見えなくなると、皆、途端に心細くなった。
そうして一人、二人と引き返し始め、森の入り口まで戻ってきた。
やがて、最後の一人が戻って来たときである。
最も度胸ある者として、称賛されることを予想して凱旋してきたその男の子は、仲間の異変に気付いた。
全員が驚いた顔をして、我先に逃げ出したのだ。
怪訝に思っていると、森の奥から
ワアアアアアアアアアアアアアッ!
…と物凄い声がしたという。
さすがに驚いたその子も、背後を振り向くことなく仲間の後に続いた。
そうして、杜から離れ、全員が一息ついた時、その子は仲間たちに問い質したという。
すると、仲間たちは恐怖に震えながら言った。
「お前が城森から出て来る時、森の奥から何人もの落ち武者が歩いて来ていた」
思うに。
最後に森から出た男の子が耳にした声は、合戦の鬨の声だったのではないだろうか。
そして、落ち武者たちはそれを背中に受けつつ、決死の敗走をしたのだろう。
ちょうど、森から出て来た男の子たちのように…
ちなみにこの「城森」は、昔の姿をいまなお残し、現存している。