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プロローグ 『観賞と干渉』

――地球時間0.02秒の長考。

――全知全能、故に自決しその身を世界と成す。

――よって開闢されしこの空間を、観測者たちは『神の夢』と呼称した。

 全てが曖昧だった。

 立っているのか倒れているのか。浮かんでいるのか沈んでいるのか。

 探る手もなければ、そもそも視界が奪われていた。眼球そのものを失ったわけではない。一片の影すら存在を許されない圧倒的な白光が辺りを満たしていた。


「こんにちは」


 鈴の音のような声が聞こえた。その瞬間、俺は耳を取り戻した。

 声の主を探すために視界は開け、見回すための四肢はその輪郭を鮮明にしていく。


 声の主は見当たらないが、俺は挨拶を返した。

 震わせた声帯から自分が若返っていることに気付く。姿を確認したいとの願いは足元に波紋を広げ、自身の姿が水鏡となって映し出された。この容姿は恐らく中学生くらいの頃だっただろうか。


 ふと背後に気配を感じるとともに、後ろから広がる波紋が俺の波紋と交わった。

 振り返った俺は、また身体の輪郭を失いそうになる。そのくらいの衝撃を受けるほどに、邂逅した少女は美しかった。


 目を合わせれば吸い込まれそうな魅惑を携えた藤色の瞳。白く透明な肌、通った鼻筋、艶めく唇。まるで寸分の狂いなく造形された芸術作品のようだ。腰ほどに伸びた白髪には瞳と同じ藤色がハイライトで入れられており、菫色と撫子色を織り交ぜたフリルの髪飾りがよく映えている。その身を包む白のチュールワンピースは、少女の魅力をより一層引き立てていた。


 そう、それは天使だった。まるで、ではない。紛れもない天使だ。

 神仏や霊的存在、地球外知的生命体。死後の世界や異世界、並行世界、時間旅行。もちろん超能力や霊能力も。そういった類である超常現象の一切合切を全く信じていない俺が、天使の存在を認めざるを得なかった。


「こっちに来て。お散歩しながら少しお話ししよう」


 俺も話がしたいと思った。彼女に向けて歩を進めることで肯定を示す。


「私の名前はファーファ。あなたは?」


 先程まで忘れていた自分の名前を思い出しながら自己紹介に応じる。


「素敵なお名前だね。ねえねえ、私はね、人間が大好きなの」


 だからあなたたちと同じ姿形をしているんだよ、と続けながら、『ファーファ』と名乗った少女はくるくると回ってみせる。


()()に秀でたあなたにお願いしたいことがあるの。ついてきて」


 ファーファがそう言うや否や、無数の黒が白の世界を侵食していく。

 黒は大小さまざまだったが、どれも一様に球体だった。黒い球体の中には、白く光る点や線、その集合体が楕円や渦巻といった形を成したものが幾つか確認できた。これには既視感がある。……ああ、そうか。この黒い球は()()そのものだ。




「私が人間のどこに惹かれたのか分かる?」


 その問いの答えと同様に、前を歩くファーファの表情は判らない。


「宇宙の設計上、万物全てにその存在価値があるけれど、人間だけがその理から外れているの。その存在には価値もなく意味も持ち合わせていない、宇宙で唯一不要な偶然の産物。むしろ、あなたたちの善悪という概念を借りるなら、人間は無意味で無価値どころか宇宙悪とも取れた。文明の度合いに関係なく、その存在自体が世界構築の妨げとなり害となる。ひとつの宇宙に生まれるか生まれないかの豊かな奇跡の星への寄生的濫用を改め、共生しようとしててもね」


 彼女は突然歩みを止めて振り返り、その表情は慈愛に満ちていた。淡々と伝えられる内容と、ファーファの表情は噛み合っていない。

 人間の存在は、同じ星に生息する動植物、いや、星そのものにとってただの害悪に過ぎない点では、俺もファーファと同意見だった。

 でもね、とファーファは続ける。


「…………ふふっ、やっぱり内緒」


 そう告げるとファーファは進行方向に向き直り、再び表情を隠して進み始めた。




「着いたよ」


 ファーファは目的地としていた場所に浮遊する宇宙を指し示す。

 道中、総じて黒い球体である宇宙とは対照的に、唯一白く輝く球体を発見しファーファに詳細を尋ねたが、「あれは()()()だから気にしなくていいよ」と、それ以上の説明はしてもらえなかった。


「お願いって言うのはね、()()()()()ほしいの。さあ、左手を出して」


 言われるがまま差し出した俺の左手の人差し指に、ファーファは指輪を填めさせた。


「これはヘイロー。原材料は『ヒヒイロカネ』を使用していて、絶対に外れないから無理して指を引きちぎらないようにね。その代わり、強度と硬度については保障するよ」


 『ヘイロー』と名付けられた指輪は赤く輝いており、太陽のように揺らめいているかの如く錯覚させる。


「ヘイローには森羅万象を司る『アカシックレコード』が内蔵されていて、あなたが習得している第一言語でお話しできるように言語処理が働くから安心して。限定的な検索機能の使用権限も付与しておいたからね」


 ここからが本題と言わんばかりに、ファーファは一呼吸置いた。


「ちょっとだけ難しい話になるんだけど、大事なことだからよく聞いてね。あらゆる万物に等しさを齎すため、宇宙創造の際には()()を礎とするの。その神話の下、至高至平で自由が約束されるんだよ。例えば、あなたの居た宇宙の神話は()()、目の前にある宇宙の神話は()()、と言った具合にね。その指輪には持ち主の神話を高める機能もあって、異なる神話を否定することができるから上手く活用してね」


 隣に並び立ったファーファは、俺の背中に手を添えて黒球に近付くよう促す。

 間近で見る宇宙はどこまでも闇深く、それだけで畏怖の対象となり得た。


「最後に、これが一番大事なことなんだけど」


 ファーファは妖艶と無邪気を織り交ぜた微笑みを浮かべ、不意に俺の背中を押した。


「今話したことは全て忘れちゃうから気を付けてね」


 俺の身体は抗う間もなく、宇宙の深淵に塗り潰されていく。






「……今度こそ私を失望させないでね」


 誰に聞かせるでもないファーファの独り言のような呟きを、既に宇宙に呑まれた俺は知る由もなかった。

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