第50話 追跡禁止の意味
ギルドに戻ると、ベガさんが待っていた。
いつもの落ち着いた顔。
でも目が、俺たちの装備を一瞬だけ確認した。
「報告を聞こう」
小部屋に通された。
護衛リーダーが手早く話す。
針。
袋。
紋章。
靴跡。
白い影。
二人いたこと。
ベガさんは黙って聞いた。
最後まで聞いてから、一言だけ言った。
「見せ役がいたか」
「ダンさんが気づいた」
「さすがだな」
ダンおじさんが「ほっほっほ」と笑う。
褒められても胡散臭い。
ベガさんが袋と針を手元に引き寄せた。
「これはレオンへ。今日中に結果が欲しい」
ノアさんが手を挙げた。
「俺が持っていきます。鑑定も頼めますか。紋章の写しも」
「頼め」
ノアさんが足早に出て行く。
ああいう時だけ早い。
ベガさんが俺を見た。
「首輪の反応は」
「三、四、七。冷えが二回。境界で途切れる感じがしました」
「冷えが出たか」
「熱とは別の感覚でした」
ベガさんが少し間を置く。
それから、静かに言った。
「追跡禁止区域のことを聞きたいか」
俺は頷いた。
「三年前、五人が入って戻らなかった。全員Bランク以上だ」
五人。
「手掛かりは」
「一つもない。入ったという記録だけがある」
「……規定になったのはそれで?」
「それが二度目だ。十五年前にも三人いる」
十五年前。
ダンおじさんが冒険者だった頃の話だ。
俺はおじさんを見た。
おじさんは静かに頷いた。
「儂の仲間が一人、入っておる」
声が、さっきより低かった。
「それが、儂が関わることにした理由の一つじゃ」
部屋が静かになった。
『……』
ジュリさんも黙っていた。
ベガさんが話を続ける。
「追跡禁止は命令じゃない。規約だ。だから今後も、境界には近づくな」
「分かっています」
「近づかなくても、向こうから来る可能性がある」
「……今日、来ましたよ」
「そうだな」
ベガさんが立ち上がった。
「今日はここまでにしよう。明日また集合する。夕方までに各自で情報を整理しておくように」
解散になった。
⸻
廊下を出ると、ノアさんが壁に寄りかかって待っていた。
「鑑定、頼んできた。夕方には結果出るって」
「早いですね」
「レオンさん、俺のこと嫌いじゃないから。多分」
「多分、のところが気になる」
「好きでもないんだろうな」
あっさりしている。
俺たちは並んで歩いた。
ギルドの廊下は長い。
ノアさんが手帳を開いたまま言う。
「今日の反応、整理した」
「どんな感じでしたか」
「熱は近距離の反応。冷えは境界越しの反応。方向性もある。精度は低いけど、慣れれば使えると思う」
「使える、ってどういう意味ですか」
「索敵だよ。首輪がそういう道具なら、使い方次第で武器になる」
武器。
「俺が目印になってる話ですよ」
「目印は双方向だよ。向こうが俺たちを見つけられるなら、俺たちも向こうを見つけられる」
ノアさんが手帳を閉じた。
「……嫌だろうけど、捨てるより使う方が得だと思って」
嫌だろうけど、という言い方が珍しかった。
いつもは自分の興味だけで動く人だ。
「……そうですね」
「無理に納得しなくていいよ。俺が言いたかっただけだから」
それだけ言って、ノアさんは別の廊下へ折れた。
⸻
外に出ると、夕方の空気だった。
ダンおじさんが横に並んだ。
「少しいいかの」
「はい」
おじさんは周りを確認してから、声を落とした。
「儂の仲間の話を、もう少しだけ」
「聞きます」
「あいつが入ったのは、儂に言わずにじゃった。翌朝、いなくなっていた」
「理由は分かってましたか」
「後で手紙が出てきた。“白い連中を追った”と書いてあった」
白い連中を追った。
「……何があったんですか」
「分からん。だから儂は今もここにいる」
おじさんは少し笑った。
「ほっほっほ」じゃない。
静かな笑い方だった。
「お兄さん、一つだけ言っておく」
「はい」
「あの境界の中には、入ったら出られなくなる何かがある。死ぬんじゃない。出られなくなる」
「違うんですか、それ」
「違う。じゃから儂の仲間は今もあの中にいると思っておる」
おじさんはそれだけ言って、路地の方へ歩いていった。
⸻
家に帰って、椅子に座った。
今日のことを順番に整理しようとしたが、うまくいかない。
紋章。
靴跡。
白い影。
二人組。
ダンおじさんの仲間。
ノアさんの「双方向」という言葉。
全部がばらばらのまま、頭の中で浮いている。
『ユーリ』
「なんですか」
『おじさんの仲間、中にいると思う?』
「……分からない」
『そうだよね』
ジュリさんはしばらく黙った。
それから、ゆっくり言った。
『あそこに入ったら、出られなくなる気がする。死ぬんじゃなくて、出られなくなる』
「ダンおじさんと同じことを言う」
『そう?』
「そう言ってた」
『……知ってるのかもしれない。私が。なんで知ってるのかは分からないけど』
また「分からない」だ。
ジュリさんは最近、分からないことが増えた。
いつもなら「当然よ」「余裕よ」と言い切るのに。
「ジュリさん」
『なに』
「無理に思い出そうとしなくていいです」
ジュリさんは何も言わなかった。
しばらくして、小さく言った。
『……ありがとう』
「珍しい」
『うるさい』
いつもの声に戻った。
でも、その「ありがとう」が引っかかっていた。
ジュリさんが素直に礼を言うのは、本当に珍しい。
それだけ、今日は何かが揺れていたんだろう。
窓の外が暗くなり始めていた。
首輪は静かだ。
熱くも冷えてもいない。
でも、たぶん明日にはまた動く。
「寝ましょう」
『賛成。今日は疲れた』
スポンジが疲れたと言う。
一か月前の俺が聞いたら、意味が分からなかっただろうな。
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