第48話 南門集合
「遅かったのぉ、お兄さん」
柱の陰から出てきたダンおじさんが、にこにこしている。
「遅くないです。集合時間ぴったりです」
「ほっほっほ」
答えになっていない。
ノアさんがダンおじさんを見て、目を細めた。
「……この人、もしかしてダンさん?」
「知ってるんですか」
「名前くらいは。十五年以上前に引退した元Aランクだよ。なんで露天商やってるんだろうって、ギルドで話題になったことある」
「ほっほっほ。人生はいろいろじゃよ」
『強化書を一万ゴールドで売りつけた人ね。』
「ジュリ、声のボリューム」
「うるさい武器精霊だね」
ノアさんが笑った。
こういう時だけテンポがいい。
ベガさんが全員を見回した。
「揃ったな。簡単に説明する」
声が変わった。
ロビーで話す時と、外で話す時とで声が違う。
外の声の方が、少し硬い。
「編成を確認する。現場判断はユーリ。分析と記録はノア。安全確保は護衛班。現場の調整はダン。以上だ」
「調整って何をするんですか、ダンおじさん」
「止め役じゃよ」
「止め役」
「やりすぎた時に止める。無茶をしそうな時に止める。儂が一番大事な仕事をする」
ノアさんがぴくっとした。
「……それ、俺向けですか」
「全員向けじゃ。ほっほっほ」
護衛班のリーダーが馬を引いてきた。
背筋が伸びていて、動きが無駄ない。
「出発します。第三里標まで馬で移動。街道左側に寄らない。合図があるまで隊列は崩さない」
きっちりしている。
声が仕事の音だ。
「ユーリさんは私と。ノアさんは副長と」
「えー。俺、ユーリと一緒の方がログ取りやすいんだけど」
「だから分ける。依存し始めたら事故る」
即答だった。
『正論。』
「正論だな」
ノアさんは渋い顔をしたが、すぐ切り替えた。
「分かった。じゃあ俺は俺で痕跡を拾う」
「拾う、って言い方が軽い」
「軽くないよ。本気で拾う」
馬に乗った。
得意ではないけど、乗れないわけでもない。
『落ちないでね。』
「落ちない」
『落ちないでね。』
「落ちないって言ってる」
南門を出ると、朝の空気が冷たかった。
まだ靄が残っている。
昨日あれだけゴブリンと戦った街道を、今度はちゃんとした編成で歩く。
「昨日倒れていた人は、意識が戻ったそうです」
護衛リーダーが言った。
「よかった」
「ユーリさんが【清掃】で毒の進行を抑えたことが大きかったと治療師が言っていました」
『私も水で飛ばしたのに。』
「褒められてるところで割り込まないで」
『褒められたい。』
「あとで褒める」
馬が街道を進む。
昨日の荷車の残骸がまだ残っていた。
木箱が散らばって、布袋が破けたまま。
誰も片付けていない。
そのままにしておく理由があるのか、それとも誰も手を付けられていないのか。
「ここが昨日の現場か」
「そうです。第三里標はもう少し先です」
進むにつれて、首輪がほんの少し熱くなった。
「……反応しました」
「どのくらい」
「三くらい」
ノアさんが手帳に何か書いた。
「方向は」
「左。森寄り」
「記録した」
ダンおじさんが馬を緩めて、街道の端を見た。
「このあたり、昔から気配がある」
「気配って、何かいますか」
「いるとは言えん。ただ、あそこより先は入るなという気持ちになる場所がある。昔から、そうじゃった」
護衛リーダーが頷いた。
「追跡禁止区域の手前です。規定で立入禁止になっています」
「何があるんですか、その先に」
リーダーは少し言葉を選んだ。
「分かっていません。だから禁止にしています」
分からないから禁止。
その言い方が逆に怖い。
首輪がまた少し熱くなった。
「四です」
「増えた」
ノアさんが手帳に書く。
そのタイミングで、ジュリさんが言った。
『……あそこ、入っちゃダメ』
振り向くと、ジュリさんがネコのまま森の方を見ていた。
目がいつもと違う。
キラキラしていない。
どこか遠くを見ている。
「ジュリさん?」
『……あ』
ジュリさんが自分で固まった。
「今、何か言いましたか」
『言ってない』
「言った」
『言ってない』
「入っちゃダメって言った」
ジュリさんは黙った。
しばらくして、小さく言った。
『……分かんない。なんか、そう思っただけ』
分かんない、という言い方が。
いつものジュリさんじゃなかった。
ノアさんが静かに手帳に書いている。
ダンおじさんがジュリさんをじっと見た。
何も言わない。
でも、何か分かっている顔だった。
「第三里標へ向かいましょう」
俺は馬を進めた。
背後で、首輪の熱がすっと引いた。
まるで境界線を踏んで、また戻ったみたいに。
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