第45話 後始末と、嫌な予感
男を連れ、街まで歩いてきた。
街の門が見えた瞬間、肩の力が少し抜けた。
門番がこちらに気づいて、顔色を変える。
「おい! どうした!」
「街道で襲撃です。人が倒れてました!毒みたいです。」
門番がすぐに笛を鳴らした。
短い音が二回。合図だ。
「中へ! 急げ!」
俺は男を支えながら門をくぐった。
街の匂いがする。人の匂い。飯の匂い。馬の匂い。
生きてる匂い。
でも今は、落ち着けない。
『ユーリ、その人、また呼吸浅くなってきたよ。』
「そうだね。」
男の体が重い。
途中で意識を取り戻しかけたのか、指が俺の服を掴んだ。
「……ぎる……ど……」
「行きます。すぐ行きます」
「……あの……ゴブ……」
それ以上は言葉にならず、また落ちた。
門番が先導してくれて、路地を曲がる。
目的地は治療所――の前で、門番が急に方向を変えた。
「治療所が混んでる。ギルドだ。あそこなら治療師がいる」
「ギルドに?」
「一刻を争う。それに毒の事件は報告も必要だ。」
確かに。
俺もギルドへ行くつもりだった。
――鑑定。
あのゴブリンライダーが言った言葉が、頭の中で反響している。
「鑑定しろ」。
『ほら来た。鑑定しろ圧。』
「まだ圧じゃない」
『このあと圧になるよ』
やめろ。
ギルドの建物が見えた。
いつもより人が多い。出入り口の前で言い合いが起きている。
「街道で襲われたって本当か!?」
「毒針だって!?」
「今朝も馬車が――」
(……もう被害が出てる?)
門番が叫ぶ。
「道を開けろ! 負傷者だ!」
人がざわっと左右に割れた。
視線が一斉に俺に刺さる。
俺じゃない。
でも、俺が抱えてるから見られる。
奥から、見慣れた人影が出てきた。
「……君か」
低い声。落ち着いた目。
ギルドマスター――ベガさん。
「ベガさん! 街道で……!」
「話はあとだ。まず運びなさい」
ベガさんの指示は速い。
俺が説明するより先に、横の職員に声をかける。
「治療室を空けて。毒の可能性が高い」
「はい!」
俺はそのまま奥へ運び込んだ。
治療室には、白い服の治療師がいて、手つきが慣れている。
「毒か。状況は?」
「街道でゴブリンに襲われて……この人は倒れてました。今は意識なし。呼吸も浅いまま」
治療師は男の瞳を開き、舌を見て、腕の皮膚を確認した。
「……毒針だな。よく生きてる。誰かが応急処置した?」
「……俺です。【清掃】で」
治療師の眉が少し動いた。
「清掃?それで毒を?」
「完全じゃないけど、少しマシになった気がします」
「気がするじゃない。脈が戻ってる。効果が出てる。」
治療師は短く言って、薬草っぽい液体を口に垂らした。
「……あとはこっちでやる。報告してこい」
「はい」
俺が部屋を出ると、ベガさんが待っていた。
「よくやった。まずは人命だ」
「……でも、まだ……」
「落ち着きなさい。君が焦っても、状況は良くならない。」
ベガさんは穏やかに言って、でも目は鋭い。
「報告を聞こう。こちらへ」
小部屋に通された。机と紙とペン。
ギルドは本当に紙が多い。
『紙が強い世界なんだよ』
「黙れ、今じゃない。」
『ひどっ』
ベガさんは椅子に座り、ペンを取った。
「街道で襲撃。敵はゴブリン。毒の可能性。ここまで合ってるかい?」
「はい。弓と短槍待ってて、あとオオカミがいました。……逃げたゴブリンライダーも」
ベガさんのペンが一瞬止まる。
「ライダー……ダンジョンで取り逃がしたのか?」
「……はい」
「責めているわけじゃない。状況を確認しているだけだ」
ベガさんはペンを動かしながら続けた。
「毒針は持っているかい?」
「あります」
俺は袋から針を出して机に置いた。
黒い滲みと、嫌な匂い。
ベガさんの目が細くなる。
「……これは、普通のゴブリンの仕事じゃないな」
「え?」
「加工が細かすぎる。毒の調合も、人間の手が入っている可能性がある」
(背後がいる)
背筋が冷たくなる。
『やば。やば。やば』
「うるさい」
ベガさんは針を別の袋に入れて封をし、机を指で叩いた。
「君は今日、ダンジョンに入ったね?」
「はい」
「そこで、何を得た?」
(来た)
俺は一瞬迷った。
でも、隠しても意味がない。
「……装備と魔石、それと、ネックレスを」
首元に手をやった瞬間、ネックレスの石が淡く光った。
ベガさんが息を小さく吐いた。
「……やはり、反応するか」
「……反応?」
「君、気づいているね。索敵のような感覚があるだろう」
「……はい。ダンジョンで一度。出口でも……」
「なら話が早い」
ベガさんはペンを置いた。
「君がそれを持っていることは、すでに“誰か”に知られている可能性が高い」
「誰かって……」
ベガさんは少しだけ黙って、言葉を選ぶ。
「ここでは言えない。だが、言えることは一つ」
ベガさんは俺をまっすぐ見た。
「――今すぐ鑑定だ。今日のうちに済ませなさい。君の安全のためだ」
『ほら圧来た』
「静かに」
そのタイミングで、扉がバンッと開いた。
「精巧な毒針!? 見せて! 見せてください!」
飛び込んできたのはノアさんだった。
目がキラキラしてる。怖い。
「ノア、その話は後だ」
ベガさんの声が低くなる。
「えぇ!? でも――」
「後だ」
「……はい」
ノアさんはすごく不満そうに引き下がった。
(このやり取り、見覚えあるな……)
ベガさんは咳払いして、話を戻した。
「街道襲撃の件は緊急依頼にする。だがそれとは別に、君の持ち物が“別の緊急”だ」
「……なんで」
「反応する装備は、面倒を呼ぶ。登録しないと、なおさらだ」
登録。
鑑定。
“鑑定しろ”の言葉が、また頭を叩く。
ベガさんは立ち上がった。
「案内する。君も疲れているだろうが、後回しにすると余計に面倒になる。 」
「……分かりました」
小部屋を出た瞬間、ロビーのざわめきが耳に入る。
掲示板の前に人だかりができて、職員が声を張り上げていた。
「――緊急依頼! 街道襲撃犯の討伐および毒針の供給源調査!」
緊急依頼。
もう公式になっている。
『始まったね……』
俺はその人だかりの端を通りながら、ふと視線を感じた。
――見られている。
柱の影。黒い外套。フード。
ネックレスが、ほんの少しだけ熱を持つ。
(……ヴァル)
俺が小さく息を吐くと、影がわずかに動いた。
「約束だ」
低い声だけが届く。
「登録しろ」
「……する」
「いい」
それだけ言って、影はまた動かなくなる。
『うわ、ほんとに監視してる……最悪』
「同意」
ベガさんが振り返った。
「今のは誰だい?」
「……知りません」
嘘だ。
でも、今ここで言っていい気がしない。
ベガさんは俺の顔をじっと見てから、短く言った。
「……後で聞く。今は鑑定だ」
俺は頷いた。
ギルドの奥へ進む。
鑑定室の扉が見える。
その前で、ネックレスが淡く光った。
まるで――
“扉の向こうに何かいる”と教えるみたいに。
(……嫌な予感しかしない)
『ユーリ、逃げないでね』
「逃げたいけど逃げない」
俺は扉に手をかけた。




