第44話 街道の影
森を離れてしばらく、俺は振り返らなかった。
振り返ったら、見えてはいけないものを見てしまう気がした。
白い何か。
そして、ヴァル。
「……早く街に着こう」
『賛成。今日はもう、ゴブリンの顔見たくない。』
「俺も」
【清掃】グライドで地面を滑る。
靴底が土を撫でる感覚が薄くて、足音が小さい。
敏捷の指輪のせいか、切り返しも軽い。
(便利……なんだけど)
便利って感覚が怖い。
便利になった分、やれることが増える。
増えた分、面倒が増える。
――まるで、誰かの思惑通りみたいに。
ネックレスの石が、胸元で微かに熱を持った。
(……まだ反応してる)
森の奥じゃない。
今は、街道の“どこか”。
『ねえユーリ、これさ……近くにいるってことだよね?』
「そうだと思う……」
言った瞬間に、現実になる。
……人の足音。
それも、ひとつじゃない。
(……人?)
街道は、街に近づくほど人が増える。
旅人、商人、護衛。普通はそうだ。
でも、この足音は――妙に慌てている。
それに、数が少ない。二、三人くらいだろうか。
そして、嫌な匂いが混じってきた。
鉄。
血。
「……まさか」
視界の先、街道の曲がり角。
そこを抜けた瞬間、見えた。
荷車が横倒しになっている。
木箱が散らばって、布袋が破けて中身がこぼれていた。
そして道の端に――人が倒れている。
「……っ!」
『うわ、倒れてる!』
「助けないと。」
俺は速度を落として、気配を殺して近づいた。
倒れているのは男。旅装。
護衛っぽい剣もあるけど、手から離れている。
(意識がない?)
近づくほど分かる。
唇が少し紫。
呼吸が浅い。
毒。
(……街が近づいてきたのになんでこんなことに)
その瞬間。
ネックレスが、淡く光った。
――“右”。
身体が勝手に反応した。
「【清掃】グライド!」
横に滑った瞬間、ヒュッと空気が裂ける音。
細い針が俺のいた位置を抜けて、木の幹に刺さった。
刺さった周りが、黒く滲む。
『毒! 毒針!』
「分かってる!」
木陰が揺れて、影が二つ、三つ――動く。
ゴブリン。
弓を持ったのが一体。短槍が一体。
そして、もう一つ影。
低い唸り。
オオカミ。
(……やっぱり、あいつらの流れだ)
さっきのダンジョンから、繋がってる。
逃げたゴブリンライダーが“学習”して、街道に出た。
そう見える。
『ユーリ、倒れてる人の前に立つと、狙われる!』
「それも分かってる!」
俺は倒れている男を背にする位置に立った。
守るっていうより――奪われない位置取りだ。
弓ゴブリンが矢をつがえる。
短槍が横に回る。
オオカミが低い姿勢で前脚を踏み込む。
連携。
(ダンジョン内より厄介だ)
こいつら、街道で“狩り”をしてる。
人間の荷車を狙って、毒で倒して、奪ってる。
弓が引かれる。
ヒュッ。
俺は横に滑る。
矢が抜ける。
同時に短槍が突っ込む。
間合いがいやらしい。
「っ!」
半歩、下がる。
敏捷の指輪が効いてる。反応が間に合う。
槍先が胸を掠めた。ギリギリ。
『危なっ! 集中!』
「だから、分かってるって!」
オオカミが飛び込んでくる。
「ジュリさん、盾!」
『了解!』
小盾に形を変える気配。
俺は盾を前に出した。
ドンッ、と衝撃。腕が痺れる。
牙が盾を噛み、嫌な音を立てる。
背後で、弓がまた引かれる。
(このまま受け続けたら削られる)
俺は盾を押し返して距離を作りながら叫んだ。
「ジュリさん、吹っ飛ばして!」
『了解! ウォータージェット!』
水の勢いでオオカミが吹っ飛んだ。
勢いが止まるた、オオカミが嫌そうに頭を振って後退する。
その隙に弓が来る――二本。
ヒュッ、ヒュッ。
俺は一本を滑って避け、一本を盾で受けた。
ガンッ。
盾に刺さったのは、矢じゃない。
針だ。細い、黒い――毒針。
じわっと、嫌な粘り。
『うえぇ……汚っ』
「今それ言う!?」
『毒は汚い! 汚れは掃除! はい!』
……妙に筋が通って腹が立つ。
俺は盾の粘りに意識を向けた。
「【清掃】!」
スッと粘りが薄れる。
刺さった針の周りのぬめりが消えていく。
(……落ちる。毒は落とせる)
弓ゴブリンの目が一瞬揺れた。
“効かない”ことが分かった顔だ。
(そういう作戦ならこっちもやれる)
俺は床を滑り、弓の間合いへ――ではなく、短槍の内側へ入った。
短槍は長い分、内側が弱い。
それに――
「【清掃】!」
槍先がぬるっと滑って突きが逸れる。
「今!」
剣を叩き込む。浅いが確実に当てた。
短槍がよろける。
オオカミがまた飛び込んでくる。
俺は滑っていなす。
弓が引かれる気配。
(……間に合わない)
その瞬間。
森の奥――さっきまでいた方向から、風が切れる音がした。
ヒュッ、という“鋭い”音。
弓ゴブリンの動きが止まった。
何かに怯むみたいに。
(……まただ)
さっきも、ダンジョン出口で同じ感じがした。
“何かが介入する”感じ。
ネックレスが熱くなる。
白い、何か。
視界の端、木々の隙間で、白いものがちらりと動いた。
(……見える)
いや、“見えてしまった”。
弓ゴブリンが、慌てて後退する。
短槍も、オオカミも――引く。
撤退。
(……なんで)
俺が追おうとした瞬間、倒れていた男が小さく呻いた。
「……っ」
追撃より救護。
ここで追ったら、男が死ぬ。
俺は剣を下ろして、倒れている男のそばにしゃがんだ。
「大丈夫ですか!」
男の反応は薄い。
呼吸が浅く、唇は紫色になっている。
毒。
『ユーリ、これ、街まで運ばないとダメなやつ!』
「すぐに連れて行こう。」
俺は男の口元と腕に触れ、【清掃】を意識した。
毒そのものは消せないかもしれない。
でも、表面の“付着”は落とせるだろう。
「【清掃】……」
嫌な匂いが少し薄れる。
呼吸がほんの少しだけ深くなる。
「……効いた、か」
『完全じゃないけど、だいぶマシみたいね!』
それで十分だ。
生きてさえいれば、ギルドで治療ができる。
男はかすれた声で言った。
「……ぎる……ど……」
「行きます。すぐ」
男はそれだけで安心したのか、また意識を落とした。
俺は男の荷物をまとめ、肩を貸して立たせた。
重い。
『ねえユーリ……今の、絶対“見られてた”よね』
「あぁ……」
白い何か。
風の介入。
ゴブリンの撤退。
一番の疑念、――襲撃。
偶然じゃない。
「……ギルドに行こう。鑑定もする」
『うん。もう“知らないふり”できないね』
「できない」
俺たちは街へ向かった。
背中の奥が、ずっとぞわぞわしていた。
まるで、誰かが“ついてきてる”みたいに。
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