第43話 待っていた人影
出口の光は、外の世界の色をしていた。
それだけで少し安心できる――はずなのに、胸の奥がざわつく。
ネックレスの石が、淡く光っている。
(……人影)
“敵”じゃない可能性もある。
でも、ネックレスが反応するってことは、少なくとも“警戒対象”ではある。
「……止まって」
『止まるの? 出たいよ! 早く空気吸いたいよ!』
「空気は吸ってる」
『じゃあ早く安全地帯に行こうよ!』
安全地帯が出口だと思ってたんだけどな。
俺は息を潜めて、出口の縁から外を覗いた。
眩しさで一瞬目が霞む。
そして――いた。
入口の少し先。
木の陰でも、岩陰でもない。
わざと“見える位置”に立っている。
人だ。
人間の体格で、黒い外套。
フードをかぶっていて、顔が見えない。
(……誰だよ)
『あれ、絶対ヤバいやつ。絶対。』
「根拠は?」
『だって、外套! フード! 待ち伏せ! 怖い!』
雑すぎる推理だ。
でも、外套とフードは確かに、怖い。
俺は一歩、外に出た。
同時に、相手がこちらへ半歩近づいた。
「――動くな」
声は低い。男の声。
年齢は分からない。若くはない気がする。
(敵…?)
ジュリさんを盾の形にして、防御出来るようにした。
「……あなたは誰ですか」
「質問をするな。確認する」
男はそう言って、俺の首元――ネックレスに視線を落とした。
「それを、どこで拾った」
「……ダンジョンで」
「拾った。……そうか」
“そうか”の言い方が嫌だ。
まるで、最初から分かってたみたいな言い方。
『ユーリ、こいつ絶対知ってるよ。ネックレスのこと。』
「……あなた、これのことを知ってるんですか」
男は少しだけ黙ってから、フードの奥で笑った気配を出した。
「知っている。正確には――“探していた”」
探していた。
その単語だけで、背筋が冷たくなる。
俺が拾ったものを、この人は最初から狙っていた。
偶然じゃない。
「それは、あなたの物なんですか」
「違う。俺の物ではない。だが、持っていていい物でもない」
「……じゃあ、返せって?」
「必要なら奪う」
さらっと言った。
脅しじゃない。事実として言っている。
『うわ、最悪。奪う系だ。殴ろう。』
「殴るな」
『え、なんで!?』
「話が進まなくなる」
話が進んでるのか、これ。
俺は一歩、足を引いた。
逃げ道を確保する。
【清掃】グライドで逃げれば――たぶんいける。
(でも、逃げたら追われる)
ここで戦うのは、最悪だ。
体力も魔力も減ってる。
さっきまでゴブリンと戦ってた。
今は休みたい。
「……何が目的なんですか」
男は小さくため息をついた。
「目的は二つだ」
(目的が二つもあるのかよ)
「ひとつ。お前が“持ち主”として認証される前に止めること」
「……認証?」
俺は宝箱の紙を思い出した。
《所有者登録:可能》《条件:所持者の魔力による刻印》。
あれのことか。
「もうひとつ」
男は俺をまっすぐ見た。
フードの奥の視線が、刺さる。
「お前が“見えている”か確認すること」
「……見えている?」
俺は一瞬だけ、言葉に詰まった。
ネックレスが光って、敵が“見えた”。
ダンジョン内で、壁の陰の槍持ちが“見えた”。
あれを、この男は知っている?
『え、怖。こいつ、ネックレスの性能知ってる。』
「……さっき、これが光って」
男は頷いた。
「やはりな」
その言い方が、もう答えだ。
偶然じゃない。
この人は、俺が“反応を持ってる”ことを確認しに来た。
「……あなた、誰なんですか」
「名乗る必要があるか?」
「あります。いきなり奪うとか言う人が、名も名乗らないのは変です」
少し間があって――
「……そうだな」
男はフードの端に指をかけ、少しだけ顔を見せた。
全部は見えない。けど、目だけ見えた。
鋭い目。
そして、片方の目の下に、古い傷。
「俺は“回収屋”だ」
回収屋。
その単語、ろくな意味がない。
「回収屋って……盗賊?」
「盗賊なら奪って終わりだ。俺は違う。放置すると面倒になる物だけを回収する」
「……面倒って?」
男の視線が、俺のネックレスから、指輪、剣、そして盾へ滑った。
「お前、拾いすぎだ」
『うるさい! 拾ったのよ! 勝ったから!』
「声、聞こえてるの?」
男は眉をほんの少し動かした。
「……武器精霊か。しかも随分と“うるさい”タイプだな」
『うるさい!? 失礼な!? あんた誰よ!?』
「回収屋だ」
『だから何よ!』
俺は頭が痛くなった。
「……ジュリさん、落ち着いて」
『落ち着いてる! 私は常に冷静!』
嘘つけ。
男は一歩、こちらへ近づいた。
その瞬間、ネックレスの石が少し強く光る。
(反応が……強い?)
この人は、危険度が高いってことか。
それとも、ネックレスに関係が深い存在だからか。
「最後に言っておく」
男が言った。
「それは、持っていると“目を付けられる”」
「……誰に」
男は答えなかった。
でも、その沈黙が、逆に怖い。
「勇者……とか?」
俺が口にした瞬間、男の空気が少し変わった。
「……隻眼の話を聞いたか」
隻眼。
やっぱり、繋がってる。
このネックレスも、隻眼も、勇者も。
『うわ、世界観が急に重くなった。やだ。』
「俺もやだ」
男は短く言った。
「今すぐ渡せとは言わない」
「……え」
「お前が本当に“持ち主”になるなら、条件がある」
条件。
「――ギルドに行け。鑑定を受けろ。そこで登録しろ」
「なんであなたがそれを指示するんですか」
「ギルドの鑑定印がないと、後で余計に面倒になる」
理屈は通ってる。
でも信用できるかは別。
「……もし俺が行かなかったら」
「追う」
即答だった。
「……その代わり」
男が少しだけ声を落とした。
「お前がギルドで鑑定を受けるなら、俺は“奪わない”」
「……約束?」
「約束だ」
回収屋の約束なんて信用できない――
そう言いかけたところで、ネックレスがまた淡く光った。
(……?)
今度は、男じゃない。
背後――森の奥の方。
何かが動いた。
「……」
男も同時にそちらを見た。
「……来たか」
来た?
俺は喉が渇くのを感じた。
「……何が」
男は答えずに、すっと立ち位置を変えた。
俺と森の間に、自然と入る。
それは――守る動きに見えた。
「お前、今日は帰れ」
「え」
「帰って、寝ろ。明日ギルドへ行け」
『なにその上から!?』
男は無視して、森の奥を睨んだまま言った。
「この先は、まだお前には早い」
(早いって……)
森の奥で、枝が折れる音がした。
バキ、と。
そして――
白いものが、ちらりと見えた気がした。
白い布?
白い髪?
白い何か。
(……なに、あれ)
ネックレスが、熱い。
強く反応してる。
男が小さく舌打ちをした。
「……面倒が早い」
『え、やだやだ! 帰りたい! 帰ろ!』
「同意」
俺は一歩下がりながら、男を見た。
「……あなたは」
男は森から目を離さず、短く言った。
「俺は“回収屋”だ。……そして、お前の監視役でもある」
監視役。
最悪の単語が出た。
「じゃあ、名前くらい……」
男は一瞬だけ、こちらに視線を戻した。
「……ヴァル」
「ヴァル……」
「覚えなくていい。どうせまた会う」
そう言って、男――ヴァルは森の奥へ一歩踏み出した。
「行け」
その声に押されるように、俺は出口から離れた。
背中が、ぞわぞわする。
森の奥が、見たくないのに気になる。
でも、今の俺にできるのは――逃げることだけだ。
「……ジュリさん。走れる?」
『走れる! っていうか滑れる! 早く!』
「よし」
俺は【清掃】グライドで地面を滑り、森から距離を取った。
背後で、何かが風を切る音がする。
金属が擦れる音もした。
(……戦ってる?)
振り返りたい。
でも振り返ったら、終わる気がした。
だから俺は――前だけ見て、街へ向かった。
明日、ギルドで鑑定を受ける。
それが“約束”であり、たぶん“鍵”だ。
そして。
森の奥で見えた“白い何か”が、頭から離れなかった。
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