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同じ女に二度恋をした男

作者: 如月 子龍


いつもと変わらない土曜の夜。

部屋で一人で過ごしていると携帯がなった。

名前は表示されていない。

しかし、どこか見覚えのある携帯の番号だった。

とりあえず出てみる。

「もしもし?」

「…もしもし、まぁくん?」

俺を『まぁくん』と呼ぶのは一人しかいない。

「美穂か?」

「うん。久しぶりやね。元気してた?」

「久しぶりどころか十二年ぶりくらいちゃうか?」

「そうやね。別れてから一度も連絡してなかったもんね。」

「ビックリするわ。突然どした?」

「急にまぁくんの事思い出したから。」

美穂とは高校卒業と同時に別れた。

お互い別の大学に進学することになり、それぞれ別の出会いを求めてである。

「今は何やってるんや?結婚したんか?」

「普通のOLしてる。結婚はまだ…。」

「そうか。俺もまだ独り身やわ。」

会話が弾まない。

時間が開きすぎてるから仕方ないのかもしれない。

「知ってる?昔、よく行った公園なくなったんやよ。」

「え?あの象の滑り台の公園か?そうか…。

初めてデートした遊園地も閉園したな。」

「うん。ニュースでやってた。

ボーリング場もなくなったし、お好み焼き屋もなくなった。」

「『あっちゃん』つぶれたんか?まあ、おばちゃんもええ年やったしな。

あそこのお好み焼き、美味かったなあ。」「まぁくん、いつも豚海老モダンやったね。」

「今でもそやで。お好み焼き屋行くと豚海老モダン。」

「変わってへんね。うちは変わったかな。」

「どういうとこが?」

「うーん、昔より自分に正直やなくなったかも…。」

「そっか。いつまでも子供のままおられへんしな。」


変わったか。

別に美穂に問題があって別れた訳じゃない。

今まで出会った中でも多分一番いい女だろう。

中学三年から付き合いはじめ、かなり勉強を頑張って美穂と同じ高校に合格した。

まだ携帯など持ってない時代。

夜中に親に隠れて家電で長電話したもんだ。

美穂と付き合った四年間。

別に何の不満もなかった。

しかし、四年も一緒にいるとマンネリ化してくる。

新しい出会いがもっと楽しい日々をくれると思う。

やっぱりガキやったな。


「まぁくん、明日、暇?」

「明日はツレと約束あるわ。」

「そう…。」

「あっ、でもちょこっと荷物運ぶの手伝うくらいやから、昼過ぎからやったら行けるわ。」

「ほんま?じゃあ久しぶりにデートしよ?」

「美穂なぁ。俺に彼女おるとかは考えんわけ?」

「おらんやろ?まぁくん正直やから彼女おったら他の女と長電話したりせえへんやろし。」

付き合いは長かったから完全に見破られている。

「まあ…そやけどな。」

「じゃあ、時間に余裕みて16時にミナミで。」

「かまわんよ。で、ミナミのどこ?」

「うーんと、どうしよ?あ!あの場所がええわ!」

「あの場所ってどこ?」

「まぁくんやったらわかるよ?探してみて?」

「それで遅れて文句言うなよ?」

「うん。ちゃんと見つけてな?」

「楽勝やろ?俺の記憶力バカにすんなよ!懐かしの場所やろ。」

「そうそう。でもわからんからって携帯にかけるのはなしやで?」

「もし、見つけられへんかったら何でも言う事きいたるわ。」

「ちょっとしたかくれんぼみたいやね?」

電話の向こうで美穂は笑った。

昔と変わらぬ無邪気な笑いだ。

「よっしゃ。ほな明日に備えてぼちぼち寝るわ。美穂ももうええ年なんやし、睡眠不足はお肌の敵やぞ。」

「うん。電話付き合ってくれてありがと。ほんじゃまた明日ね?おやすみ。」

「おう。また明日。おやすみ。」


『また明日』か。

俺達は『バイバイ』と言って別れたのは最後の一日だけだ。

いつも『また明日』だった。

またこの言葉を美穂に使うとは思ってもみなかった。


俺はベッドに潜った。

美穂は明日どこで待ってるんだろう?

ミナミに行くたびに寄ってた喫茶店はもうなくなっている。

初めて一緒に見に行った映画館か?

いや、そこまでの思い入れはないだろう。

こうなると幾度と無くデートしたミナミの街のどこかなんてわからなくなってくる。

かなりのインパクトがあった出来事。

付き合ってくれと言ったのはミナミじゃない。

別れたのも違う。

初めてのキスも違う。

どこだ?


考えてるうちに俺は眠りに落ちた。



朝、部屋のインターホンが鳴って起きた。

ツレが俺の部屋にあるテーブルとイスを取りにきたのだ。

「済まん。寝てた。シャワーだけ浴びてくるわ。」

シャワーを浴びて出てくると、イスは一人でトラックまで運んだらしく、テーブルだけが残っていた。テーブルを運ぶだけならそんなに汚れないだろう。

そう思っていつもよりちょっとお洒落をしてみる。

鏡に映る自分を見る。

俺らしくないか。

普段着にまた着替える。

テーブルを二人でトラックまで運びツレの運転でツレの新居を目指す。

道中は新婚特有ののろけ話を聞かされる。

目的地に着き、荷物を下ろして少し遅い昼食に新妻の手料理をご馳走になる。

時計は15時を回っている。

「そんじゃ、ぼちぼち行くわ。」

ミナミまでなら電車の方が早いので駅まで送ってもらう。

16時前には余裕で着くな。

問題は目指すべき場所だ。

ミナミに着いたのは10分前だった。

時間にうるさい美穂のことだからもう待ってるだろうな。

とりあえず今いる場所から一番近い、昔よく待ち合わせした場所に行ってみる。

美穂は見当たらない。

そこからは思いつく所を片っ端から探してみる。

時計は16時半。

美穂はいない。

もう一度記憶をよみがえらせて考える。

12年前。

若かった俺ももう三十路。

俺はハッと思い出した。

別れてから一度だけ偶然ミナミで会ったことがある。

卒業式を終えて大学に入学する前。

明日は美穂の誕生日。

最後に会ったのは12年前の今日だ。

俺は全てを思い出し走り出した。


〜12年前〜

「久しぶりやな。元気してたか?」

「うん。まぁくんも元気そうやね。彼女できた?」

「そない簡単にできへんわ。大学もまだ始まってへんし。」

「そやね。このままずっと彼氏できんかったらどうしよ。」

「大丈夫。美穂はええ女やもん。絶対モテるわ!」

「ありがと。でも、もし30まで彼氏できんかったらまぁくんもらってくれる?」

「まかせろ!いくらでももらったるわ!美穂がほったらかしにされるなんてありえへんけどな。」

「ありがと。嬉しい。」

「ほな俺行くわ。ツレ待ってるし。」

「うん。じゃあまたね。」

「おう。またな。あ!明日誕生日やろ?おめでと!」

俺は走り出した。

背中でありがとうの声が聞こえた気がした。


そういえばあの時も、『バイバイ』じゃなくて『またな』やったな。


俺は走った。

遠くに美穂の姿が見えた。

「美穂〜!」

振り返った美穂の瞳に涙が光った。

「まぁくん、遅いよ。」

「ごめん。でも美穂の30歳には間に合ったやろ?」

「覚えててくれたんや?」

「結局、彼氏できへんかったんやな。」

「うん。でもちょっと違う。」

「違う?」

「好きって言ってくれる人は何人かおったけど、うちがダメやった。まぁくんやないとあかんかった。」

「美穂…」

「まぁくんは?」

「俺もまだ一人やん?美穂以上の女には出会ってへん。」

「そっか。あ!そのネックレス。」

「美穂とおそろいで買ったやつやよ。」

「うちもしてる。」

「美穂に会うから探してつけてきたんちゃうで?いつもつけてるから。」

「わかるよ。シルバーやから普段からつけてないとそんなに光らんし。」

「美穂のも光ってる。」

「うち、外したことないもん。」

「……。」

「どしたん?あんまりじっと見んといて。恥ずかしいやん。」

「美穂、変わってへんなあ。昔のかわいいままや。」

赤くなる美穂は可愛い少女のままのようだった。

「昔のままのわけないやん。うちももう30やし。」

「明日で三十路か。」


それから二人でパスタを食べながら昔話で盛り上がった。


「そろそろ行こか?」

「うん。」

会計を済ませる。

「美穂はまだ実家住まいか?」

「うん。」

「ほな、送ってくわ。」

美穂の口数は減っていた。

JRに乗り込む。

昔は並んでよく一緒に乗ったものだ。

俺はある駅で美穂の手を引いて降りた。

「うちの家はまだ先やよ?」

「知ってる。でも寄るとこあるからちょっと付き合って。」

美穂も気付いてるはずだ。

ここは二人が通った高校の最寄り駅だということ。


しばらく歩くと懐かしの母校に着いた。

正門の前。

黙ってついてきた美穂が口を開いた。

「懐かしいね。」

「卒業式以来や。」

「うちも。」

「ここで二人の時間は止まったんやな。」

「…うん。」

「だから、ここからまた動かさんか?」

「えっ?」

「ハッキリ言って、昨日、美穂から電話がなかったら12年前の今日のことは思い出さんかったやろう。」

「…。」

「でも、昨日の夜から今までの丸一日で、俺の中は美穂で一杯になった。

初めて美穂と会った中学二年の頃のように。」

美穂はうつむき黙ってる。

「俺は、同じ女に二度、恋をした。

付き合ってくれへんか?」

美穂はうつむいたままだ。

しかし、肩は震え泣いていた。

「ありがと。うち、ずっとまぁくんを待ってた。」

そう言って今まで以上に泣いた。

「泣くなや。昔、よく言ったやろ?美穂を泣かせるやつは俺が泣かしたるって。」

「うん。でも、でも、嬉しくて。」

俺は美穂の小さな肩を抱き寄せ12年ぶりのキスをした。

頬を赤らめる美穂は本当にあの頃のままだった。

「なあ美穂。」

「何?」

「30までに結婚は無理になってごめんな。」

「ううん。まぁくんがいてくれるから大丈夫。」

「でも婚約はできるよな。」

「えっ?」

「結婚しよ?」

俺の目をじっと見てさらに泣き出す美穂。

「付き合ってからプロポーズまで3分くらいって聞いたことないよ。」

「返事は?」

「はい。幸せにしてください。うちも全てをかけてまぁくんを幸せにするね。」

二人はまた熱いキスをした。

「愛してるよ、美穂」

12年前には照れくさくて言えなかった台詞。

今なら素直に言えた。

「うちも、愛してます。」



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― 新着の感想 ―
[一言] 幸せな物語ですね。ただ、そこまでの想いを持っていた二人がどうして、高校卒業の時に別れようと思ったのか、『別の出会い』を求めていたとは感じられませんでした。(一応、彼の当時の思いとして説明はあ…
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