第1章 「卒業式当日 吹田家の朝」
という事で、この章から「元化24年度御子柴中学校卒業式」の本編エピソードとなります。
元化25年3月25日。
抜けるような青空は見事に晴れ上がり、穏やかな春の日差しが実に心地良い。
まるで空までもが、新しい未来へと羽ばたく私達の旅立ちを、朗らかに祝福してくれているみたいだね。
何しろ今日は、堺県立御子柴中学校の卒業式だもの。
主役である卒業生としては、天気に恵まれた方が、気分も良ければ幸先も良いって寸法だよね。
とは言うものの、いまいち卒業生としての実感に乏しいんだよね、私の場合。
私こと吹田千里は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する特命遊撃士の1人として、様々な悪の脅威から管轄地域の平和を守る大任を帯びているんだ。
要するに、正義の味方にして防人の乙女だね。
そんな私も、今月末までは御子柴中学校3年C組在籍という身の上なのだから、卒業式への参加資格を有している。
それにも関わらず、私には卒業生としての実感どころか、中学3年生としての自覚も薄いんだよね。
白い遊撃服の肩に頂いた階級章のお陰で、准佐階級の特命遊撃士としての実感だけはあるけれども。
それには、ちょっとした理由があって…
「本当に行くのね、千里?」
玄関に腰を下ろして戦闘シューズを履く私に向かって、不安そうな顔をした母が呼び掛けてくる。
「勿論だよ、お母さん!今日は卒業式だよ。御子柴中に通うのも、今日が最後。4月からは晴れて、堺県立御子柴高等学校の1年生だからね!」
いくら私が明るい表情で応じても、母の顔には不安の影が色濃く浮かんだままだった。
「でも…起きられるようになって、まだ間もないのよ?それに、『昏睡状態だった間の遅れを取り戻すんだ!』って、この所は勉強漬けだったじゃない…」
不安そうな母の口からポツリとこぼれた、「昏睡状態」という一言。
そう…
この重苦しくて悲しい響きを帯びた四字熟語こそ、私に卒業生としての実感を抱きにくくさせている原因の最たる物なんだ。
今を遡る事、およそ2年半前。
その当時は「黙示協議会アポカリプス」という武装カルト宗教団体が、民間人をも巻き込む無差別連続テロ事件で日本中を震撼させていたんだ。
要人暗殺に始まり、爆破テロにバイオテロ、挙げ句の果てには「審判獣」とかいう生体兵器を用いた無差別破壊活動まで企てる、とにかく面倒な奴等だったの。
当然ながら、人類社会の平和と秩序を守る人類防衛機構としては、こんな奴等の存在と所業は、断じて許されざる物だった。
大規模な戦闘を重ね、ついに敵の本拠地を突き止めた人類防衛機構極東支部近畿ブロックは、「黙示協議会アポカリプス鎮圧作戦」の決行に踏み切ったの。
この作戦には、当時中学1年生だった私も参加していたんだけど、それは激しい戦いだったんだ。
バイオテクノロジーを駆使して作られた「審判獣」という生体兵器が、教団本部防衛用に何十体も配備されていたんだから、本当に苦労したよ。
連中が企てる普段のテロでは、多くても3体位しか確認されていないのに。
教祖であるヘブンズ・ゲイト最高議長を始めとする教団員を全滅させる事で、人類防衛機構はどうにか勝利を手にする事は出来たんだけど、こっちも無傷では済まなかったね。
戦闘用ドローンは何機も落とされちゃったし、負傷者も結構出ちゃったしね。
それでも、大半の子達はすぐに復帰出来たんだけど、何事にも例外は付き物。
この作戦で負った重傷が原因で昏睡状態になり、つい最近まで意識が戻らなかった特命遊撃士が1人だけいるんだ。
その例外というのが、この私なんだ。
「平気だよ、お母さん。だって私、退院間際にやった精密検査でも、『異常なし』の御墨付きを貰ったんだよ!」
私と母のやり取りに楔を打ち込んで来たのは、玄関先で鳴らされたインターホンだったの。
「ほら!英里奈ちゃんも迎えに来てくれたじゃない!これで行かないなんて選択肢は取れないよ!今じゃ、英里奈ちゃんは私の上官だからね…」
私の「上官」という一言を聞くと、母は急に黙りこくってしまった。
特命機動隊の准尉として青春時代を過ごした母にとって、上官とは侵すべからざる絶対的な存在であり、「上官の意向には、絶対服従すべし。」と骨身に叩き込まれているからだ。
まあ、そもそも予備准尉である母から見れば、准佐である私は5階級上の上官なのだから、最終的には私の意見の方が通るのは確定事項なんだけどね。
「そうね…生駒少佐達が御一緒だったら、何かあっても大丈夫そうね。」
それは、私1人だけだと危なっかしいって事かな?
母の物言いには釈然としないニュアンスが含まれていたけれど、卒業式への参加に納得してくれたんだから、贅沢は言えないね。
「うん、そういう事!それじゃ、あんまり英里奈ちゃんを待たせても申し訳ないから、そろそろ行ってくるね!」
そうして母に手を振った私は、卒業式への景気付けも兼ねて、玄関のドアを勢いよく張り開けたの。