プロローグ第8章 「意外なる再会 助けた少女は同窓生!」
貨物船経由で堺県へと上陸したティクバランに、哀れにも腹部を殴られた少女。
スカートと御揃いな青いチェック模様の襟が付いた、清潔で上品な白いセーラー服の胸元は、微かで規則正しい上下運動を繰り返している。
呼吸が正常に行われている証だね。
「うん!この様子だったら大丈夫そうだね!」
「そのようですね、千里さん!あっ、こちらの方は…」
私に同調した英里奈ちゃんは次の瞬間、気絶した諏訪ノ森女学園の生徒を見つめると、訝しそうに首を傾げたんだ。
「おっ、どうやら英里も気付いたようだね!」
「おっしゃる通りです、マリナさん…まさか、このような形で再び御目にかかるとは、私と致しましても思いも寄りませんでした…」
妙に得意そうに笑うマリナちゃんへ向けて、英里奈ちゃんも驚きを隠せない面持ちで応じている。
「えっ…!知り合いだったの、この子?英里奈ちゃんとマリナちゃんの、共通の顔馴染みって事?」
私としても、意外な展開だったよね。
ベンチに横たわる少女と友人達の顔を、交互に見比べるばかりだったよ。
「あのさぁ…気付かないかな、千里ちゃん?」
そんな私の肩を叩いたのは、呆れ顔の京花ちゃんだった。
「2人だけじゃなくって、この子は千里ちゃんとも会っているはずだよ。勿論、この私とも。よく観察したら、思い出せるはずだから。」
「そうなの、京花ちゃん?私も、この子と顔馴染みなの?」
こう言われちゃうと、思い出さない訳にはいかないよね。
脳の記憶領域をフル活用して、その中の顔パターンをサルベージして。
綺麗に通った鼻筋に、ナチュラルピンクに色付いた小振りの唇。
全体的には、丸っこい童顔だね。
失神しちゃっているから、目を判断材料にするのは諦めないといけないかな。
すると、判断材料になりそうな外見的特徴で残されているのは、後は頭髪か。
内側に軽くウェーブした、ややオレンジ掛かった赤毛のショートボブ。
童顔とバランスを取るためなのか、少しばかり大人びたカットだね。
外見的特徴の次は、人物関係による推論。
京花ちゃんとマリナちゃんだけではなくって、英里奈ちゃんと私の2人にとっても共通の知人。
加えて、人類防衛機構とは無関係な民間人の少女。
そうなると、残る可能性は中学校の同級生か。
このオレンジ掛かった赤毛には、何処か見覚えがあるんだよね…
「夕香ちゃん…?」
やっとの思いで捻り出したのは、中学校の卒業式で泣き腫らした目をしていた、私より1つ出席番号が若い少女の名前だった。
「夕香ちゃんだね?四天王寺夕香ちゃん!確か、御子柴中の3年で一緒だった子だよね?そう言えば、『諏訪女』に合格出来たって言ってたっけ!」
一度何らかのキッカケが掴めたら、後は芋蔓式に思い出せるんだね。
制服が変わっていたので、最初は気付かなかったけれど、独特な髪の色合いが印象に残っていたし、何より、卒業式というイベントとも関連付けられていた記憶だったからね。
何とか思い出せたよ。
「うっ…ああ…!」
すると、こうして私達が騒いでいる声が眠気覚ましになったのか、白いセーラー服姿がモゾモゾと身動ぎし始めたんだ。
「遊撃士さん…ですか?私、馬の化け物に襲われて…アイツは、アイツはどうなりましたか!?」
息を吹き返して、血色が良くなったのも束の間。
諏訪ノ森女学園の制服を纏った少女は、青ざめた顔を向けるや、息せき切って私達に質問を浴びせかけてきたんだ。
まあ、グロテスクな特定外来生物に襲われたんだから、無理もないよね。
「御安心下さいませ。あの不埒者は、私達が始末を致しました。」
起き上がろうとした夕香ちゃんを制したのは、本人がその気になれば、明日にでも諏訪ノ森女学園に編入し、夕香ちゃんのクラスメイトとしてやっていけそうな気品と家柄を兼ね備えた、生駒家の御令嬢だった。
「それよりも…お腹を殴られたんだから、無理に動かない方が良いと思うよ。もうじき支局のアンビュランスが来るからね、夕香ちゃん。」
ところが、こうして英里奈ちゃんの後を受けた私は、「至って普通の一般庶民」という風情が丸出しなのが、何とも情けないけど。
「良かった、本当に…って、あれっ!生駒さんに吹田さん!」
安堵の溜め息を漏らした夕香ちゃんが、目を真ん丸にして驚いているよ。
どうやら夕香ちゃんも、ようやく気付いたみたいだね。
自分の救助に現れた特命遊撃士が、私達である事に。
「私達もいるよ、夕香ちゃん!」
「こうして会うのも、卒業式以来だね。」
「枚方さんに、和歌浦さんも?!」
街灯のLEDライトの光に照らされながら、軽く右手を掲げたのは、中学時代から陽性の主人公気質と名高かった京花ちゃんだ。
その傍らに立つマリナちゃんは、軽く腰に手をあてながら微笑むだけだけど、これでもキチンと様になるんだから、クールな美形は得だよね。
「だけど、驚いちゃったなあ…まさか、助けに来てくれた遊撃士の人達が全員、御子柴中3Cの卒業生だなんて!」
思わぬ所で同級生と出会ったからなのか、ティクバランに襲われたばかりなのに、夕香ちゃんの声は随分と弾んでいた。
ティクバランに殴られた内臓や骨格が、どうにかなっているかも知れないんだから、安静にした方が良いんだけどなあ…
「それに…元気そうだね、吹田さん!あれから特命遊撃士として、完全に復帰出来たんだ!」
オマケに、こうして保護対象者に無事を喜ばれちゃうんだもの。
私の「防人の乙女」としての面目も、見事に丸潰れだね。
まあ、夕香ちゃんには悪意は無い訳だし、中学時代の私の身に降りかかった事態の重大さを考えれば無理もない訳だし。
人の好意は素直に受け取らないとね。
「ありがとう、夕香ちゃん!お陰様で、こうして元気に防人稼業に精を出しているって次第かな!クラスメイトだった夕香ちゃんの事も、ちゃんと覚えているからね!夕香ちゃんみたいな一般市民のみんなの励ましが、『防人の乙女』である私達の力なんだから…って、ウッ!」
こうして得意気に胸を張る私に水を差したのは、京花ちゃんにお見舞いされた、軽い肘鉄だったんだ。
「千里ちゃんの様子だと、『覚えている。』というよりも、『ギリギリ忘れてなかった。』って感じだけどね。」
私をからかうような京花ちゃんの笑顔。
どうやら、「悪友モード」のスイッチが入ったみたいだね。
「もう…京花ちゃんったら!そういう意地悪は、よし子さんだよ!」
もっとも、こうして冗談めかして軽く言い返すのが関の山。
京花ちゃんに強く反論する余地なんて、残念ながら私には無いんだよね。
何しろ私は、中1の夏頃に参加した作戦で大怪我をしちゃったせいで、卒業式の少し前まで昏睡状態だったんだから。
その後も頻繁に会っているのならともかく、卒業式本番とその練習で何日か顔合わせしただけで、卒業以来久々に会う同級生なんだから、思い出せただけでも上出来と考えて欲しいよ。
だけど、あの卒業式本番の日に関しては、今なお鮮明に覚えているんだ。
忘れようとしても忘れられないし、決して忘れる訳にはいかない、私の大切な思い出だからね…
この第8章で、プロローグ編は終了です。
次回から、元化24年度御子柴中学校卒業式の本編エピソードを展開します。