プロローグ第6章 「竜巻大車輪に誇りを賭けろ!」
私とマリナちゃんが共同で仕掛けた十字砲火。
その上々な戦果に気を良くした私の耳は、浜寺公園の地面をグッと踏み込む小さな足音を、確かに捉えるのだった。
「マリナさん、千里さん!ここは私にお任せを!」
私が視線を走らせた先では、レーザーランスを両手で構えた英里奈ちゃんが、片足を軽く引いて助走の姿勢を取っている。
これから何をしようとしているかは、大体の見当がついているよ。
「よし!頼んだよ、英里!私は民間人の救護のために、お京に合流する!何時でも引導を渡せるように、しっかりスタンバっとけよ、ちさ!」
私と英里奈ちゃんにそう言い残すと、マリナちゃんはローファー型戦闘シューズの靴裏でダッと大地を蹴り、短距離走ランナーを思わせる美しいフォームで疾走を開始したんだ。
「うん!任せて、マリナちゃん!」
それに頷いた私は、フィリピン産の馬頭怪人の眉間へとレーザーライフルの銃口を再びポイントした。
「それでは…参りますっ!」
そんな私の真横を掠めるようにして、充分な助走を付けた英里奈ちゃんが駆け抜け、手にしたレーザーランスを歩道にグッサリと突き立てたんだ。
「たあっ!」
頑丈なレーザーランスの柄が靭やかに湾曲し、戦国武将と華族の血脈を今に伝える少女の肢体を、棒高跳びの要領で夜空に打ち上げる。
癖のないライトブラウンのロングヘアーがダイナミックに揺れ動く様は、同性の私から見ても実に美しかったね。
「はあっ!」
夕闇迫る浜寺公園に、裂帛の気合いが木霊する。
湾曲した形状から旧に復しつつあったレーザーランスは、持ち主である若き公安職の少女によって、軽々と引き抜かれたんだ。
得物を引き寄せた反動を利用して、英里奈ちゃんは空中で反転した。
「この狼藉者…」
怒りに爛々と輝くエメラルドグリーンの両眼が、粉砕すべき敵を睨み付ける。
狙うは、やっとの思いで身を起こした馬頭怪人。
「御覚悟を!」
英里奈ちゃんを矢尻にしたレーザーランスは、自由落下の勢いそのままに、大地へ垂直にドスンと突き刺さったんだ。
その衝撃で大地が揺れ、砕かれたアスファルトの破片が宙を舞う。
「ヒォォォ?!」
足場を崩されて狼狽えるティクバランの胸板を、ローファー型戦闘シューズの靴裏が襲った。
レーザーランスが突き刺さった瞬間、英里奈ちゃんが強かに蹴り上げたのだ。
両足にレーザー光線と銃弾の洗礼を受け、顎を粉砕されたばかりなのに、今また胸板に両足蹴りを叩き込まれたティクバラン。
しかし、まだまだ彼の地獄は終わらない。
個人兵装の柄を未だ掴んだままの英里奈ちゃんは、レーザーランスを順手に持ち直すと、身体をピンと伸ばしたのだ。
その姿はまるで、五月の強い風を受けて空を泳ぐ鯉幟か、正月の出初め式で梯子乗りを披露する消防士みたいだね。
「はああああっ!」
そしてそのまま、グルグルと横向きに高速回転を始めたんだ。
突如として吹き始めた旋風に、浜寺公園に植樹された木々も、ザワザワと葉擦れの音を奏でているよ。
さしずめ、「鉄棒の大車輪の映像を直角に傾けたような」とでも説明すれば、民間人にも伝わりやすいだろうな。
英里奈ちゃんの真っ直ぐに伸ばされた足首から先が、これから何を狙っているのかに思いを巡らせれば、これが単なる体操技じゃないって事は明白だね。
「ヒォッ?!ヒォッ?!ヒォォォ!」
そう、フィリピン産特定外来生物の馬面だよ。
砕かれた顎や胸板を中心に、連続両足蹴りを高速で叩き込まれ、ティクバランは声にならない悲鳴を上げている。
先のダメージが癒えないうちに、次の一撃が加えられるんだもの。
ティクバランの奴ったら、すっかり浮き足立っちゃって。
言っておくけど、今のは単なる比喩表現じゃないからね。
「ヒォッ、ヒォォ!?」
ほら…ね?
苦悶に満ちた呻き声を上げる馬頭怪人の身体が、少しずつ地面から離れていっているでしょ。
両足キックを連続で浴びせる事で、英里奈ちゃんはティクバランを蹴り上げて滞空させ、重力から切り離したんだよ。
「さあ、御覧なさい…竜巻大車輪!」
裂帛の気合いと共に、英里奈ちゃんは回転の速度を更に上げたんだ。
地面に突き刺したレーザーランスを起点にして、局地的な強風がゴウゴウと唸りを上げている。
周囲の木々を見れば、その凄まじさがよく分かるだろうね。
葉擦れなんて生易しいレベルは、とっくに過ぎちゃっているんだから。
大きめの枝どころか、幹ごと激しく揺さぶられて、まるで台風だね。
引き千切られた木の葉が吹きすさぶ風に舞う様は、ちょうど木枯らしに散らされる紅葉みたいだったよ。
けれど、それらの木の葉が青々と瑞々しい若葉である事から、今が元化25年の上半期である事実を再確認させられるね。
もぎ取られた木の葉と折れた枝、そしてアスファルトの破片。
それらが渦巻く疾風に飲み込まれ、漆黒の夜空に巻き上げられていく。
そして、即席の竜巻が貪欲に呑み込んでいくのは、命無き無機物や物言わぬ植物ばかりではなかった。
「ヒォォォ!」
恐怖に満ちた悲鳴を残して、ティクバランの巨体は夜空に吸い込まれるようにして飛んで行った。
垂直に突き立てたレーザーランスを鉄棒に見立て、超高速で大車輪を行う事で、人為的に竜巻を発生させる荒業。
これこそ、英里奈ちゃんが得意とする「竜巻大車輪」の真骨頂だよ。
無数の敵を一網打尽にする時にも効果的だし、敵のガードを無力化するのにも便利なんだ。
「今です、千里さん!」
竜巻を発生させるための垂直大車輪を続けながら、英里奈ちゃんが私に4手目を促したんだ。
「任せてよ!レーザーライフル・高出力モード!」
スコープを覗き込んで照準を合わせて、引き金に掛けた指へ力を加える。
銃身が伝える確かな重量感と、引き金を引く時の静かな緊張感は、レーザーライフルを扱う防人の乙女としての醍醐味と言えた。
少なくとも、この私にとっては。
空気が焼ける独特の芳香は、レーザーライフルで銃撃する時には付き物だ。
この重量感。
この緊張感。
そして、この芳香。
どれもこれも、実に堪えられないよ。
「撃ち方、始め!」
個人兵装の銃口から飛び出した真紅の光線が、受け身も取れずに空中でもがいているティクバランの身体に命中した。
「ヒォォォ…!」
「吹っ飛べ!」
私が言葉を荒げた次の瞬間、筋肉質の全身が白熱し、フィリピン産の馬頭怪人は黒焦げの消し炭となって四散したんだ。