プロローグ第5章 「防人の仕掛、必殺の十字砲火!」
哀れにも気絶こそしてしまっているものの、「諏訪女」の一般生徒さんに息はあり、その身柄は京花ちゃんによって保護されたんだ。
取り敢えずは、これで一安心だね。
「ヒ…ヒォォォン!」
京花ちゃんの両足蹴りを受けたティクバランは、鼻と口から濁った血を垂れ流し、ヨロヨロと足元をふらつかせながらも、早々と息を吹き返していたんだ。
そのまま死んでいればよかったのに。
大浜大劇場に現れた吸血チュパカブラもそうだったけど、特定外来生物っていう連中は、無駄にタフでしぶといからね。
本当に困っちゃうよ。
「ヒォォォン!」
いささか不明瞭な嘶き声には、先程までとは異なる感情が込められている。
半人半馬の特定外来生物に、人間と同様の精神構造があると仮定するならば、それは「憎悪」だった。
獲物を横取りされたばかりか、顎の骨まで粉々に砕かれたんだもの。
京花ちゃんを生涯の怨敵と見なしても、無理もないだろうな。
「鬼さん、こちら!」
まるで本物の鬼ごっこに興じるかのような、楽しげなリズム。
一般生徒の華奢な肢体を小脇に抱えた京花ちゃんが、何とも小気味良さそうな口調と仕草で、馬面の特定外来生物を挑発する。
「ホラホラ!私を捕まえてみなよ!」
赤いリボン状に展開したレーザーウィップを枝々に巻き付け、まるで猿かムササビみたいに、並木から並木へとピョンピョンと巧みに飛び移りながら。
「ヒォォォン!」
グングンと引き離されていくのに焦りを覚えたティクバランが、追跡に必要な助走をつけるため、2つの蹄で大地を踏み鳴らしていた。
競走馬にもヒケを取らない速さを誇る、ティクバランの直立二足走行。
それは、馬頭怪人の脳内神経細胞から放たれる電気信号で方向感覚の狂った獲物達にとっては、絶大な脅威となるはずだった。
「ブフ…ブフフ…!」
ティクバラン自身も、自分の脚力には多大な自信を持っているのだろう。
その馬面は、何とも下卑た笑いに歪んでいた。
しかしながら、「獲物の奪還」と「怨敵の追撃」という、フィリピン産馬頭怪人の当座の二大目的は、ついに叶わなかったの。
「ヒォォォ?!」
ティクバランに苦痛と混乱に満ちた悲鳴を上げさせたのは、両足に何発も叩き込まれた、弾丸とレーザー光線による銃撃だったんだ。
「ヒォォォ?!ヒォォォ?!」
馬頭怪人の上げる悲鳴は、両足の痛みだけが原因じゃないようだ。
地面にばら撒かれた銃弾でよろめき、レーザー光線で穿たれた穴に足を取られて、ティクバランは歩くのも覚束ない。
馬頭怪人の蹄と両足に命中しなかった数発も、敵の足元を崩すのには、大いに貢献してくれたみたいだね。
無駄撃ちにならなくて良かったよ。
それにしても、こうしてオロオロと狼狽えながら蹈鞴を踏む馬頭怪人の有様は、まるで酔っ払いの千鳥足か、何かの踊りみたいだったよ。
「やったねえ!十字砲火、大成功!」
歓喜の声を上げる私だけど、個人兵装であるレーザーライフルの銃口は、ティクバランにピッタリとポイントされたままなんだよ。
「その意気だ、ちさ!そのまま狙いを外すなよ!」
私に応じたマリナちゃんの大型拳銃も、馬頭怪人を真っ直ぐ狙っている。
そしてティクバランは、私とマリナちゃんの構える個人兵装の2つの銃口が交差するポイントに追い込まれていたんだ。
これこそ、大正時代から定評のある十字砲火の戦術だよ。
基本的には、陣地を防衛する時に重宝される戦術なんだけど、応用次第では今みたいな使い方も出来るんだ。
「お京の尻を追い回すのに夢中になり過ぎて、私達への注意が疎かになったな、ティクバラン!」
大型拳銃が放つマズルフラッシュに照らされた、氷のカミソリみたいに鋭くてクールなマリナちゃんの美貌には、何とも酷薄な微笑が浮かんでいたんだ。
「全く…!フィリピンのお馬さんは、女の子を見る目がないなあ…私とマリナちゃんも、充分なルックスだと思うんだよねぇ…」
マリナちゃんの勇ましい啖呵に、こうして私も軽口で追従させて頂いたよ。
私はお調子者の道化役が、やっぱり本領だね。
「まあ、京花ちゃんを追っかけたくなる気持ちは、よく分かるけどさ!」
勿論、レーザーライフルのトリガーを引く手は休めずにだよ。
「フフッ…いいザマ!」
ティクバランへの照準を調整し直すべく、レーザーライフルのスコープを覗き込んだ私は、その成果に思わず笑い出しちゃったの。
レーザー光線で焼かれ、銃弾で抉られ。
フィリピン産馬頭怪人の両足は、もしも競走馬だったら満場一致で殺処分が即断される程に、筋肉も蹄も著しく傷ついている。
ここまでダメージを受けちゃったら、千鳥足で歩くのが関の山だね。
こんなフラッフラのヨチヨチ歩きだったら、そろそろ高齢者の仲間入りを果たしそうな私の祖父母は勿論の事、チワワやマルチーズみたいな室内犬だって、悠然と逃げられるよ。