第14章 「若人よ、飛翔せよ!夕陽に染まる学舎からの巣立ち…」
一連のやり取りで結構時間を食ったのか、校門を潜る生徒は疎らだったね。
何人かは校庭や昇降口に残っているけど、部活動の後輩と記念写真を撮影したり、名残惜しくお喋りをしたりと、すぐには校門を利用する気配はなさそうだ。
「どうだい、ちさ?朝の登校時は、私が号令を掛けたけど…今回は一つ、ちさがやってみないか?」
先程よりも深まった夕闇の中。
点灯された街灯に照らされて、幻想的に浮かび上がる校門。
それを見つめながら私に微笑むマリナちゃんも、クールな美貌に影が差して、普段よりもセクシーで大人びて見えるね。
「えっ!いいの?私がやっちゃっても…?」
何しろ、他の3人は少佐なのに、私だけ1階級下の准佐だからね。
思わずこうして聞き返しちゃったんだけど、京花ちゃんも英里奈ちゃんも、笑って頷いてくれたんだ。
「勿論だよ、千里ちゃん。だって、『次のステップに進もう』って言い出したのは千里ちゃんだよ!」
「それでしたら、千里さんに締め括って頂くのが相応しいのではないかと、存じ上げた次第でして…」
そんな2人の笑顔も、沈み行く西陽と街灯に照らされて、普段とは異なった趣を見せていたんだ。
明朗快活な京花ちゃんの可愛らしい童顔からも、幼いながらも上品に整った英里奈ちゃんの美貌からも、どことなく大人びた色香が漂っている。
夕闇によって、陰影が強調されたんだろうね。
私も他の3人には、同じように見えているのかな?
「ありがとう…本当にありがとう、3人とも!」
思わず右手の親指をピンと立てちゃったよ、私ったら。
さっきの京花ちゃんの受け売りじゃないけれども。
「みんなの好意、喜んで受けるよ!持つべき物は、友達だね!」
友達って本当に有り難いよね。
ここまで御膳立てをしてくれて、花を持たせようとしてくれるんだから。
だったら私も、その好意には応えなくちゃね。
「おっ!いい返事だよ、ちさ!それでこそ、防人の乙女たる特命遊撃士だ!何せ、『据え膳食わぬは防人の乙女の恥』だからね!」
何だかよく分からないマリナちゃんの格言を合図にして、私達4人は横一列にサッと散開したんだ。
「準備はいいね、3人とも!せ~の、ホップ!」
私の甲高い掛け声と共に、4足のローファー型戦闘シューズが、力強く校庭の土を蹴り上げた。
乾いた真砂土が、戦闘シューズの靴裏からパラパラと散らばる。
燃えるようなオレンジ色の夕焼け空を背景にして、軽やかに跳ね上がる遊撃服姿の4つの人影。
「ステップ!」
着地した爪先が土煙を巻き上げようとする刹那、防人の乙女達は反動を利用して、再び宙へ舞った。
空中で躍動する4つの若き肢体は、夕闇の中に浮かび上がるシルエットになっても美しいだろう。
下級生の曹士の子でも、カメラマンに雇っておけば良かったかな…
「ジャンプ!」
裂迫の気合いと共に試みられる、3度目の飛翔。
声の主である准佐階級の遊撃士は、夕焼け空に飛び込むような姿勢で、校庭と歩道の境目を軽々と飛び越えていた。
ツインテールに結った黒髪を揺らし、丸くて赤い瞳の端から、夕陽に光る細かい粒を散らしながら。
その僅かな水滴は、目に染み渡る夕陽の眩しさに起因するのか。
はたまた、過ぎ行く時への哀惜に起因するのか。
それを正しく解き明かせるのは、この場にはいなかった。
小粒な真珠を思わせる、細かい涙の水滴を散らす彼女自身でさえも…
って、この「彼女自身」というのは私の事なんだけどね。
ほんの少しだけ、おセンチな気分になっちゃったね。
でも、こうして赤レンガに覆われた歩道に着地したら、そんな感情は何処かに吹き飛んじゃったよ。
そうして後に残ったのは、清々しくて晴れやかな爽快感だけだね。
「うん…なかなか悪くない三段跳びだったね!優勝は千里ちゃんか…」
「おっ!お京や私よりも、ちさや英里の方が、飛距離は上だよ!」
「個人兵装を始めとする荷物の大小は、存外無関係のようですね。おめでとうございます、千里さん…」
私と同様に、綺麗な三段跳びを決めた3人の友人達もまた、朗らかな笑顔を浮かべながら、その飛距離を競っているよ。
「それじゃ、行こうか!御子柴中3C卒業生による、打ち上げコンパに!」
着地体勢から直ちに背筋を伸ばした京花ちゃんが、何とも待ち遠しそうにパタパタと足踏みをしているよ。
そのまま夕陽に向かって駆け出しそうな、爽やかな笑顔だね。
「そんなに焦るなよ、お京。打ち上げは逃げていかないぞ…」
半ば呆れながらも続いて立ち上がったマリナちゃんが、京花ちゃんに追い縋る。
「それでは行きましょうか、千里さん?」
「あっ…うん、英里奈ちゃん!」
英里奈ちゃんに促された私もまた、通学カバンとガンケースを持ち直して立ち上がったんだ。
-さよなら、御子柴中…そして…ありがとう!私、みんなと一緒に頑張るよ!
ふと、振り向き様に見た御子柴中学校の校舎が、私達の門出を祝福するかのように、夕闇の中に聳えていた。
本編にして回想編である卒業式編は、この第14章で完結です。
次回からエピローグ編に入ります。




