第12章 「校舎を出て…引かれる後ろ髪」
そうして、卒業アルバムへの寄せ書きや記念撮影といったオプションイベントを終えた私達は、仲良し同士でグループを作り、自由解散式に教室を出たんだ。
「あのな、お京…卒業証書の丸筒は、そうやって遊ぶ物じゃないぞ…」
隣からずっと聞こえてくる「スポン、スポン」という間抜けな音に、マリナちゃんは心底呆れ顔だ。
思い起こせば、昇降口で上履きを引き上げた辺りから、ずっと鳴っているな。
「小学校の卒業式でもそうだったんだけど、卒業証書を入れる筒を貰ったら、どうしても鳴らしたくなっちゃうんだよね!」
京花ちゃんときたら、そんなマリナちゃんの呆れ顔も何処吹く風。
飽きる事なく、卒業証書の入った黒い丸筒の蓋を抜き差しして遊んでいるんだから、全くもって無邪気な物だよ。
その頃には、陽はすっかり西に傾き、校舎も校庭も夕焼け色に染まっていたの。
「御子柴中学校の鉄筋コンクリート製の校舎も、こうして夕陽に照らされますと、実に風情が御座いますね。」
英里奈ちゃんったら、情感豊かな観賞眼だね。
間抜けな音を鳴らすのにも飽きちゃったのか、今度は丸筒で肩をトントン叩き始めた京花ちゃんにも、少しは見習って欲しい所だよ。
こうして卒業式を終えた身の上で、目にも眩しいオレンジ色の夕陽に照らされる校舎を見ていると、自然と胸が締め付けられてくるんだよね。
今の私のこういう感情を、「郷愁」とか、「寂寥」って言うんだろうな。
他の子達の場合だと、こんな時は3年間の思い出が去来するんだろうね。
ちょうど、卒業式の答辞にあったような。
だけど、2年半もの間を昏睡状態で過ごしてきた私の場合、中学時代の思い出は数える程しかなくて。
それでも、時の流れは待ってはくれない。
ブランク期間があろうと無かろうと、時間の流れは個人の事情なんてお構い無しに、平等に過ぎ去っていく。
そんな理屈は、頭では重々分かっているつもりだ。
だけど、気持ちの方では割り切れていなくって…
「これで…終わりか…」
それで、こんな言葉が口をついて出てきちゃったんだよね。
「えっ、千里さん…?」
私の一言に含まれた、他者とは共有しにくい寂寥に気付いたのか、英里奈ちゃんがギョッとした表情で私を見ている。
これは悪い事をしちゃったなあ…
すると、ほんの少しだけ、私の左肩に重みが加わったんだ。
「確かに、中学時代はね…でも、何かの終わりは、また別の何かの始まりでもあるんだよ、ちさ。」
私の左肩に置かれた右の掌からジンワリ伝わってくる、マリナちゃんの温もり。
その穏やかな温もりは、私の感傷をソッと包み込んで、ゆっくりと溶かしていくように感じられた。
「マリナちゃん…」
私の左肩に置かれたマリナちゃんの右手に、思わず自分の左手を重ねちゃったんだけど、これ位なら別に罰なんて当たらないよね。
いくら神仏の類いだって、卒業式の今日ばかりは大目に見てくれるよ。
そんなマリナちゃんに続けとばかりに、京花ちゃんも私の右肩に左手を重ねたんだよね。
「そうだよ、千里ちゃん!来月から高校生なんだよ、私達って。中学校は終わっちゃったけど、高校生活を存分に満喫すればいいじゃない!」
便乗っぽいけど良い事言うね、京花ちゃん。
とても、さっきまで丸筒をオモチャにして遊んでいた人とは思えないよ。
「確かに、過ぎてしまった中学校時代は戻らないかも知れません…でも、これから千里さんには、高校生活が開けているではありませんか?1段ずつステップを重ねていきませんか、私達と一緒に!」
自分の両の掌で私の右手をそっと包み込み、潤んだ目で見つめてくる英里奈ちゃんは、まるでヒロインのような可愛らしさだね。
今回ばかりはサイドテールコンビも茶化さなかったけれど、「私の人生におけるヒロインやマドンナって、もしかして英里奈ちゃんだったの?」って具合に、危うく倒錯した気分に陥る所だったよ。
正直、マリナちゃんと京花ちゃんが不在だったら、「英里奈ちゃんの御実家に嫁ぎ、愛を育もう!」って即決していたかも。
こうして見ると、私達4人って、なかなかバランスが取れているね。
異なる個性が寄り集まる事で、各自の弱点を相互に補完し合い、互いの長所を更に伸ばし合う。
それは、私達が所属する人類防衛機構の理念でもある、「人類と人類文明の守護」にも通じてくると思うんだよ。
互いの異なる個性を認め、相互に力を合わせて。
そうする事で始めて、人類社会の平和は正しく守れるんじゃないかな。
「ありがとう…京花ちゃん、マリナちゃん!それに、英里奈ちゃん!私、3人と一緒なら、やっていける気がするよ!」
こうして頷くと、京花ちゃんの左手が私の右肩をポンポンと軽く叩いたんだ。
「私達だけじゃないよ、千里ちゃん。第2支局所属の特命遊撃士と特命機動隊の全員が、千里さんの味方だよ!」
そうだったね、京花ちゃん。
特命機動隊の北加賀屋住江ちゃんも、同じ事を教室で言っていたもんね。
「私達と同様、御子柴高校へと内部進学をされた一般生徒の方々も、大勢いらっしゃいます。その方々も、千里さんと共に参加された卒業式と、やがて千里さんと共に迎える入学式を、喜ばれているに相違御座いません!」
こう言い終えた英里奈ちゃんの両手に、さらに力が加わった気がするんだ。
人類防衛機構に所属している私達の身体は、養成コース編入の際に投与された生体強化ナノマシンで、戦闘用に改造されているの。
だから、もし私が生身の人間だったら、英里奈ちゃんの握力に耐えられずに、右手の骨にヒビ位は入っていただろうね。
「それに、御子柴高以外の高校に進学した子達だって、管轄地域住民である事に変わりはないからね。」
おっ!マリナちゃんも右手に力を加えてきたね。
生体強化改造をされていなかったら、今頃は左肩を粉砕骨折だよ。
「有事が起きれば、あの子達は私達の勝利を信じて声援を送るし、私達もあの子達の笑顔を守る為に全力で戦う。今までも自然にそうしてきたし、それはこれからだって変わらない。そうだろ、ちさ?」
「うんっ!」
先の2人の発言を引き受けた上で、この場をまとめるようなマリナちゃんの問い掛けに、私は力強く頷いたんだ。
「よし!それじゃ、卒業祝いの打ち上げに繰り出そうよ!元化25年に御子柴中学校を卒業した特命遊撃士と特命機動隊の、変わらぬ友情を誓ってさ!」
そいつは所謂「固めの杯」って奴だね、京花ちゃん。
おじいちゃんが再放送で見ていた、博徒系の時代劇にも出てきたよ。
「京花ちゃん…いいね、それ!私、奮発して高いボトルを頼んじゃおうかな?」
三者三様の激励がセンチな気分を払拭してくれたお陰で、すっかり気が大きくなったんだね、私ったら。
「おいおい、ちさ…昏睡状態の間の基本給と見舞金が一括で入金されていたからって、無駄遣いは禁物だぞ…」
まあ、すぐにこうして、マリナちゃんに諌められちゃうんだけど。




