第4章 「自責と慕情」
「ゴメンね、英里奈ちゃん…英里奈ちゃんには本当に長い間、寂しい登下校をさせちゃったね。」
俯き気味な英里奈ちゃんの顔を覗き見すると、頬の紅潮はそのままに、凄く寂しそうな表情を浮かべているのが確認出来た。
「私…千里さんがあのような事になって仕舞われてから、アポカリプスの事を呪わない日は、1日たりともありませんでした。黙示協議会アポカリプスは私達の手で滅ぼしたのに、『どうして千里さんにあのような仕打ちを?』という思いが消えなくて…」
訥々と語る英里奈ちゃんの声が、段々と震えを帯びてきているね。
丹念にカッティングされたエメラルドを彷彿とさせる、英里奈ちゃんの円らな緑色の瞳の縁にも、丸い水滴が浮かんでいるのが見て取れる。
どうやら、卒業式を待たずに涙腺を決壊させちゃうのは、私じゃなくって、英里奈ちゃんの方みたいだね。
「何時の間にか、アポカリプスへの遣り場のない怒りは、私自身に向かっていました…『もっと私が強ければ、京花さんやマリナさんの足を引っ張る事なく、千里さんを守れたのではないか?』という風に、自分自身を責めてしまい…」
喋っているうちに決壊してしまったのか、英里奈ちゃんの華奢な顎から涙が伝い、アスファルトで舗装された路面にポタポタと水玉模様を作っている。
声もすっかり涙声だね。
こうなってしまった以上は、もうあの手しか残っていないのかな…?
「英里奈ちゃん…!」
ええい、ままよ!
腹を括れ、吹田千里准佐!
誉れ高き「防人の乙女」の、勇気と気概を見せてやれ!
「ち…千里さん!?」
余った右手で私に抱き寄せられた英里奈ちゃんが、戸惑いの声を上げるけれど、こうするしか他に手はないよね。
「ありがとう…英里奈ちゃんは、そこまで私の事を思ってくれているんだね。だけど、英里奈ちゃんだけが背負い込まなくっていいんだよ。一緒に強くなろうよ。私達4人で、お互いの死角をカバーし合えるようになろうよ!」
「千里さん…私…私!」
依然として、英里奈ちゃんの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
だけど、その表情には、先程までの陰りは少しも残っていなかったね。
きっと、さっきまでの涙が洗い流してくれたんだろうな。
「それに、本当にありがとう!私が目覚めるまで、待っていてくれていて!これからは誰も置き去りにしない…4人で一緒に、同じステップに進むんだ!私と一緒に来てくれるかな、英里奈ちゃん?」
「はい!勿論です、千里さん!」
普段の歯切れの悪さを微塵も感じさせない、明るくて快活な返事を伴って、英里奈ちゃんは力強く頷いてくれた。
相変わらず目には涙の滴が浮かんでいるけれど、それが悲しみの涙でない事は、私にはよく分かっている。
「女の子を泣かせるだなんて、私も罪作りだよね…英里奈ちゃんの気持ちはありがたいけれど、その涙は卒業式まで取り置きしておこうよ。」
こう言ってハンカチで英里奈ちゃんの涙を拭ってあげる私だけど、あまりにもキザな台詞だから、今にも歯が浮いちゃいそうだよ。
「あっ…有り難う御座います、千里さん…でも、千里さん…そうおっしゃる千里さんの瞳にも…」
「あっ…」
さっきから輪郭がボヤけていたのも、道理だね。
「私って、二枚目は似合わないんだね…こういう台詞は、マリナちゃんに任せておけばいいのかな?」
私達のグループの中でも、クールな佇まいで下級生から特に慕われている、和歌浦マリナ少佐。
そんな二枚目イメージの似合う友人を引き合いに出して、冗談めかした照れ隠しをする私なんだけど、英里奈ちゃんの様子がどうにも妙なんだよね。
私の顔とハンカチとを、チラチラと交互に見比べたかと思うと、急にモジモジとし始めちゃうし…
「ねえ…今度はどうしたの、英里奈ちゃん?」
「え…ええ…」
怪訝そうな私の問い掛けに応じた英里奈ちゃんは、モジモジと気まずそうにしながら、ようやく口を開くのだった。
「だ、だって…今、千里さんが涙を拭われたハンカチには、私の涙が染み込んでいますので…」
やっとの思いで言い終えた英里奈ちゃんの幼い美貌は、耳まで真っ赤だった。
「あっ…!ああ、そういう事ね!」
そう言えば間接キスって、涙同士でも成立する物なのかな?
どちらも感覚器官から分泌される体液だけど…
って、いっけない!
そういう事を考えていたら、余計に意識してしまっていたよ!
「ほら、英里奈ちゃん!もう浅香山駅だよ!何はともあれ、まずは京花ちゃんやマリナちゃんと合流しないとね!」
2人分の涙で湿ったハンカチを、ポケットに大急ぎで捩じ込んだ私は、殊更に明るく陽気な声を上げながら、南海高野線浅香山駅の駅舎を指差したんだ。
妖しさを帯びてきたその場の雰囲気を、卒業式に相応な青春ムードへと強引に切り替えるためにもね。




