表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

第2章 「通学路2人旅」

 私は玄関を軽やかに飛び出すと、そのままの勢いを保ったまま、軽快なステップで石段を踏みつけ、黒い門扉の先で待っている少女の元へと急ぐのだった。

 ツインテールに結った私の黒髪が、心地よい春風にパタパタと煽られている。

 天気は上々で、気温も穏やか。

 本当に、良い卒業式日和だよね。

「あっ…千里さん…!」

 黒い門扉の向こうでは、私と同じ白い遊撃服に身を包んだ少女が、腰まで伸ばした癖のない茶髪のストレートヘアーを春風に弄ばれながら、所在なさげにポツンと立っていたんだ。

 幼いながらも整った少女の美貌には、鹿鳴館の舞踏パーティーに出席する華族令嬢を彷彿とさせる、高貴な気品が備わっている。

 織田信長に仕えた戦国武将である生駒家宗をご先祖様に持つ、由緒正しい名家の御嬢様だから、それも当然かな。

 しかし、そこに浮かんだ内気で気弱そうな表情のお陰で、高慢で鼻持ちならないイメージはまるで感じられないんだよね。

 その表情に違わず、気の弱い内気な所はあるけれど、それと同時に、友達想いの優しさと礼儀正しさを兼ね備えた、とっても良い子なんだ。

「おはよう、英里奈ちゃん!」

 そんな茶髪の御嬢様風の少女に、私は軽く右手を挙げて呼び掛けるの。

 そう。

 彼女こそ、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する特命遊撃士、生駒英里奈少佐その人だ。

「はっ、はい…おはよう御座います、千里さん…」

 深々と腰を90度に曲げた、礼儀正しくて美しい会釈だね、英里奈ちゃん。

 でも、これも御実家の厳格な教育方針で叩き込まれた礼儀作法だと思うと、少し心が痛んじゃうな。

「ゴメンね、英里奈ちゃん!少し待たせちゃったかな?お母さんを説得するのに手間取っちゃって!」

 掲げた右手を片手拝みの形に変えた私に、英里奈ちゃんは軽く首を横に振って応じたんだ。

「いえいえ…(わたくし)も、つい今しがた到着したばかりで御座います。それにしても、千里さん…本当に出席されて大丈夫なのですか?」

 歩き始めた私に追いすがりながら、英里奈ちゃんが不安げに問いかけてくる。

「お母さんと同じような事を聞いてくるね、英里奈ちゃんも。精密検査でも『異常なし』のお墨付きを貰えたから、心配御無用だよ。私にとって心配なのは、このままみんなから取り残されていく事なんだ…」

 普段の私からはあまりにもかけ離れた、何ともシリアスで深刻な口調に、私自身も驚いているよ。

「えっ…千里さん…?」

 ギョッとするような英里奈ちゃんの反応から察するに、相当に暗い表情を浮かべていたんだろうね、私ったら。

 そんな英里奈ちゃんの顔から、ほんの少し視線を下にずらすと、遊撃服の左肩で誇らしげに輝く、金色の飾緒が目に入ってくる。

 少佐以上の遊撃士だけが頂ける飾緒は、私の記憶の中の英里奈ちゃんには存在しなかった物だ。

 それに身長も多少伸び、手足も少しだけ長くなって、記憶の中の英里奈ちゃんよりも、幾分か大人っぽくなっている。

「私の感覚では、私達4人は中1で、階級も大尉でお揃いだったの。防衛病院のベッドで目覚めた辺りまではね。でも、実際には3年近くの年月が経って、私は2階級特進で准佐になっているし、英里奈ちゃん達は少佐だから私の上官で…」

 私の声のトーンがどんどん暗く、そして深刻になってきているのは、私自身がはっきりと理解している。

 だけど、溢れ出てくる感情をどう処理していけばいいのか、自分でもよく分からなかったんだ。

「オマケに、あと1週間もしないうちに学籍が御子柴高に移るんだよ。何だか私1人だけが、3年近く前の時代に取り残された浦島太郎になったみたいで…」

 すっかり声が震え、語尾も曖昧になってしまった私。

 このままでは卒業式本番を待たずに、涙腺が決壊していただろうね。

 そんな私に、「心得た。」とばかりに頷く英里奈ちゃんの幼い美貌には、優しくて穏やかな微笑が浮かんでいた。

「昏睡状態から御目覚めになって直ちに、千里さんは入院中の授業範囲の猛勉強に取り掛かられました…病み上がりだというのに、寸暇も惜しまれて…」

「うん…」

「そして僅かな休憩時間には、支局の広報や1年生から3年生までの期間の学級通信に目を通されていましたね。それら一連の御尽力は全て、失われた2年半の歳月を取り戻そうとの御一心で…」

 よく観察してくれているね、英里奈ちゃんも。

 常日頃から、私の事を気にかけて見守ってくれている。

 その気持ちが、本当にありがたいよ。

「敵わないなあ…英里奈ちゃんは、私の事なら何だってお見通しなんだね。卒業式に何が何でも出席したかったのも、それと同じ理由なんだ。」

 私を思いやる英里奈ちゃんの気持ちを、確認出来たからなのかな?

 自分で言うのもアレだけど、声のトーンが明るくなった気がするんだよね、ほんの少しだけ。

「御子柴高校には内部進学で行けるし、猛勉強の成果で高校受験レベルの学業は身に付いた訳だから、進学後の授業にも問題なくついていけるよ。だけど私には、中1の2学期から中3の3学期までの生の経験が、ゴッソリと抜け落ちてしまっているんだ…」

 私の顔を覗き込む英里奈ちゃんが、また曇った表情を浮かべている。

 いけないよね、あんまり心配させちゃ。

「なんかこのままじゃ、『中学生を終えた。』って実感のないままで、高校生になってしまう。そんな気がしたんだよね…」

「はあ…そうでしたか、千里さん…」

 シンプルでありながらも温かみの込められた、英里奈ちゃんの相槌。

 それが今の私には、どんな美辞麗句よりもありがたかったね。

「だからね、せめて…せめて卒業式に出席する事で、自分の中で2年半のブランクに帳尻を合わせて、中学時代から次のステップに進みたい!そんな思いがあったのかな…?」

 図らずも問い掛けのような口調になってしまったけれど、実際の所、私は答えなんて求めてはいなかったのだろう。

 いつもの通学路を、こうして一緒に歩いている英里奈ちゃんにも。

 そして恐らくは、自分自身にも。

 私が欲していたのは、私自身の想いの吐露に耳を傾けてくれて、決意に立ち会ってくれる事なのだろう。

 お寺さんや神社への御参りだって、元々は「これが、私が叶えたい願い事です!この願い事を叶えるために、私は頑張ります!」って決意を宣言するための物だったからね。

 それが何時の間にやら、「神仏に願い事を叶えて貰うため」という具合に勘違いした人が増えたみたいだけど。

「成程…そうでしたか、千里さん…」

 そんな私の決意表明めいた独白を、余計な口を挟まずに聞き終えた英里奈ちゃんは、得心するかのように数回軽く頷いたんだ。

「ええ…!進みましょう、千里さん。(わたくし)と一緒に次のステップへ…」

 そして、そっと私の右手を取るや、細くしなやかな両手の十指で、ヤンワリと押し包んだの。

「いいえ、(わたくし)とだけではありません!マリナさんや京花さんを始めとする、千里さんを大切に思われている全ての方々と御一緒に!」

 そう言って貰えると、本当にありがたいよね。

 特にありがたかったのは、「(わたくし)と一緒に、次のステップへ進みましょう!」っていう一言だね。

 こういうフレーズは、何処の馬の骨とも知れない宗教家風情や、生半可なカウンセラー如きが簡単に真似出来る物じゃないよ。

 同じ目線でお喋り出来る親友だからこそ、自然と出てくるんだよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 持つべきモノは親友ですねぇ( ´∀` )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ