08.納屋の一夜
クレールの話によれば、あそこで俺と出会ったのはただの偶然じゃなかったらしい。
エリックが再び現れた、とみんなが騒ぐのを耳にして、じっとしていられず自分も探しに出たんだそうだ。
十分ほど歩き、着いた先は大きな農園だった。
クレールはランタンに覆いをかけて火を隠した。
母屋らしい建物を迂回して、裏手の小屋に向かう。
小屋の中には藁や農具が納められていた。
なんだか牛の糞の臭いもするけど贅沢は言ってられない。
しばらく外の気配を窺ったが、捜索隊がこっちへやってくる様子はなかった。
俺とクレールはほっと息をもらす。
クレールはランタンの覆いを上げた。
明るい光が俺たちの姿を照らし出した。
「ああ……エリック様……本当にまたあなたにお会いできるなんて夢のようです」
クレールは十三、四歳くらいに見える、繊細な顔立ちの美少女だった。
ただ、ひどい境遇で暮らしているのか、かなりやせていて肌が荒れている。
着ている服も粗末だった。
「僕……いや、俺もお前に会えて嬉しいよ」
「本当ですか? そう言っていただけて、私……」
クレールは感激したように目を潤ませた。
じっと俺を見つめてから、こらえきれなくなったように顔を両手で覆い、すすり泣き始める。
俺はそんなクレールの反応に正直戸惑っていた。
エリックは家族からも煙たがられるくらい嫌なやつだ。
もちろん使用人たちも内心では毛嫌いしていた。
そんなエリックに再会しただけで泣き出すなんて、どうなってるんだ。
そのとき、母屋の方からクレールを呼ぶ声がした。
「あ、いけない……エリック様、私は屋敷に戻らなければなりません。こんな粗末な場所にお泊めするのは心苦しいのですが、どうぞ我慢くださいませ。また明日の朝、お食事をお持ちしますので」
口早に言い残して、クレールは出て行ってしまった。
俺はしばらくドアの前にしゃがみ込み、外の気配を窺った。
これがクレールの仕掛けた罠で、武装した男たちを引き連れて戻ってくるって可能性もあるんだ。
だけど、三十分くらい待ってみても、何も異常は感じられなかった。
俺はやっと緊張を解いて、手探りで見つけた藁の上に横になった。
全く、めちゃくちゃな一日だった。
ずっと危険な状況が続いて冷静に考える余裕もなかったけど、今になって振り返ってみても、物語の世界に引き込まれたなんて、やっぱり信じられなかった。
事故で頭をぶつけたショックでずっと妄想に浸ってると考えた方が、まだリアリティがある。
そんなことを考えるうちに、一日の疲れが出たのか、俺は急に強い眠気を覚えた。
ほとんど抵抗することもできず、泥のような眠りの中に引き込まれていった。