07.少女
どうにか森まで逃げると、木陰に潜んで様子を窺う。
しばらくして、向こうから松明を持った男たちが列を作ってやってくるのが見えた。
先頭に立って案内してるのはあの爺さんだ。
爺さんたちが家に入ると、すぐに俺が逃げ出したことが発覚して、騒ぎが起きた。
男たちが家から飛び出してきて、松明を手にあちこちへ走っていく。
森の方にも二、三人やってきた。
みんな殺気だった形相で、俺を見つけ次第叩き殺すつもりなのが分かる。
俺は地面にべたりと伏せ、目をつむって男たちが通り過ぎていくのを待った。
辺りに静けさが戻ると、俺は急いでその場を離れた。
だけど、今度こそ本当にどこにも行く当てがなくなってしまった。
裸足で窓から飛び出したから、足の裏が痛かった。
夜の冷気が身を包み、せめてマントだけでも持ち出してくれば良かったと後悔する。
どれだけ歩いただろう、気が付いたら俺はいつの間にか地面に座り込んでいた。
なんだかもう、全てが面倒になっていた。
たとえこの場を逃げられたとしても、俺には行く場所もないし頼れる相手もいない。
いずれ追っ手に捕まって処刑されることになるのは目に見えてるんだ。
残酷に痛めつけられた末に殺されるくらいなら、今ここで凍死した方がどれけ楽か分からない。
俺は冷たい地面の上に横たわった。
段々と意識が遠退いていく。
そのとき、向こうから明かりが近づいてきた。ランタンの灯りみたいだ。
俺は反射的に飛び起き、近くの木の裏に隠れた。
息を潜めて待つうちに、灯りを手にした人影が近づいてくる。
かなり小柄だ。あの爺さんだろうか。
人影がすぐ目の前に来たとき、俺はさっと顔を引っ込めた。
その拍子に小枝を踏んでしまい、微かな音が鳴った。まずい!
「……そこに誰かいるんですか?」
人影は足を止め、問いただしてきた。
意外にも女の声だった。しかも子供みたいに幼い。
頼む、気のせいだと思ってさっさと行ってくれ。
俺は懸命に祈ったけど、人影はじっとその場から動かなかった。
どうする、あんな小さな女の子なら、俺でも押し倒して黙らせることができるかもしれない。
俺はちょっと迷ったけど、やっぱり止めることにした。
もし女の子が死にものぐるいで抵抗してきたら、その気がなくても怪我をさせてしまうかもしれない。
女の子が助けを呼ばないことを祈りながら、そっとこの場から離れることにする。
「もしかして、そちらにいらっしゃるのはエリック様ではありませんか?」
ふいにそう呼びかけられて、俺は動きを止めた。
「そうなんでしょう? エリック様、私は味方です、安心してください」
更に意外なことを言う。
だけど、俺は信じられなかった。
何しろ、ついさっき人の良さそうな爺さんと婆さんに騙されたばかりなんだからな。
「エリック様、私を覚えてらっしゃいますか?お城でお仕えしておりましたクレールです」
その名前は覚えていた。でも、物語の中でほんのちょっとしか出番がなかったから、どういうキャラクターだったかすぐには思い出せない。
そこで、背後から足音が聞こえてきた。
振り返れば、木々の向こうに松明の火がちらついている。追っ手がここまで迫ってきたみたいだ。
「安全な場所までご案内します。さあ、こちらへ」
こうなればクレールの言葉を信じるしかない。
俺は木陰から姿を現して、クレールの方へ近づいた。
「急ぎましょう」
クレールは俺を導きながら道を進んでいった。